真実の愛を証明せよ・後日談
「……それは誠か?」
「女王陛下にまで嘘をつくほど、私は愚かではございません」
レオナールの父である、コンラート・グランツェ公爵は穏やかな笑みを浮かべ、さらに言葉を紡いだ。
「もしや、うまくお伝えできておりませんでしたでしょうか? 恐れながら、改めて申し上げますが、息子はすでに隣国のヴァルディシアへ渡っております」
何度も言わせるな理解できないのか、と暗に込められれているのが丸わかりののそれに、溜息を吐きたくなるのを女王オクタヴィア・ソラリスは堪える。
「その経緯につきましては、ご理解いただけていると思っておりましたが……。貴方のご令孫嬢がレオナールになさったことを、どうお考えなのでしょうか?」
穏やかな口調のままだが、その内容はさらなる刺を秘めている。
中立かつ穏健派の彼がこうも変わってしまうとは。
アウレリアが仕出かしたことがいかに軽率で愚かであったことが事実だと、改めて突き付けられる。
部屋にはコンラート公爵と、宰相であるゼファル・フェルディア、そしてアウレリアの処遇を決めなければいけない祖母であり女王陛下であるオクタヴィアの3人だけ。
「王配教育を修めておりました息子が婚約解消となりましたことが周辺諸国にも伝わり、縁談の申し入れを数多く頂戴いたしました。その中でも諸条件において最も相応しきものがヴァルディシアからのものであったため、息子はそちらへ渡る運びとなりました。一度はご存知の通りの結果となりましたゆえ、今後は慎重に進める所存ではございますが、息子のこれまでを思えば、きっと良きご縁に恵まれるものと信じております」
コンラートは終始穏やかな笑みだが、それが貼り付けたもののように感じるのは気のせいではない。
「それで、此度のことはどうなさるおつもりなのでしょうか?」
一瞬の沈黙の後、オクタヴィアは重い口を開いた。
「此度のことは王家の威信にも関わる。慎重にことを進める必要が……」
「確かに慎重になるべきことでしょう。しかし先程も言いました通り、息子が婚約を解消……いや破棄したことは、既に周辺諸国に周知されております。さらに原因につきましても、既に貴族の大半に噂が回っている状態です」
「秘密裏に片付けるには、もう手遅れかと存じます」
コンラートとゼファルにそう切って捨てられ、オクタヴィアは押し黙る他は無かった。
「そもそも、ご令孫嬢の不貞を知り、早急かつ穏便に婚約解消を願い出たのはこちらが先なのですがね」
「……」
「しかし陛下が『最後の機会』を命じたために、あのような茶会を開くことになったのです」
その結果が『あれ』だ、とコンラートは言外に含ませてみせる。
「王家の威信ばかりを気にされておられるようですが、現状を鑑みるに回復は難しいでしょう」
ゼファルが淡々とそう口にした。
「陛下、早急にご決断を」
「ゼファル、わらわに意見をするのか?」
「意見ではありませぬ。宰相という立場であるが故の助言と捉えてください」
そして、と彼は言葉を続ける。
「この件で『女王制』を疑問視する声はさらに大きくなり、さらには『廃止すべきだ』との声もあがっている始末。性別関係なく優秀な者を王にするべきだ、と」
全てお前自身が招いたことだ、と含ませるのは忘れていない。
それを察したのだろう、オクタヴィアは額を軽く押さえた。
「陛下、まずはアウレリア様の処遇を」
「……アウレリアは廃嫡とし、修道院に送ることとする。相手の令息にも同様の処遇を取らせるよう、ラクロワ家に命じる。グランツェ家には慰謝料として提示された額を払おう」
「承知いたしました。陛下のご決断に感謝いたします」
コンラートは胸に手をあて、深々と頭を下げてみせる。
「しかし王家により、我が息子の貴重な時間と心遣いが奪われたのは事実」
すう、とその目が狭められた。
「どうか、そのことをお忘れなきようにお願いいたします」
冷たく鋭い言葉と視線が、容赦なくオクタヴィアに突き刺さる。
「……分かった」
そう答える他はなかった。
コンラートは深く頷いてみせてから口を開く。
「では今後の方針につきましては、『王家に属する方々』との話し合いとなりますので、『部外者』である私はこれで失礼いたします」
婚約破棄された今、我が家は王家とは無関係だ、とまた暗に言われているのが分かり、オクタヴィアはぎり、と奥歯を噛みしめた。
優秀かつ中立派であったグランツェ家を引き込むために結んだ婚約だったというのに。
この一件でグランツェ家は完全に王家から離れ、あくまでも『国のため』に働くことを心掛けたことだろう。
静かにドアが閉められた後、オクタヴィアはカップを手にとって、口を付けた。すっかり冷めてしまった紅茶は酷く苦く感じる。
「さて、今後の王家の威信……いえ、意向につきましては、3日後の会議にかけることといたします」
ゼファルの告げたことに、オクタヴィアは目を見開いた。
「なので、早急にご準備をお願いいたします」
「ま、待て。早すぎはしないか?」
「いいえ、これでも遅すぎるくらいでしょう?」
すう、とゼファルの目が冷たく狭められた。
