◇7 竜の王と姪と光竜と弟子
そろそろ開戦…!
「うむ…」
何も無い、本当の意味での空白の部屋。
唯一存在している椅子に腰掛ける青龍、称号は竜王。
彼は考え事をしていた。
スタビライザーの話では、今回の件は朱雀が絡んでいる可能性が高いとの事だ。
朱雀。
南の大門を守護する魔獣。
青龍と同様、力を与えられた特殊な魔獣。
朱雀は温和な性格の魔獣だった。
四大守護獣が人間と争っていた時も、傷付いた女子供に癒しの回復魔術を使うなど、比較的種族差別をする事の無い、ある意味異質。
それが何故、南のコラー共和国を手玉に取って、我が国に侵略しようとしているのだ?
予想の域を過ぎない事は重々承知だ。
しかし、他にどう受け取り様があると言うのだ。
もし朱雀が確信犯じゃないとしたら。
コラーの人間が争う為に朱雀の力を借りて何かをしようとしているという事になる。
そんな事が、あるというのだろうか。
争いを心から悲しんだ、あの女に。
思考に思考を重ねる中、
――――キィィィィィィン……
「!」
何だ。
この感覚は。
何か巨大な魔力が近づいている。
数は、五。
この国全体を囲うように、五芒星を描くが如く、接近。
…大きな、魔力。
いや、違う。問題は魔力の密度と質量の大きさではなく。
……この感覚は…。
「朱雀……」
懐かしい魔力の鼓動に、涙が出そうになる。
…私も、人間と接しすぎたのかな。
朱雀…。
何故お前は…。
………。
「……だが、まだ私が動いて良い訳ではないのでな…」
竜王は人間同士の戦に直接の介入はしないと、心から決めている。
大きすぎる力によって、単身で国一つ壊滅させかねないからだ。
一方的な膨大な力は、最終的に破壊と破滅を生み出す。
竜王は絶対に、今回参戦してはならない。
ならば、
「我が愛すべき姪と、その仲間に、また戦ってもらおう」
彼は何も無い空間から、一つの小さな携帯電話を存在させる。
ぽちぽちと、大きな手で携帯を操作し、彼は電話をする。
この国の、姫に。
『はーい。どうなさいました、伯父様?』
「すまない、緊急事態でな」
竜王は早口で言葉を繋げる。
その言葉の重みは、相当な物。
一国の主の判断。
それは、国の民にとって、何よりも重大だ。
「このジオレンに謎の飛行生命体が向かっている。
詳しい事はお前だけに話す。
ルルからお前の部隊に連絡を回してくれ」
『我達以外の部隊には何か連絡を?』
「いや、あまり時間も無い。
それに、お前達にしか出来ないあの魔法陣を張ってもらいたいのだ」
『“四方風水”、ですか?』
「あぁ」
『はー。またジェシカに臨時収入与えなきゃですよもー。
軍だってお金が留めなくある訳じゃないんですよ?』
「ぬぅ…すまないな、毎回」
フフ、と電話越しに微かな笑い声が聞こえた。
それと同時に、軽快な足音がリズム良く聞こえる。
もうロールルは走ってくれているのか。
『構いませんよ、私の、伯父様なんですから』
「…頼んだぞ」
ハイ、と電話を切る。
そして一息。
全く、あの姪にだけは毎度翻弄させられる、と竜王は苦笑する。
そろそろ国の主権を彼女に渡す時かも知れない。
彼女なら、きっと現状維持…いや、今よりも素晴らしいジオレンの形を組み上げることが出来るだろう。
そんな彼女の作る未来を見届ける為に。
「この国を、守りたい」
それは誰の力じゃなく。
この国で笑っている、人間達の力で。
@~@~@~@~@~…
「兄貴ー!」
学校前の商店街に戻ってラーメンを食べた後。
ベルダが背中で俺を呼ぶ。
俺は心底面倒くさそうに声を返してみる。
「あぁー? 何ー?」
「ケータイッ! ケータイ鳴ってます!」
「え?」
振り向く。
ベルダは俺のケータイをまるで神へ御献上するかのように、両手で丁寧に差し出してきた。
…ってか。
「何でお前が俺のケータイ持ってるんだよ!?」
「彼女いるのかなぁ、と受信ボックスを見てました!」
「何でお前そんな威風堂々してんだよ!?
