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俺はしがない高校球児  作者: 猫帝
一章、今はしがない帰宅部員
5/12

 月曜日、誠は放課後になると荷物をまとめグラウンドに向かった。

 あれから土日と悩み、とりあえずは一度練習を見てからにしようと結論付け――というよりは問題の棚上げすることにした。


 グラウンドの西側半分を使い、ストレッチやキャッチボールをしている部員達に近づいて行くと誠にいち早く気づいたかなえが笑顔で走り寄って来た。その様子はまるで尻尾を振りご主人様の帰りを喜ぶ小型犬を連想させられた。


 ……か、可愛ええ。



「誠さん。来てくれたんですね。ありがとうございます」

 そう言ってくれるかなえに、誠は見学に来てよかったとおもった。

 悩んでもしょうがない。深く考えずに、軽い気持ちで見ていこう、とそう思えた。


「うん、折角だからね。……見学ってどうしたらいいの? 顧問の先生に言った方がいいのかな?」

「え~と、どうなんでしょう?」

 二人して悩む。これが新入部員の勧誘シーズンであれば部自体が歓迎ムードであろうが、もう既に五月も半ばである。新入部員達も部に慣れ一つになってきている頃だろう。部によっては入部拒否ということも考えられる。


 二人が動けずにいるとユニフォームを着た一人の男が歩いてきた。


「何か用かな?」

「あっ、はい。1年4組の太田誠です。見学させてもらっていいですか?」

 恐らくは3年生だろうとあたりをつけ、誠はそう尋ねた。


「ああ、いいよ。なんだったら参加してみるかい? グローブなら貸し出すよ」

「いえ、とりあえず今日は見るだけのつもりなので」

「そうかい。ならベンチにでも、座ってゆっくり見て行ってくれ」

「ありがとうございます」

 部員の丁寧な対応により、誠の予想以上に簡単に話が進む。

 かなえを伴いベンチまで歩く。



「優しそうな先輩が来てくれて助かったよ」

「そうですね。あの人が主将の吉田さんです。うちのエースで四番なんですよ」

 歩きながら説明を受ける誠は、かなえの言葉が弾んでいるように感じられた。きっとチームメイトのことが大好きなのだろう。


「じゃあ、てきとうに見学しておくから。マネージャー、頑張ってね」

「はいっ! 何かあれば呼んでください。すぐ来ますから!」

 マネージャーの仕事があるのだろう、そう言ってかなえは去って行った。

 一人になり誠はぼんやりと練習風景を眺める。


 彼らの実力は当然のことながらプロとは比べ物にならないくらい下だ。一つ一つの動作もそうだがその前の予備動作、次の動きに繋げる動作、全てにおいて未熟さを感じる。

 ただ高校球児特有の熱意だとか気合いだとかは、ワンプレーごとに伝わってくる。


 ……これを見せたかったのかな?

 内心落胆を感じる。誠が失望したプロ野球も決してやる気が無かった訳ではない。ほんの些細な事がすれ違い生んだのだ。そういった意味でも誠の確執は深い。

 とは言え帰る訳にも行かないし、今日一日は最後まで見ていくつもりだったのでそのまま眺める。




 休憩が終わり、全員がダッシュでグラウンドに戻って行く。靴紐を結んでいたのか一人戻るのが遅れる。

 ――伊藤ー、グラウンド10周



 盗塁をした部員がアウトになる

 ――林ー、ダッシュ20本



 キャッチャーが外に逃げるカーブを取りきれず後ろに逸らす。

 ――沢井ー、あんた端の方で5分間反復横跳びしてな!



 外野でノックを受けていた主将に対し、打ち損じの球がファールゾーンへと大きく外れて飛んでいく。後ろに並んでいた部員が取りに向かい、主将は次の球を待つ。

 ――吉田ー、やる気ないなら帰れ! 土手走り10周するまで帰ってくんな!!



 ……なんだ、この光景は!?


 ミスをした部員達に次々と叱責が飛ぶ。これが顧問の先生なら分かる。主将や3年生でも、まあ普通だろう。しかし次々に部員にペナルティを課しているのがちっちゃい女の子であることに対し誠は混乱した。


 あの子、誰? 何者!?


 いや、ちっちゃいと言っても小学生に見えると言うほどではなく、城北のジャージを着ているし、普通に高校生なのだろう。しかしどう見ても部員には見えない、よくてマネージャーだろうか。

 まさか理事長の娘とかで絶大なる権力を持っているとかなのだろうか……いや、それは流石にアニメの見すぎか。



「あの子誰?」

 自分で考えても一向に分からなかったため、誠はかなえを呼び、尋ねた。


「3年の篠原(しのはら)あかりさんです。あかりさんもマネージャーさんなんですよ」

「成程、やはりマネージャーでしたか。……って、いやいや、それなら、なおのことおかしいでしょう。なんでマネージャーがあんな風に命令しているんですか?」

 一瞬の納得しかけたものの、全く答になっていない。どちらかと言えば謎が増えた気がする。


「え~と、どうしてなんでしょうね? 私が入部した時からそうでしたけど。……あっ、そう言えばあかりさんに逆らったら退部ですよ、ウチ。確か、最初のミーティングで言われました」


 ……なんなんだ、それは!? アレか、マネージャーはマネージャーでもGM(ゼネラルマネージャー)なのか、もしくはPMプレイングマネージャーなのか、代打オレってか!?