「陛下が、アウレリア様の母君……リュミエラ様を自らの手で育てた時から既に歯車は狂っていたのです」
ひゅ、と息を呑む声が響くが、それを気にもせずにゼファルは言葉を続ける。
「次期女王になるのだから、とそれはそれは厳しくお育てになったそうですね。当時を知っている者からの伝聞にしか過ぎませんが、聞いていて不快の余り胸が悪くような話でしたよ」
「それはわらわが母上に……」
「陛下が先代からどのような教育を受けたのかなど、最早論じても仕方のないことです」
言いかけたオクタヴィアの言葉を、ばっさりと切り捨てるゼファル。不敬だと咎められる筈の発言だが、生憎と指摘して止める者はいない。
「そしてリュミエラ様は貴方を悪い意味で反面教師にし、アウレリア様を溺愛しどろどろに甘やかした。その結果、単なる婚約破棄に留まらず王家の威信に関わる問題を起こしてしまった」
言葉の刃が、容赦なくオクタヴィアを切り裂いた。
その顔は最早血の気がなく、指先が細かく震えている。
「そんな、ではわらわが全ての原因だと……?」
問いかけても、返って来る言葉はない。
ゼファルは真っすぐにオクタヴィアを見据えてから、立ち上がった。
「では、私も失礼いたします。……ああ、そういえば」
思い付いたように口を開く。
「修道院への道は舗装されていない上に見通しが悪く、急カーブが数多くあります。さらに地盤が脆いため、一度雨が降ったらぬかるみが酷いそうですね」
戦慄が走った。
まさか。
「陛下とリュミエラ様直属の侍女と護衛ですが、『偶然』にも一斉にお暇を告げましてね。なので総入れ替えをさせていただいたのですが……なにぶん『不慣れ』なもので寛大な御心でお許しいただければと」
震えが指先から全身へと広がる。
ゼファルの口元が、三日月型に歪んだ。
「もちろん『毒見係』も同じです。以前の者は長年の経験により陛下たちの体調や体質を知り尽くしておりましたが……ご安心を。『毒』の判別は可能ですよ、ええ、あくまで『毒』の判別は」
それはつまり、『身体が受け付けないもの』の判別は出来ないということで。
ひゅうひゅうと鳴る呼吸の音が煩わしいが止められない。
「王宮の掃除は完璧です。手すりと階段、廊下は塵一つ、曇一つなく磨かれております。余りの輝きに目が眩んでしまいそうですが、気を付ければ大丈夫でしょう」
何気ない日常の話。
その筈なのに。
隠された明確な殺意が、容赦なく襲い掛かる。
「何故だ。わらわはお前を、重用してきたではないか……何故……!?」
せりあがるままに吐き出せば、ゼファルは表情を変えないままこう言った。
「リュミエラ様の亡き夫、エイルは私の兄だということ、まさか忘れていらっしゃったのですか?」
声のトーンが、一気に低くなる。
「兄の穏やかで優しい性格、そして嫌なことがあろうとも一人で抱え込んでしまう悪癖は、貴方にとってさぞかし都合が良かったでしょう」
すう、とゼファルの顔から表情が一気に抜け落ちた。
「幼い頃のことを持ち出して癇癪を起こすリュミエラ様を、貴方は密かに持て余していた。だから丁度良いとばかりに、兄を生贄に捧げたのでしょう?」
「そんなつもりは」
「ない、と言いたいのでしょうが、結果兄は心を病んで亡くなった。……分かりますか? 祝福されて婿入りした筈の兄が、実はあの女のサンドバッグ代わりだったと知った時の私の気持ちが」
その眼光はどこまでも鋭く、そして冷たい。
「何故それを知っているのかもお答えしておきましょう。葬式の後、王宮に仕えていた使用人の一人が、兄の手記をこっそり渡してくれたのですよ。そこにはあの女がいかに兄に非道な扱いをしていたかが、詳細に書かれていました。さらに、それを訴えても貴方が何の対応もしてくれなかったことも。最後のページには、こう書かれていました」
『帰りたい』
過呼吸でも起こしたのか、ただただ荒い呼吸を繰り返すだけとなったオクタヴィアを、ゼファルはただただ見下ろすだけ。
「では陛下。お身体にはくれぐれもお気を付けくださいませ」
失礼いたします、と深々と頭を下げて、ドアへと足を踏み出す。
背後で蠢くような気配がしたが、振り返ることはしなかった。
そのまま廊下へと出て、静かにドアを閉める。
「陛下が体調を崩されたようだ。『薬湯』を頼む」
控えていた侍女が「かしこまりました」と深々と頭を下げ、1人は部屋へ、もう1人は素早く、だが静かに廊下を歩いていく。
よく動いてくれるものだ、とゼファルは僅かに口角を上げた。
だが本番はこれから。
あの女の血筋を全て根絶やしにするまで、足を止めるつもりはない。
兄がこの状況を望んでいるかいないかはどうでも良い。
ただの自己満足。それだけだ。
(高貴な血筋とやらに拘った結果だ。せいぜい怯えて苦しめ)
そもそも他人の気持ちを推し測ることの出来ない人物が、王になること自体が間違っている。
何時の世代からこうなってしまったのかは分からないが、負の連鎖は断ち切る必要がある。
(それが今だ)
手で覆った口元は、獰猛な笑みを浮かべていた。
(終)