軽くプライバシー侵害してるわ!
ってか、貸せ!」
俺はベルダから自分の携帯をひったくる。
「別に桃色な文面は無かったんですからいいじゃないですか」って言ってるベルダは後で絞め殺すとして、電話か。
相手は…ゲ、姫だし…。
バイブレーションを止めて通話。
「何だよ。お前今日は俺にどんなイタズラをしようと…」
『ゴメン。どうでもいい』
「どうでもいい!?」
聞いてください皆さん! この人他人のギャグを全部拾うまでもなく一蹴しましたよ!?
泣いていいですか!? 泣いていいですよね!?
「うわーん。」
『さて、気分を切り替えるには、そうだな…
すっごく強いコラー軍の精鋭部隊が国に接近中って言ったら、やる気出る?』
「もちろん」
即答。
やる気が出ない訳、ねえだろ。
『じゃあこの返答は録音したから後で伯父様に報告するね!』
「貴女は一体俺をどうしたいんだ!」
戦闘狂の一遍をまた見せてしまった…!
聞いているベルダが目をキンラキラさせている。おいこっちみんな。
この前あのおっさん「次は承知しねえゾォォォ…」的な事を言ってたし、前回よりすごい罪が待っていそうだ。
が、しかし。
この興奮は、抑えられない。
「で、用件は?」
『いいねー。方向性に問題はあるけど、アルはそうでなきゃ』
電話の向こうでニヤニヤしている姫の姿が容易に想像できた。
『まずライト地区に向かって。
急な事態だから光龍召喚して、超特急でライトに向かってね。
その後、ボイスチャットで他のみんなと通話出来るようにして。
最初はジェシカと回線を繋ぐ事。
今回の作戦はあの子に全部伝えたから』
「了解」
パタン。
携帯を閉じて、後ろにいる舎弟(仮)に声をかける。
「なぁ、ベルダ…」
「兄貴…」
神妙な顔をして、こちらに頭を下げた。
「御勤めご苦労様です!」
「何故ヤクザのノリ!? 何時から極道!?」
ご○せんみたいなノリだった。
そして頭を下げたまま、彼はか細い声で告げる。
「兄貴、お願いがあるんですけど…俺を…」
「連れてくぞ?」
「その、現場に…え?」
顔を上げる。
目がまんまるだ。
俺は掌を広げ、
光の球を存在させる。
俺の、何も出来ない俺の、唯一の力。
人を殺す、殺戮召喚魔導。
そして、煌きは一瞬。
全てが光に包まれて…。
RUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
賑わう夜の繁華街に光り輝く龍を召喚させる。
その風貌に圧倒され、圧迫される人、街、空気。
その場にいる人間全てが非難する中、ベルダはその場に立ち尽くす。
ただ、見上げていた。
龍の背中に仁王立ちする、俺の影を。
「強く、なりたいんだろ?」
「……」
彼は、一度頭を下げて。
不敵な笑みで、再び睨むのだった。
憧れる、俺を。
「当然、です……ッ!」
「……上等」
俺はベルダに右手を差し出す。
そして彼は堂々と俺の手を掴んだ。
そうか、コイツ、誰かに似てるなって思ってたら。
俺だ。
コイツは、俺。
アルファゼル・ティラミスの昔の昔。
あの時こんな感じで手を差し伸べたのは姫だったな。
だからコイツは、きっと頑張れる。
成功に繋がる道へと歩めるかは俺には分からない。
でも。
コイツの成長を、俺の手で、見守っていきたい。
そして人を2人乗せた光龍は大きく羽ばたき。
広大なジオレンの上空を舞う。
雲行きは怪しくなってきました。
そして俺の執筆速度も怪しくなってきました。が、頑張るんだ俺…!