指先に宿る翼(ゆびさきにやどるつばさ)
彼女は、
指先に乗るほど小さく生まれた。
だから――
サムベリーナと名付けられた。
両親に愛され、
村の子どもたちには嘲られ、
彼女は早くから知った。
――この世界は、弱き者に優しくない。
ある夜、
子どもを喰らう鬼が村に現れ、
子どもたちをさらっていった。
誰一人として、
後を追おうとはしなかった。
……誰一人として。
彼女を除いては。
死の沼地で、
サムベリーナは瀕死の妖精と出会う。
壊れた槍に貫かれ、
砕けた翼が、かすかに光を放っていた。
そこで彼女は、
あり得ない祝福を授かる。
――翼。
――鎧。
――そして、戦士の運命。
これは、
最も小さな存在が、
最も巨大な怪物に挑み、
伝説となって帰ってきた物語。
サムベリーナは、
春の朝、
一輪の花の中で生まれた。
あまりにも小さく、
母の一粒の涙で覆えてしまうほど。
あまりにも儚く、
父は彼女を手のひらに乗せるだけで、
震えていた。
それでも――
二人は、愛をもって育てた。
「小さくてもいい」
「生きている。それで十分だ」
だが、
村のすべてが同じではなかった。
子どもたちは、彼女を笑った。
「気をつけろよ!
息を吹きかけたら消えちゃうぞ!」
「それ、物を持てるの?
壊れない?」
サムベリーナは、
微笑んだ。
一言一言が、
針のように胸を刺しても。
葉の間を歩くことを覚え、
笑い声から隠れることを覚え、
黙って観ることを覚えた。
――あの夜が来るまでは。
悲鳴が、
闇を裂いた。
次々と、
叫びが重なる。
森から現れたのは、
一体の鬼。
濃い緑の皮膚。
無数の傷。
そして――
あまりにも大きな口。
あまりにも飢えた口。
子どもたちは、
人形のように掴まれ、
乾いた血で汚れた袋へ放り込まれた。
「明日はごちそうだ!」
鬼は、笑いながら吠えた。
静寂が戻った時、
残っていたのは――
泣き崩れる親たちと、
サムベリーナだけだった。
「行くな……危険だ……」
大人たちは、恐怖に壊れていた。
サムベリーナは、
拳を握り締めた。
誰も行かないなら――
私が行く。
道は、
黒く粘つく死の沼。
一歩ごとに、命が脅かされ、
一つの音が、死の約束となる。
そこで彼女は、
見つけた。
折れた槍に貫かれた、
倒れた妖精。
砕けた翼が、
かすかに輝いている。
「……なぜ、
こんなに小さな子が……ここに?」
妖精は、か細く囁いた。
サムベリーナは、
泣かなかった。
「……他に、誰も来なかったから」
妖精は笑い、
光る血を吐いた。
「ならば、よく聞きなさい」
「私は、妖精の女王」
「そしてこの世界は、
小さき者の勇気を忘れてしまった」
最後の力で、
彼女はサムベリーナに触れた。
光が、
爆ぜた。
花弁のように薄く、
鋼のように硬い――
小さな鎧が、その身を覆う。
背から、
透き通る翼が生え、
空を切り裂いた。
「祝福を授けよう」
「大きくなるためではない」
「――意志が、
世界よりも大きくなるために」
妖精は、消えた。
サムベリーナは、
飛び立った。
鬼は彼女を見て、
笑った。
「武装した虫か?」
それが――
最後の過ちだった。
サムベリーナは、
鬼の左眼を貫いた。
熱い血が、
雨のように降る。
戦いは、
凄惨だった。
鬼は、
山を殴る。
サムベリーナは、
急所を斬る。
斬って。
斬って。
血と、
叫び。
やがて鬼は倒れ、
首は泥の中を転がった。
血に染まり、
息を荒げながら、
サムベリーナは袋を開いた。
子どもたちは、
泣いていた。
――だが、生きていた。
「……帰ろう」
彼女は、そう言った。
村に戻ると、
沈黙が落ちた。
血に染まった翼を持つ、
小さな少女が帰ってきたのだ。
その日から、
誰も彼女を笑わなくなった。
サムベリーナは、
もはやただの小さな少女ではない。
彼女は、
こう呼ばれるようになる。
妖精戦士
指ほどの翼で、鬼を討った者
そして――
彼女の物語は、
まだ、始まったばかりだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は「小さい=弱い」というイメージへの反抗として書きました。
指先ほどの存在でも、恐怖に立ち向かう意志があれば、運命を変えられる——
そんな想いを込めています。
残酷な場面もありますが、それ以上に
「誰かのために立ち上がる勇気」を描きたかった作品です。
もし少しでも心に残ったなら、
評価・ブックマークをいただけると、続きを書く大きな励みになります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また次の物語でお会いできたら嬉しいです。




