妾(めかけ)は自由に
後宮に入って、国王陛下の目に留まらず、いつか解放されることを夢見る姫君が気づかぬ内にフラグ立てて回収してしまうお話では、間違ってもありません。
フラグを立てないように綿密に計算しつくし、立ちそうなフラグをはたからへし折って自由になるお話です。
息が切れる。
久々に外に出た――“外”に。
思う存分野山を駆け回り、河の岩から岩へと飛び移り、木に登り、そして、
「うおおおっほおおああああああああああ!!!」
叫ぶ。
空は快晴、夏の深い青空に、遠くの白い峰の上の柔らかそうな雲が浮かんでいるだけだ。
なんとも、なんともサバイバル日和。
居ても立ってもいられず、木の下を見下ろせばいつぞやと同じ、懐かしき滝壺。
ここまで吹き上がる風は湿り気をはらんで清涼、もはや「さあ飛び込んでおいで☆」としか聞こえない。
「うひゃっっっはあああああああああ!!!」
轟々と深くに響く滝の落ちる音に、さらに一発どぼん、と一際質量を持った水音が混じる。
言わずもがな、私が飛び込んだ音である。
指先から冷たい水に包まれ、深度を増していくごとに感じる、夏とはいえ水底の刺さる様な冷たさに笑えて来る。
水中だから笑いだすわけにはいかない――という理性の制止もはねのけ、私は豪快に白くみえる空気のかたまりをこれでもかと吐き出した。
しばし、本当に肺の中が空っぽになってしばし、私は束の間滝壺の恐ろしい透明度を誇るすり鉢の全体を眺め、それからゆっくりと浮上する。
水の落下地点から大分離れた場所に頭を出し、私は顔にかかった長い髪を後ろに撫でつける。
ようやく静まった荒い心の残りを吐き出すように、大きくため息をつく。
足がつかない位置から岸辺へと進み、ようやく私は水に浸りながら座りこんだ。
「……自由。」
ぽつり、と言葉に出す。
右手と左手を広げて見下ろし、次いで太陽にかざすように振りあげる。
そのまま、後ろに倒れ込んだ。水しぶきが上がる。
私は、自由になった。
*****
物心ついた時から、野山は教師だった。
そして、父は武術の、母は魔術の、さらに両親とも貴族としての嗜みの、教師だった。
山深くの大きな館。
その周囲の山々おおよそ片翼で10あまり。
それが全て私たち家族の縄張りであり、そこで私は生まれ、育った。
いわゆる、この国の貴族であり官吏でもある父は、国に仕える魔術師である母とともに毎朝仕事に向かう。もちろん母の魔術で。
ここは国の中枢から馬を飛ばしても1カ月はかかるのだから。
私は貴族の令嬢として、普通一般的ではない教育を施されながら生活していた。12歳までは。
全ての知識と技術を一通り教わって、ある日。
厳かに、父が、
「お前を後宮に、と陛下がお望みだ。」
と告げたのである。
後宮とは、「王様の性欲処理場」もしくは「寵姫たちの血で血を洗う修羅場」もしくは「ざ・酒池肉林・すりーでー」とも名付けられる――最初と最後のはもろもろが被っているかもしれない――、女性にとっての天国と地獄である。
しかし、山奥で暮らし続けて陛下にお目通りすらしていない私が、はて何の因果で。
首を傾げる私を見て、父は大変悲しげに眉を寄せた。傍らに座る母がそんな父を慰めるように膝に置いた手を擦る。いつ見ても仲睦まじい。
「お前は見目麗しく聡明で、武・魔、ともに一流だ。私たちの娘であるからそれは当然なのだが、とうとうそれが陛下にばれてしまったらしい。」
さりげなくのろけられている。
さらに話を聞いていくと、どうも父は母との間に子が生まれたことを秘密にしていたらしい。
なぜに秘密にしたのかと尋ねれば、私自身が本当に、本当の本当に有り得ない程に美しく聡明で以下略。
いやまずい、以下略した以降が実際の理由なのだ。
私は、この国でも類まれな才能を持っている、という。
才能というのは誰もが多かれ少なかれ持っているが、私の場合は宮廷で華々しく活躍し、かつ国を治めていく上で重要な才能のありとあらゆる分野が突出している、のだという。
私は、家族と数人の使用人しか他の人間を知らないために自分のスペックがいかほどが判別しきれないが、家族の中では武術では父と同じくらい、魔術では母と同じくらい、知識は二人と同じ、といったところである。
父と母は自分がどの程度の腕前なのかは教えてくれなかったが、そこは一軍の長である父と、たった一人の宮廷魔術師である母だ。
推して知るべし、である。
武・魔・知があっても賢くなければ意味がないと思うのだが、そう言うと父と母は目を見合わせて破顔した。
曰く、「外の世界に出ればお前は瞬く間に賢くなるだろう」と。
つまり今現在は賢くないと同義であるが、その素養は持っているそうだ。一安心である。
そんな化物のような能力を持った馬鹿など、いっそ殺してしまった方が世の為になる。
「そういった考えが出来るのだから、お前は聡い。仮にも私たちの娘なのだから。」
さりげなくのろけられている。
まあ良い。
そんなわけで、ついに見つかってしまった私を野心に満ちた現国王陛下が逃すはずもなく、後宮に…ひいては、正妃に、という魂胆らしい。
私はといえば、幼いころからの疑問が解決していた。
なぜこの館と周囲に広がる山から出てはいけないと言われていたのか、父と母が無駄な事をするはずがないと知っていたから口にはしなかったが、それはずっと不思議に思っていたのだ。
一般的な貴族の暮らし、というのも知識として教わっているため、私自身の生活がかなり特殊だということは理解している。
その疑問の回答が、私という珠玉を隠すため、だったのだろう。
「だが、お前は陛下を夫にしたいと思うか?」
「貴方の望みを言えば良いのよ。わたくしたちは、それを叶えるために出来うる限りのことをしましょう。」
初めて、静かに成り行きを見守っていた母が口を開く。
明らかに親馬鹿であるが、私は知っている。
父と母が、国王からの勅命を断ったらまずいことになるということが。
野心に溢れているが、気高く賢王と名高い国王である。軍の頭と魔術師の頭を即行処罰するとは思わないが、それでも王命に背くのは難しい。
私はといえば、国王の形も性格も知らないし、そして後宮などという場所はご免こうむりたいと考えている。
道は決まった。
「私は王の妾となります。しかし、外を見たい。今後は外に出てもよいのでしょう?」
一応の確認をとると、父と母は不意に悲しげに微笑んだ。しかし頷く。
「それならば、一度は妾となり、しかし王の方から出ていかせたくなるよう仕向けます。父上、母上、陛下はどのような女性がお好みか?」
私は、王の好みと正反対の女を演じ切って見せよう。
10話前後のお話になる予定です。よろしければお付き合いくださいませ。




