◇8 四点の風水陣
『みんな、用意はいいかしら?』
『オーケー』
夜も遅い時間。
ライト地区に到着した俺。
携帯ではなく、インカムで姫の部隊全員との通話をしながら、光の術印を足元に刻む。
別に石とかで地面を掘ってるわけではない。
魔術に必要なのはイメージだ。
魔力、つまり生命エネルギーを消化させれば、円形の結界型術式を発動させるなど、造作も無い事。
まず始めるのは、ジェシカの刻む空間風水魔術の補助。
5人いないと出来ないしなぁ、この結界。
「ベルダ、ちょっと離れてろ」
「承知しました!」
そそくさと民家の影に隠れるベルダ様子が目の端に映った。
…うん。アイツなかなか空気読めるし、別に悪くないな…。
今回の件が終わったら、しっかり向き合ってみる事にする。
過去の自分と。
『始めるわよ』
ジェシカの宣言が、魔術の旋律へと変わっていく。
『起こすは結界。
凍土たる北に氷を。
堕ちていく陽の西に炎を。
熱風吹き荒れる南に地を。
原点又終止である東に光を』
年長であるジェシカの呪文詠唱。
正確で速いのは勿論、その結界に与えられる魔力も相当な物だ。
仮に俺が普通の魔法が使えたとしても、こんな完成度のものは出来ないだろう。
しかし、その彼女でもこの結界は確立する事が出来ない。
だからこそ、終点である彼女を囲む絶対的な始点が必要なのだ。
『我が氷塊を柱に』
『我が炎熱を柱に』
『我が大地を柱に』
クリルア、ファーム、グレン。それぞれの場所でそれぞれの魔力を注ぐ。
そして俺も。
「我が栄光を柱に」
栄光は栄える光。
何もかもを発展させる力。
それを一つのパーツとして、中央で佇むジェシカに送る。
そして全ての魔力が収束する時。
『我らが方位に示す魔導の色を束ね、汝を軸に絶対防御の箱を存在させる事を願う!』
“四方風水”。
全員が発動させる結界の名を呟くその瞬間。
薄桃色の正方形が、このジオレン国全てを包み込んだ。
@~@~@~@~@~…
地上3000メートルと言ったところか。
とりあえず街壊しちゃ迷惑かなと思い、可能な限り高く飛んでみた。
季節的にまだ夜が来るのは遅い。ここからは太陽を拝む事が出来た。
これで魔力源は確保。
後ろを振り返れば、そーっとベルダが下を覗いていた。
「た、高いッスね…」
「嫌なら飛び降りていいぞー」
「イヤイヤ死ぬじゃないですか!」
俺は常に常備しているインカムを取り出し、5番のボタンを押す。
「ジェシカ、聞こえる?」
『えぇ、聞こえるわ』
ハスキーな声が片耳に伝わる。
俺は光龍の背にそっと触れながら、会話を続けた。
「後2分ちょいでライト付くけど、どこいけばいい?」
『最東よ。ちょうど国境の辺り。
一番東だと思うところならそこでもいいわ』
「『東』?
まさか…」
『あ、ちょっと待って。
みんなとも通話が出来るようにして』
「うい」
2、3、4番を早打ち。
右の鼓膜が、多数の音で震える。
既にみんな、それぞれの方法で移動中なのだろう。
『ほら、先輩! インカムインカム!』
『うぅ~待ってくれよ…。
皿洗いすぎて手が…』
『アル、元気してるかい?
