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STEPS

作者: サロフィ


とんとんとん。


ここは一体どこだろう。

ふと顔をあげると、前にも後ろにも長い長いかいだんが続いていた。

ぼくは気がついたときからこのかいだんをのぼってるんだ。それがいつからだったのかは覚えていない。とにかくずっと前からだ。


とんとんとん。


もう何段のぼったのか全然分からない。どうしてぼくは、このかいだんをのぼっているんだろう。それすらも分からない。でもだからって、くだる気にもなれないんだ。どうしてだろう。どうしてもできないんだ。


とんとんとん。たったったっ。


「どいてどいて!急いでるの!」

女の子が一人、後ろからぼくを追いこしていった。

「どうして君はそんなに急ぐんだい?」

ぼくは不思議に思って彼女を引きとめた。すると彼女は楽しそうに笑いながら、くるりとこちらを振りむいた。

「なんでだろう?突然、がんばってのぼってみようと思ったの!」

それだけ言って、女の子はまた同じように駆けあがっていった。


とんとんとん。とろとろとろ。


「やあこんにちは。君は丁度良いペースでのぼっていくんだね」

次に出会ったのは、さっきの女の子とは正反対に、ゆっくりとのぼっていくおじさんだった。

ぼくはおじさんの隣にならんだ。

「そんなに遅いペースじゃ、みんなに抜かされてしまいますよ」

「いいんだ、ペースは人それぞれだから。結局みんな、たどり着く先は一緒だろうからね」

のんびりとした口調でおじさんは言った。がんばって下さいね、と声をかけた後ぼくはまた上へとのぼり始めた。


とんとんとん。


それからしばらくしてから、ぼくはふと思いついた。

さっき出会った女の子もおじさんも、何かを目指すようにのぼっていたんだ。ということは、果てしなく続くこのかいだんの先に、何かがあるのかもしれない。

一体それはなんなんだろう?本当にそんなものがあるのかな?



