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俺はしがない高校球児  作者: 猫帝
一章、今はしがない帰宅部員
4/12

 翌日、放課後に教室の外で待っているかなえを見た誠は、彼女を連れて場所を移した。

 昨日の様子なら近いうちにまた来ることは予想していたので驚きは少なかった。




「今日は部活はいいの?」

 北棟との渡り廊下にまで来た誠はかなえに尋ねた。

 あまりおおっぴらにしたい話ではないが、そこまで隠し通す必要のあるものでもない。放課後であればほとんど人も通らないここなら十分であろう。


「はい、今日はお休みすると伝えてます」

 少しからかったような言い方をしてしまったせいか、かなえは頬を赤らめてしまった。


「え~と、なにから説明しようか……どこまで知ってるのかな?」

 腕を組み悩む誠。


「はいっ!! キング様は月野ベアース背番号28番、アンダーでありながらMax153kmのストレートに110km台のチェンジアップ、右打者の内角を抉るシンカーを武器にする速球派右腕投手。一軍成績は中継ぎとして登板38回、投球回数63回を投げ2勝0敗、防御率0.86という驚異的な数字。更に言いますと――――」


 …………ダメだこりゃ



 ――本人よりも詳しい自己紹介を受けつつ、このままでは話が前に進まないなと苦笑する。



「え~と、とりあえず自己紹介をすると僕は1年4組の太田誠です。知っての通り去年まではベアーズで投手をしてたけど、球団と喧嘩して一年でクビ。まあ、中卒じゃあアレということで一年遅れでこの高校に入学、今に至ります」

 ここ半年の出来事大雑把にまとめ説明する誠。

 自分でいうのもなんだが、そこそこのダメ男である。


「私も改めまして1年3組、相田かなえです。今は野球部のマネージャーをしています」

 改めて自己紹介を受けると、このかなえという少女は150㎝を少し超える程度の身長に肩口で揃えられたショートカット、ちょっと垂れ目ながらも愛嬌のある大人しそうな可愛らしい子だ。


 実際かなえは普段は大人しく、授業で当てられても小声でぼそぼそっと答えるような目立つことが苦手な控えめな女の子だ。例外は野球のことだけだろうか。


 とりあえず誠は「野球部マネージャーか、なるほど納得」と頷く。


「じゃあ改めて、聞きたいことは?」

基本的な流れはさっき話した通りであるため、話を進めるためにかなえにそう尋ねる。


「キング様はどうしてこの学校に?」

「あ~、相田さん。とりあえず本名は太田誠だから、そっちでお願い」

「あっ、はい、すみません。……え~と、それじゃあ……ま、誠さんで……。あと……私もかなえで……いいです」

 一転、弱々しく控えめに言うかなえ。「誠」と呼んだことに対する驚きはあるもののファンの憧れ補正かなと推測しておく。


「わかった。じゃあ、かなえ……え~と、この高校を選んだ理由だったっけ? 特にないというか、家から一番近いからかな」

「あれ? キン……じゃなくて、誠さん、京都の西舞鶴中学出身ですよね?」

 当然のごとくといった様子で誠の出身中学を答えるかなえに、なんとも言えない気持ちになる誠。


 ……かなえさんだしね。


「……うん、よく知ってるね。ベアーズの本拠地がここだから去年から近くにアパートを借りててね」

 勿論、高校進学をする際地元に帰ることも考えたが、さすがに地元だと誠がキングであるということを知っている人も多く、何よりそんな環境で昔の知り合いの一学年後輩として上手くやっていく自信が誠にはなかった。


 敢えてそこまで説明しないのは誠なりの見栄といったところか。


 誠の答えに対し「そうなんですか」と応え、無言になるかなえ。

 決して他に聞きたいことがない、というわけではないことが分かっている誠は「それから?」と優しく先を促してやる。

 かなえはそれでも何か言い辛そうに言いよどみ、口をもごもごさせ、目をあちこちに移す。


 誠自身かなえが本当に聞きたいことは想像がついているので余計な口は挟まず、ゆっくり待つ。

 ……決して挙動不審なかなえが、可愛くてそうしているわけではない。



「……あの、誠さんはもう野球はされないんですか?」

 大きく息を吸い、意を決したかのようにかなえは言う。

 予想通りと言ったところか、誠に気負いはなく、落ち着いて答える。


「ん~、どうだろ。かなえだったら僕が球団と喧嘩した内容はだいたい分かるよね?」

「はい、一応」

 キングという投手の最も問題とされたのは味方の守備やエラーに対する暴言であった。全部あげればそれこそキリがないが、

 曰く、ショートバウンドすら処理できないサードはノックからやり直せ。

 曰く、動く気のないファーストはバッセンにでも行け。

 曰く、とりあえずレフトはダイエットしてから出直せ。

 曰く、結果の出せないロートルはさっさと引退しろ。


 これらのセリフは口を開けば飛び出し、メディアを大いに賑わした。


 現役最年少ながら結果は一流。しかも傲岸不遜なその態度はまさにキング。絶好のイジリネタとして頻繁に取り沙汰されていた。

 そうして王様は賛否両論――というよりほとんど批判的意見――され、球団からも警告を受けてなお態度を改めることなく、最終的には解雇となった。



 こうした内容を知っているからか、かなえは何を言わず、ただ肯定した。


 そうしたかなえの優しさを感じ、誠は当時を振り返りゆっくりと語りだす。


「僕はね、『ドンマイ』ってのが分からないんだ。ミスをした奴をどうして笑顔で許してやれるのか。

 ――気にすんな

 ――次は気をつけるよ

 ――守備の分はバッティング返すからさ

 ミスをした奴、それに声をかける奴、僕に対しても声をかけていく奴。そういった全てが理解不能なんだ。なんでもないことの様に振る舞い、そうして同じミスを繰り返す。そういうのに反吐がでる……」


 思い返すのは現役時代の日々。最初はまだ子供だからと諌めようとする人も多かったが、誠が態度をいつまでも改めないでいると、やがてチームメイトは離れて行った。そしてコーチ陣ともすれ違い、何度となく口論もした。

 最終的には「いったい何様のつもりだ?」とよく言われた。



 だから誠は口の端を歪め言ってやった――王様だ、と。



「……そういった僕の考えが結局変わることはなかったし、受け入れられることもなかった。だからプロを続ける気持ちにはなれなかった。その考えは今でも一緒だからね、だから――」


 ――――もう、野球はしない。


 何故かその言葉を口にすることは出来なかった。


 沈黙が続く。


 ただ誠は自分の中で一つの区切りができたのを感じた。

 辞める時にも似たようなセリフは何度となく言っていた気がしたが、あれは結局キングというキャラクターのセリフであって、誠の言葉ではなかったのだろう。

 やめて半年して尚、胸の内で燻っていたキングは、その時やっと終わりを向えた。


「今日はありがとうございました。お話、出来てうれしかったです」

 待っていてくれたのだろう。誠が回想から戻って来てかなえと目があったタイミングだった。

 そういった一つ一つの気遣いがありがたく感じる。


「最後にお願いあります。いつでもいいので、一度でいいので……うちの練習を見に来てください」

 そして、ありがとうございました、と最後にもう一度言いかなえは帰って行った。


 あれだけの話を聞いて、その上で発せられた言葉に誠は当惑した。いまだ出会って間もないが、それでもかなえという少女が思慮深く心優しい子だというのは分かる。そんな子だからこそ、あの提案はただ単に自分の希望を押し付けるわけではなく、誠のために言われたのだと思われる。


 ……さてどうしたものか。


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