うつろなひかり-二人の日常-
「最強の相棒は、食料は獲れるが報酬は得られない。シリアスな旅の合間に訪れた、不器用なバディのコミカルな一幕。」
-月とうさぎの空腹と-
路銀が、ほんとうに危なかった。
ギルドの掲示板をにらみつけながら、
ルナは自分の腹がきゅう、と鳴るのをごまかした。
(あと一食……あるかな……ないかな……いや、ないな)
そんなとき、軽い文字の依頼書が目に入る。
「見てイヴ! ほら、跳兎の追い払い!
めっちゃ軽いよ! 平和! 稼げる! 最高!」
「……うさぎ?」
「そう、うさぎ。ふわふわのやつ」
「……ふわ」
イヴの声はいつもどおり平坦だったけど、
“ふわ”にだけほんの少し反応した気がした。
ルナはそれだけでちょっと嬉しくなる。
――――
森の入口は、相変わらず静かすぎる。
「うさぎ追い払うだけでしょ? すぐ終わるよね」
「……すぐ」
「ほんと? なんでそんな自信あるの?」
「……うさぎ、はやい。
イヴ、もっと、はやい」
「(なんか自慢した……?)」
ルナは思わず笑ってしまう。
ふたりの影が重なったり離れたり、森の光に揺れる。
草むらには跳兎の足跡が続いていたが、
ある地点で急に乱れて消えていた。
「……あれ?」
違和感に気づいて振り返った瞬間。
空気が、沈んだ。
森の影が ひとつぶ、深く落ちる。
(……来る)
声にするより早く、茂みがはじけた。
――――
本来なら真っ白な毛並みが、
絵の具をこぼしたみたいに黒く濁り、
輪郭が揺れている。
片目は赤く、
そこだけ世界の色がひっくり返ったようだった。
跳兎が地面を蹴る——
しかし音はしない。
空気だけが、ぴん、と張りつめる。
――――
イヴが動いた。
ほとんど影のまま滑るように、
跳兎の進路へ入る。
余計な音がひとつもない。
動作は最小、軌跡は鋭い。
(イヴ左!)
ルナは小さく魔力を走らせ、
跳兎の足元の草を、ただ“軽く”摘まむだけ。
それだけで跳兎の助走が半拍ずれる。
その瞬間。
イヴの掌が、輪郭の“薄い場所”を静かになぞった。
音の代わりに、
空気の張りだけがぱん、と弾ける。
跳兎は崩れ落ち、
影が数拍遅れて地面に沈んだ。
――――
「……すご……」
ルナの胸の奥が、少しだけ震えていた。
さっきまでの軽い気分が、どこか遠くへ行く。
(ほんとに歪み、増えてる……よね)
考えが暗く落ちていきそうなとき、
イヴが袖をちょん、と引いた。
「……ルナ」
「ん? どうしたの……」
「……うさぎ」
イヴの手には、普通のうさぎ が一匹。
ふわふわした毛並みが揺れている。
「……たべよ?」
「食べないの!! 討伐でもないよこれ!!」
「……ん」
イヴは少しだけ考えてから、
うさぎを胸に抱えなおす。
その仕草が、ちょっと可笑しい。
でも——
その影だけが、やっぱりほんの少し“遅れて”揺れていた。
――――
路銀はまだ心許ない。
森の静けさは、いつもより深かった。
それでも二人は肩を並べて歩く。
ふわふわのうさぎと、
ふたりの影を連れて。
連載中の「虚ろな光」の短編になります。
本編はこちら
虚ろな光
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