たんたんたん。とんとんとん。


おや、どうしたんだろう。

見るとかいだんを反対におりてゆく男の人がいた。

「どうしてあなたは上へと進まないんですか?」

ぼくは心配になり、彼に声をかけた。


パシッ


「おれの事なんてほっといてくれ!」

のばしたはずのぼくの手は、かわいた音を立てて振り払われてしまった。

「もうおれなんてダメなんだ…いくらのぼっても、終わりなんて見えてきやしない!」

彼は本当に苦しそうに叫んだ。ぼくの顔をみようともせずに、ただうつむいたまま。

「どうして…まだ分からないじゃないですか。どうして進むのをやめてしまったんですか?」

「ふん、このままのほり続けたって、どうせ何もありゃしないんだ。だったらおれは引き返す方を選んだだけさ」

「でも下へ向かうのだってそうとう時間がかかりますよ?」

ぼくはあわてて彼を引き止めようとした。でも彼はかまわずに、そのままくだろうとした。

そのときだった。

「あぶないっ…」

そのやりとりの間にバランスを崩した彼は、かいだんの外へと放り出された。

ぼくはその腕をなんとかつかみ、かろうじて落下を防いだ。ちらりと下を見ると、広がるのは不気味なくらい真っ暗な闇だけだった。

ダメだ…このままじゃ二人とも落ちてしまう。

「ははは…丁度良い!このまま手を離してくれ、そうすれば一気に下へとおりられる!」

彼は嬉しそうに言った。でもぼくは、なぜか手を離してはいけない気がした。

「おい、手を離してくれ」

「いやです」

「お前にはおれがどうしようと関係無いだろう?もうおれは疲れたんだ。さっさとおれを楽にしてくれ!」

「ダメです…そんなこと!」

しかし二人分を抱えるのは思った以上にきつく、だんだんと腕がしびれていった。

「ふん…お前まで落ちてしまうぞ?このまま落ちても良いのか?」

「それは…」

ぼくはどう答えていいか分からなかった。その間にも、ぼくの力は限界に近づいていた。


ガリッ


突然、彼がぼくの腕をひっかいた。

「いたっ…」

しまった、と思った時にはもう遅かった。

彼の体は一瞬宙に浮いたかと思うと、凄まじい速さで落ちていった。

「これでおれは自由だ!」

高らかな笑い声は、彼が見えなくなるまで続いた。

それはとても嬉しそうな声だった。


とんとんとん。


疲れた。もうどのくらいのぼったんだろう。いくら進んでも進んでも、かいだんの果てはやってこない。

さっきの男の人は一体どうなったんだろう。

少し下をのぞき込んでみた。相変わらず広がるのは闇ばかりだった。ぼくは自分があの闇に飲み込まれていく所を想像してみた。それだけでぞっとした。

でもだからといって、これをのぼり続けても意味があるのか全く分からなかった。このまま進むのは本当に正しいことなのかな。


とんとんとん。ゆたゆたゆた。


「さて、ここらで一休みしようかね」

どっこらしょ、とかいだんの隅に腰を下ろしたのは、仲の良さそうな老夫婦だった。

「こんにちはおじいさん、おばあさん。とてもゆっくりとのぼっていくんですね」

「ああ、わしらは若い頃に十分がんばったからねえ。最近はもうずっとこの調子さ」

あの、一つお聞きしても良いですか、とぼくはずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「この先に何があるのかだって?さあねえ。実はわしらも知らんのじゃよ」

「知らない?ならなぜこのかいだんをのぼり続けてきたのですか?」

「わしらも君と同じさ。何かにたどり着くと信じてただひたすらのぼっていたら、ここまで来ただけなのだよ」

そう言って、にこりと彼らはお互いにほほえみ合った。

「だが、もうすぐわしらはそこへたどり着けそうじゃな」

ぼくは驚いた。とっさに上を見上げたが、かいだんの終わりは見えてきそうもない。

「もちろんそれはわしらの終着点さ。君は若いんだからまだまだ上を目指すことができる」

「それは…どういうことなんですか?」

「それを考えるのは君自身さ。さあ、もうおゆき。こんな所で立ち止まらずにね」

おじいさんはぼくに笑いかけ、静かに手をふった。

「それからね」

おばあさんがぼくに付け加えた。

「どんなにつらくなっても、諦めないことさ。さもないと二度と答えにはたどり着けないよ」

ぼくは老夫婦の言ったことがよく分からなかった。でも、とにかく上へと進めばたどり着くものがあると思えた。


さっきまであった疲れが急にふっとんだ気がした。


とんとんとん。………………。


ん?誰かがうずくまっている。

その姿になんだか見覚えがある気がして、ぼくはその人に近づいてみた。

「君は……」

ぼくは驚いた。目の前にいたのは一番はじめにぼくを追いこしていった、あの女の子だった。もうずいぶん先に進んでいると思っていたのに。

「君…そんなところに座りこんでどうしたんだい?」

ぼくは、ぽんぽんと軽く彼女の肩をたたいた。でも彼女は黙ったまま、ほとんど動かなかった。さっきはあんなに元気に笑っていたのに。

「……痛いの」

ぽつりと女の子は突然つぶやいた。

「痛い?けがでもしたの?」

「ううん、でもね……ここが痛いの」

そう自分の胸をとんとんとつつく彼女は、なんだかとてもくたびれて見えた。

「わたし……なんであんなに急いでたのかな。もう一歩も動けなくなっちゃったよ」

彼女はゆっくりと目を閉じた。ぼくは彼女があの男のように落ちてしまうんじゃないかと怖くなった。このまま彼女をここに置いてはいけないと思った。

「ねえ、ぼくと一緒にのぼろうよ」

「え?」

女の子は驚いたように顔をあげた。でもまたすぐにため息をつき、下を向いてしまった。

「……どこまで進んだって、きっとこのかいだんに終わりなんて無いわ」


「本当にそうかな」


彼女はまた顔をぼくに向けた。

「ぼくはそうは思わない」

その子は、はっきりとそう言い切ったぼくを見て、さっきよりも大きく目を開いた。

「ぼくらはまだまだ進み足りないだけなんだよ、きっと」

「まだまだって……それじゃあ、いつ見えてくるの?」

「ぼくもその答えを探したさ。ても結局分からなかった」

ぼくはまっすぐ彼女を見つめ返して言った。

「ただ一つ気づいた事がある。いつまでも立ち止まってちゃダメなんだってね」

「……」

「一歩ずつでもいい。それを続けるのと続けないのとでは全然ちがうんだよ。迷ってる間に、一歩でも進んだ方が良いだろう?」

「でも……途中でまた動けなくなっちゃうかもしれないわ」

「それならぼくが君を起こしてあげるさ。つらいときには隣で支える」

ぼくはあの老夫婦を思い出した。二人は、お互いに信じてのぼり続けてきたんだ。あの二人が言っていたことが、なんとなく分かった気がした。

「ぼくと一緒に進もう」

ぼくは彼女に手をさしだした。彼女は少し戸惑いながらも穏やかな笑みをその顔に浮かべた。


ぼくらは新しい小さな……本当に小さな一歩を踏み出した。


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