◇6 夕日を奏でる丘
俺はベルダに連れられてセンターの墓地までくる。
時刻は5時半。
世界が橙色に霞んでいく。
墓、墓、墓。
…ジオレンは軍事大国でもある。
現在はツギョク大陸の南部であるコラー連邦軍といがみ合っているが、他にもユウカ大陸のハヅチ国、島国であるポンビとも殺し合いをしている。
戦争の渦中で死んだ人間も少なくない。
そしてこの墓の大多数が、亡くなった兵士、民間人なのだ。
ベルダに連れられて、ある墓前に立つ。
刻まれた名前はネルダ・ギル。
「俺の、母さんです」
俺に背を見せるように立つベルダは、墓に花を添えながら話す。
「賢くて、強い魔導師でした。
戦争でも、たくさんの功績を残して、多くの人に慕われて…。
休みの日は疲れているはずなのに、病気で寝たきりの俺を看病してくれたり…」
ガルダナングル症候群。
恐らく世界で唯一ベルダのみが、今も尚侵されている病の名称。
ジオレンでは、科学、医療、物理、etc…ありとあらゆる分野が発達している。
基本的に科学の力で治る病気はほぼ完治、そんな国。
しかし、近隣の国と比べ生活水準が高く、医療も発達しているそのジオレンでも、全くの未知の病。
全身の魔力が徐々に低下していっているらしい。
魔力は即ち、人間の生命エネルギーだ。
それがカラになり、本来生きていく為の最低限のエネルギーまで毟り取られ続けていけば、それは直に死に繋がってしまう。
ベルダが今更学校に編入してきたのは、今の今まで病院で寝たきりだったそうだからだ。
何故かここに来て、急に病状が軽くなったとか。
魔力も回復していき、動かなくなっていた足もようやく動かせるようになった、とか。
ベルダも、母親と笑えるはずだったのだろう。
しかし、世界は残酷だった。
「母さんが死んだって連絡が入ったのは、俺がリハビリしている時でした」
5ヶ月前、春。
ハヅチ国と完全対立していた当時、敵が撃ったたった一つの核の所為で。
前線に立つ総勢8万のジオレン兵士は、命を落とした。
「泣き喚きましたね、あの頃は。
はは、まだ最近の事なのに、懐かしい…」
顔を見せずに笑うベルダ。
俺は何も喋れなかった。
他人の『死』を重く感じていた事などなかった。
俺には、大切な人間なんていなかったから。
でも、コイツは…。
「母さんの仇をとろう、とか思いません」
ベルダは言葉の調子を強める。
「でも、強くなりたいです。
強くなって、強くなって、強くなってっ。
母さんみたいな有能な魔導師になってっ。
たくさんの人を、守りたいんです。
それが…母さんの、今まで、そしてこれからもしていくはずだった事だから…」
青年は、振り返る。
真っ直ぐ此方を見る目には、鋭い何かがあった。
覚悟。
本気の目だった。
「だけど、今からだと魔法も一から習うんじゃ遅い…。
だからこそ兄貴、貴方の下で学びたいんです。
英雄とまで言われる、貴方の傍で」
何を、とはベルダは言わなかった。
きっと彼が習いたいのは、魔法なんかではない。
そんな形だけの物じゃなくて…。
……。
「俺は…」
俺が教えられる事なんて、あるのだろうか。
こんな俺が。
「……お…」
「アーールーー!」
「うをっ!?」
後ろから、誰かに抱きつかれる。
だ、誰だ! こんなウハウハでドキドキのイベントを起こしちゃってくれちゃったお馬鹿さんは!
イ、イマハシリアスナバメンダッタノニー(棒読み
首を捻り、目が合った人物は、
「…キャッ☆」
ガチホモでした。
「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「おっと」
全力で顔面に拳を振る。
が、グレンに軽くいなされてしまう。
「おいおい…そんなに乱暴に扱わないでくれよハニー。
僕の心は繊細で壊れやすいんだから…」
「キモイ! ていうか何でここにいるんだ!」
「いやぁ、家に帰ろうと思ってたら、愛しの人の匂いを嗅ぎつけたんでねー。今来たんだ」
「犬かお前は!」
「は、ハニー…?」
ベルダが、ちょっと遠くで俺達を見ている。
…やめろ、そんな悲しい目で俺を見るな! うわ、うわああああああああああああああああああ!
