生家没落の話を、友人との酒の肴にした話。
生家が没落したという話が回ってきたのは、国を出て3年が経った時だった。
「へえ〜、シャンティって元貴族だったの。だからそんなに所作が綺麗なのね」
「と言っても、もう3年も前のことだけど」
「よく住み込みの仕事ができてるね。お貴族様ってそういうのしないんじゃないの?」
「運がよかったのよ。この国の人たちは、働き手には優しいから。一から教えてくれる親切な人ばかりだし」
「シャンティが低姿勢で覚える気があるからでしょ」
この街はリゾート地が近くて、働き手はいくらあっても困らない。
素人の私でもすぐに働き口が見つかったし、こうやって街で働く気の置けない友人もできた。
伯爵家令嬢だった時には考えられないことであり、意外にもこちらの生活の方が性に合っていた。
身につけてきた知識や所作は役に立つけど、この街では私自身の中身が問われる。
外側じゃない自分を評価されるというのは、くすぐったいが心地いい。
「んで、この前お忍びで来ていたお貴族様の客に生まれ育った国の話を聞かされたってわけね」
「この店で呑んでみたいとおっしゃるから、その付き添いをしただけよ」
「シャンティを口説きたかっただけじゃないの?」
「あら、お相手は女性だったわよ」
「そりゃまた、シャンティ並みの変わり者貴族だ」
ケラケラ笑いながら、エールをゴクゴク呑んでいるのを見て、私も自分のお酒に口をつける。
豪快な飲み方までは真似できないままだが、お酒を飲んでも自分の足で寄宿舎に帰れるようには、この3年でなった。
これも私からすれば、ひとつの成長だ。
「そしたらね、隣の隣の国なのだけれど、どうやら大変なことになっていると教えてくださったの」
「大変って、どんな感じに?」
「んー、一言で言うなら荒れ放題?」
「食物でも育たなくなったの?」
「ううん、貴族の間で流行っていた真実の愛の尻拭いが怒涛に到来中らしいわ」
「真実の愛だ?なにそれ、劇の名前?」
「愛がない結婚などおかしいっていう訴えの元、婚約者のいる人が次々と婚約破棄して、相手を変えていったって話」
「浮気の末、鞍替えの話?」
「端的に言えばそれね」
私がそう言うと、目の前の友人はあからさまにゲエッと嫌そうな顔になった。
「気色悪い」
「私も元婚約者にそう言えばよかったのかも」
「はあ???何、シャンティ巻き込まれた側なの!?」
「私が国を出た理由だもの」
「あんた自分のこと、話さなさ過ぎ。今日洗いざらい吐け」
勝手に追加のお酒を注文されて、差し出された。
それも悪くない、むしろ気を許されていて嬉しいすらある。
「ふふっ、みんな私のこと訳ありだろうからと何も聞かないから」
「聞かせない雰囲気しかないもの」
「そうね、一応これでも貴族の矜持みたいなものは残っていたから。でも、その家もなくなったみたいだし、もういいかなと思って」
「…喋りたくないから、ここでやめておくけど」
「ううん、たぶん聞いてほしくて、私喋り出したんだわ」
私が笑うと、友人もホッとしたように笑った。
「私は長女で姉妹しかいなかったから、私が家の跡継ぎだったの。15歳の時に婚約した相手を婿に入れる予定だったのね」
「婿入りの分際で浮気したの?」
「私のすぐ下の妹とね」
なんでもないことのように言ったのだけれど、友人の口からダバダバとエールが溢れた。
口を閉じ損ねたらしくて、机が濡れていく。
「あらあら、すみません!おしぼりください!」
「…そいつのこと、殺しに行っていい?」
「あなたの手を汚す価値もないからやめてね?」
店員が持ってきてくれたおしぼりで、机をひと通り拭いてから話を戻した。
「『彼女が僕の本当の愛の相手なんだ!君とは結婚できない!』『ごめんなさい、お姉様。私、どうしても愛してしまったの…!』」
「薄っぺらいセリフね」
「そうね、お芝居でももう少しマシなセリフを書いてくれそうよね」
「でも、なんでそれでシャンティが被害を被っているわけえ?」
「両親が妹を溺愛していたから、譲ってやりなさいって」