 自分が混乱しているのが明らかに分かる。いくらなんでもそれはない。


 かなえにも分からないとなると本人に聞くのが一番早いだろう。誠はかなえに「ありがとう」とだけ言い、今なお部員に檄を飛ばし続けるあかりのもとに向かった。




「はじめまして、太田誠です。今日は見学させて頂いています」

「おっ、君が期待の新人君か、よろしく。マネージャーの篠原あかりだ」

 あかりを目の前にし誠は圧倒された。遠くから見てちっちゃく感じたように、あかりは150cmないだろうという小柄に髪も肩より下と長い。そして整った綺麗な顔という風に、全体的に日本人形のような印象を受ける。

 しかし、目が合った瞬間、そんな印象は吹き飛んだ。どこまでも真っ直ぐにこちらを見る瞳。その輝きと躍動感に、呑まれそうな気にさえなる。

 こんな力強い綺麗な目は見たことがない。吸い込まれ、目が離せない。


 誠の時間が止まり続ける。


 あかりが不審に思い、首を傾げたところでやっと誠の時は動き出す。


「……え~と、『期待の新人』ってのは一体なんですか、あかり先輩」

 とりあえずフリーズから復帰し、誠はまず気になったこと尋ねた。更にどさくさに紛れて敢えて名前で呼ぶ。基本こういうのは最初に名字で呼んでしまうと後になって変えるのには相当な苦労を要するものである。


 1アウト1・3塁より、緊張するなコレ……


 若干、目的がずれて来ていることすら誠は気づいていない。


「ん~、違うのかい? かなえちゃんが一昨日から『今度すっごい、すっごい人が来るんです~』て言い続けてたんだけどね。語尾にいっぱいハートマークつけて」

 からかう様な感じで言うあかり。誠はもしかしたら自分の知らないところで大変なことになっているんじゃないかとげんなりしつつ、キングの名前を出していないようなので、それだけで十分かなと自らを慰めた。


 ……かなえさんだしね。


「ところで一つ聞きたいんですが、どうしてあかり先輩が指示を出してるんですか?」

「いや、別に指示を出してるわけじゃないわよ。私そんなに野球詳しくないもの。あれは単に追加練習をあげてるだけ」

 話題を変えるために、本題に入る誠。あかりも特に気にすることもなく応える。とは言え帰ってきた答えは決して誠の納得のいくものではなかった。


 実際、あかりは深くは考えず、多くはノリでペナルティーを決めているという。


「では、グラウンド10周とかは?」

「テキトウ」

「ボールを後ろにそらしたキャッチャーに反復横跳びさせたのは?」

「ささっと回り込んで取れるように」

「ノックをミスした方でなく吉田さんの方に罰を与えたのも……」

「えっ、なんかミスしてた? あれはボールが来てるのに取りに行かずにちんたらしてた吉田が悪いでしょう。ぼーっとしてたらランナー、ホームまで帰って来ちゃうじゃない」


 いいのかそれでと、誠は部員達に聞いて回りたくなった。だが、言われている彼らは理不尽とも思えるそれらの命令に、一切の文句も言わずに従う。

 このことが、『逆らえばクビ』に、より信憑性をもたらす。


 困惑気味の誠を気遣ってか、あかりは更に続ける。


「失敗なんてね、気を付けて無くなるようなもんじゃあないの。そもそもが、力が足りてないのよ。だったらメンタルに言い聞かしたところで意味がない。無理やりにでも体に叩き込まないと。言うでしょ、『困ったら、とりあえずレベルを上げて物理で殴れ』って」

「……それで良くなるのでしょうか?」

「なるわけないじゃない。その上で自分に必要なもの、足りないものを自分たちでやればいいのよ。私ができるのは、言い訳する暇があるならさっさと走れ、ってケツを叩き続けることだけ」

「……出来るでしょうか?」

「出来なきゃ、夏が終わるだけ」


 誠にとってあかりの話は天啓のようなものに感じた。現役時代一番自分を苦しめていた違和感の一端がぼんやりとではあるが分かって来たように感じた。


 だからこそ誠はあかりの考えがどうしても聞いてみたかった。あかりの答なら例えどんな普通の答であっても糧にできるような気がした。


「あかり先輩、最後に一ついいですか? あかり先輩なら試合でエラーした選手になんて声かけますか?」


「――――――――――――。――――――――――」



 ――こうして僕の二度目の野球人生が田舎の無名高校で静かに始まった。



 その後は今まで通りに、あかりは部員たちに激を飛ばし、誠はそれをベンチに座り黙って見つめていた。

 ちなみに、後から聞いたら土手って一周2km近くあるらしい。


 ……そりゃあ、帰ってこないわけだよ、主将。


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