「…アル、ソイツ、誰だい?」
「あ? お前、今日学校いなかったけ?」
「ちょっとコラーにちょっかい出してきてた。
ま、何の収穫も無かったけど」
あ、そうか。
ジオレンとコラーの間には、大きな平原が広がっている。
見晴らしのいい、特に目立った集落や町は何も無いため、いざ敵陣に進行しようとすると目立ってしまう。
その為今回、姫さんが急遽編成させた大地魔導師部隊が身を隠しながら偵察に行ったって言ってたな。
因みにリーダーはグレン。
…何人の兵士の貞操が奪われたのやら…。
…あと、今来たって事は、さっきの話聞かれてないのか。よかったよかった。
「コイツにこのエロと無関係な純真無垢の少年を紹介するのは気が引けるが…」
まぁ、グレンも2年4組だ。
一応クラスメイトだし、顔合わせぐらい手伝ってやるか。
「ベルダー。ちょっとこっち来い」
てってってと走ってやってくるベルダ。
薄っすら見える汗を拭いながら、深呼吸。
「おいガチホモ、新入生だ」
「新入生? 今の時期に?」
「ベルダ・ギルです! 俺、つい最近まで病院生活で、この間退院したばっかりなんです!
よろしくお願いしあーす!」
ベルダが、手を差し出す。
グレンはそれを見て、
「ふーん。僕、グレン・BH」
振り返り、背を向けて歩き出す。
『え?』
「アルー」
「あ? え、お前そんなひでぇ…」
「…アルが気付いてないならイイんだケド」
「は?」
「…めんどくさ…」
「あ!? おい今何つった!? おい!」
「まーいーやー。僕には関係ないすぃー」
ばいばーい、と手を振って、グレンは帰ってしまった。
呆然。
口を開ける俺に、ベルダが気まずそうに話しかけてきた。
「あの…俺、なんか悪い事しましたかねぇ…?」
「いや、俺もよく分からん。
あいつだったら、お前みたいな奴から手を差し出されたらその手を舐めるまで堪能するはずだが…」
なんたって、生粋のガチホモだし。
童顔の少年とか、アイツのモロ好みじゃないか。
あいつ、ガチ両刀だからなぁ…。
「な、舐める…っ!?」
「あーごめん。
お前には全く関係の無い世界だから。知ったらOUTだ」
「は、はい…。
…それで、兄貴…」
「『兄貴』…か」
分かってる。
答えを出さなきゃならない。
選択肢は二つ、YESかNOだ。
もし俺が首を横に振っても、ベルダは笑って諦めるだろう。
コイツなりに、他の道を探すはずだ。
でも…。
「…おし」
「…ごくり」
「保留!」
静寂。
近くの雑木林から聞こえるカラスの鳴き声がなんともシュールだ。
間の抜けた顔を晒すベルダ。口あんぐり。
「…へ?」
「とりあえず、腹減った」
少し早いが、夕飯時だ。
学生としては何か胃に収めたい。
「答えは、まだ出せない。
でも、、勘違いしないでくれ。
それは逃げるって事じゃないって事を」
「…えと…」
ベルダは少し戸惑いながらも、
「…ハイっ!」
笑って、頷いてくれた。
「おし、飯食いにいくか」
「ハイ!」
そして俺達は先人達の眠る地を後にする。
答えは、実は出てる。
でも俺は正直怖かった。
今、この場で答えを出す事が。
当人の母親に見られているような気がして。
本当にこの子を強く出来るの? と会った事もない人物に気圧されている気がして。
俺は、逃げるようにその場を後にした。
久々に伏線張っておいた。
…さーて、忘れるなよ未来の俺…。