「……両親も頭沸いてるの?」
「そうだったみたい。今までよく家を存続させられたわよね、今思うと不思議だわ」
「いや、そんな家族の間でシャンティがまともに育っている方が不思議だわ…」
「私だけは厳しく育てられたから」
今飲んでいる分でようやく酔いが回ってきて、ふわふわした心地がしてくる。
何かおつまみも食べておかないとと、唐揚げを口にした。
唐揚げだって、貴族を辞めてから食べられるようになったもののひとつだ。
コルセットもないと、揚げ物もペロリで嬉しい限り。
「んで、譲ってあげたわけ?」
「それ以外選択肢がなかったし。ついでに跡継ぎも譲れと言われたから、代わりに慰謝料をもらったのよ」
「…………意味がわかんなかった、あたしがおかしい?」
「ううん、あの人たちがおかしい」
フライドポテトも口にしながら、首を振った。
「それで、なんか疲れちゃって。妹は後継者教育を受けていなかったし、元婚約者はそこそこ仕事はできたけど、私が処理したものの後始末担当だったし、何が出来るつもりで当主になれると思っているのだろうと不思議でならなくてね」
あの頃を思い出すように、首を傾げた。
今でもやっぱり気持ちは変わらない。
「真実の愛だけで家と領地と領民すら守れると言うのなら、証明して見せてほしいなって思っちゃったのよ」
きっぱりそう言うと、友人は満足げに笑った。
「それで国を出たわけ?」
「領民には申し訳なかったけど、慰謝料で旅にでも出ようかなって」
「思い切りがいいわねえ!」
「だって慰謝料は両親が着服しそうだったし、妹の下で代官にされそうになったから、さすがに私にも尊厳ぐらいあるわと思ってしまって」
「………やっぱ、殴りに行ってもいい?」
「今どこにいるか知らないから難しいわ」
「よく出てこられたね」
「逆ギレされて勘当されたからちょうどよかったわ」
気がかりは領民のことだけで、家族にたいしてはあの婚約破棄騒動でほとほと愛想も尽きていた。
元々妹だけ可愛がって妹の言うことはなんでも聞く両親に不信感があったし、元婚約者は軽薄だったし、妹は自分が世界の中心といった感じで泣けば許されるとわかっているあたりも私とは合わなかった。
だから、あの時全部捨ててしまったの。
「んで、荒れ放題って言うのは?」
「あの時期に真実の愛で婚約破棄なり離婚したところのお家が、次々と問題を起こして、存続が危うかったり、当主を入れ替えたりと忙しいそうよ」
「シャンティがいたところは?」
「見事没落していたらしいわ。それも1年も前に」
肩を竦めてみせると、友人は机をガンガン叩いて大笑いした。
「ぎゃははっ!ダメじゃん、真実の愛!!!」
「やっぱり現実と感情は分けなきゃダメだったみたいね」
「ひぃー、いい気味!」
「そんな感じで貴族がボロボロだから、今や国ごと周辺国からは遠巻きにされ始めているのっていうお話しだったわ」
「そりゃ、そんな面白話、人に話したいわなあ!」
ヒーヒー笑いながら、楽しそうにしている友人を見て、私もようやく胸のつかえが取れた気がした。
これだけ笑い飛ばしてくれれば、気持ちがいいというものだ。
やっぱり、友人に聞いてもらってよかった。
「没落したってことはあの人たちも私と同じ平民なのよねぇ。上手く生きている気がしないわ」
「心配?」
「そうね、色んな方に迷惑かけていそうで申し訳ないわ」
「それこそ、シャンティには関係ないことだ」
友人はエールを片手に取ると、私の方に突き出した。
「じゃあ、今日は祝いの酒ってことでいいんだよね?」
「あら、お祝いしてくれるの?」
「もちろん!シャンティの素晴らしき決断とこれからに乾杯〜!」
私も自分のお酒のグラスを持って、カチンと綺麗な音の響く乾杯をした。
過去は、お酒で洗い流してしまいましょう。
私は今の生活を気に入っているし、今の私が私なのだから。
「いい友人を持って、やっぱり私は運がいいわ」
了
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