僕は元k』
「さっさと話進めようぜ」
『……』
珍しくしょぼくれているが、ガチホモの事情など知った事か。
俺は姫の言う強敵と戦いたいのだ。
『みんな、よく聞いてね』
ジェシカの一声。
『いつも通り、“四方風水”の出番よ』
『ま、またですか…』
四方風水。
世界には魔法があり、いくつもの分野に分かれているが。
最も術式に時間がかかり、最も人を選ぶというのが風水魔術。
その中でも上級の上級。
その魔法の名こそ、“四方風水”。
効果は至ってシンプル。
外からは決して壊れる事無く、内側からは壊しやすい、雛鳥の卵のカラような物。
ただ、発動条件がひどくめんどくさい。
説明すると長くなるので適当に約すと、この魔術の成功には4色の魔力を正しい位置に、正しい順番にタイミング良く発動させなければならない、という事である。
人は魔力を持ち、魔力には色があり、色には属性がある。
例えば俺には光属性が、グレンには大地属性の魔力が宿っている。
それは血筋にもよるが、基本的に自身に与えられる魔力はランダム。
量も少ない場合もあれば、異常に多い場合もある。
それはこの世に産み落とされた瞬間に決まる。
そして、この結界魔術に必要な4つは、光、炎、氷、地。
それを汲み上げる為に一人以上、四点を結んだ中心で魔力を練らなければならない。
高度かつ念密な魔力操作をしなければならない。
この中でそれが出来るのは…。
『私はもう結界を張る準備をしているわ』
ジェシカただ一人。
「なぁ、俺、強い奴と戦えるって聞いたんだけど…」
『結界張り終わったら、いくらでも戦っていいわよ?』
「…その為には、結界の外にいなければならないんですけど…」
四方風水は、基本破れる事のない圧倒的な魔力の壁。
少し前にスタビライザーに破られた事もあったが、あれは例外。
その件を差し引いて、この結界が割られた事など一度も無い。
それは俺も例外ではないだろう。
『いいんじゃない? 私はアルが何処で野垂れ死のうとも知ったこっちゃないし』
『先輩、強いですもんね』
『私はお前が死んだら悲しいぞ? カツアゲ対象がいなくなっちまう』
『僕は(ry』
「………」
静かに、通信を切った。
頬を温かい物が流れた気がしたが、気のせいだ。
そう、気のせいなんだ…!
「あ、兄貴…」
「…何だよ…」
あーあ、ヤダヤダ。
なんか格好悪い所を見せてしまっ……。
「兄貴の強さは、みんなに認められているんですね!」
「お前わざとだろ! 逆に辛いわそういうの!」
@~@~@~@~@~…
「これが、ジオレン国劉姫部隊自慢の…」
「そ、“四方風水”」
術式を組み終えると、隠れていたベルダが後ろからやってきた。
感心するベルダに説明をしてやる。
「この結界って与えられた魔力に強度が比例するんでしたっけ?」
「おー。しかも支柱である4人の魔力が均一じゃないといけないめんどくさい魔法なんだよ」
俺が昔何回この結界の訓練で怒られた事か。
…何回やってもみんなと量が合わなかった…。
「でも堅いんですよね?」
「おお、相当な物だぜ?
確かに中からならすぐぶっ壊れるけど、外部攻撃だったら核が来ようが魔獣の特殊魔法だろうが防げる」
「…すごい…」
「そうだな…これがみんなで出来るようになるのに2年はかかった」
「そんなにっ!?」
「おかげで国中から重宝されてる」
今思えば、これも姫の考えだったのかもしれない。
国の英雄と呼ばれるようになってからも、俺は国の端々で俺への嫌味を聞いていた。
それが無くなったのは、やはりこの結界の力が多くの人の信頼を得ているからだろう。
「ホント、感謝してる…」
「…兄貴…」
「ん? どした?」
「あれ、何スかね…?」
右手の人差し指を夜の空に向ける。
角度は15。
そこでは、
紅い翼を持った人間が接近していた。
「…アレか」
俺は任務の理由を思い出す。
えと…、
『国に接近する5体の未確認生命体から国を死守せよ』、だったな。
なんかRPGの指令みたいになっているが気にしない。
気にするべきは…。
「…あいつをぶっ飛ばせば、いいんだな」
「兄貴…でも、どうやって?」
確かに。
此方は壊れるはずのない結界を張っている。
それを挟んで敵と向かい合ったところで、結局は別次元の相手と睨み合っているようなものだ。
…どうするんだろ…。
「…小さく穴開けて、そこから攻撃…?」
「侵入されかねないですね…」
「…となると…」
うーん、と二人で考え込む。
頭を抱えている間に、人間は国との距離をどんどん詰めてくる。
…しかし速いな。明らかにマッハの領域行ってるだろ…。
俺は注意深く人間を眺める。
甲冑に身を包み、そして背には真紅の翼が生えている。
しかし翼は動くわけでもなく、ただ存在しているだけのようだった。
…高度な魔力武装の一種なのだろうか?
疑問がぽわー、と浮かんでくる中、ついに甲冑は結界の前で一時停止をする。
そして右手を大きく引いた。
…いや、パンチじゃ流石に壊れねぇよ…。
ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンッ!!!
『!?』
甲冑の、たった一度の拳で。
ジオレン最強の結界はいとも容易く穴を開けてしまった。
…あれ?
次回からバトルの予感…!
そして連日更新は今日まで。
これからはまたのんびり更新したいです。