新月の夜に
三題噺もどき―ろっぴゃくきゅうじゅうなな。
見上げると、そこには暗闇が広がっていた。
星は居るはずだが、雲が覆ってどうにも見えない。
今日は新月を迎えているから、尚の事。
「……」
ジメジメとした湿気に参りそうになりながらも、日課の散歩をしている。
夏仕様の細身のパンツを履いているが、たいして変わらないな……。これならいっそハーフパンツとかを履いた方が涼しげがあっていいかもしれない。
まぁ、あまり肌を出すのは好きではないので外で着ることはないだろうけど。
「……」
同じような理由で、上は黒のノースリーブに黒の長そでのシアーシャツを着ている。これは便利でいい。表面上が覆われているから、むき出しの感覚がないのに、風も通るから夏には丁度いい。歩いていたら暑くなってしまうかもしれないけれど、それはそれ。最悪腕まくりをしてしまえばいいだろう。
「……」
しかし今日はどこに行こうか。
ある程度進んだところで、路頭に迷った。
散歩に行くのは毎日の事だが、毎回同じ場所に行くわけではない。気の向くまま、足の向くままに進んでいく。
公園に行くことが多には多いが、たまには墓場に行くし、全く違う道を歩いたりもする。買い物があれば買い物にも行くし、予定があればそちらに出向く。
「……」
が。
今日はなんとなく。
足が向く方に進もう……とはなれないのだ。
ここまで歩いて来ておいてなんだが、このまま踵を返して帰ろうかと少々思うくらいには、どうにも足が止まる。
「……」
目の前には、暗い道が広がっている。
この辺りは住宅街だから、こういう道はどこにでもある。
街灯のない、細い、路地のような、申し訳程度の狭い道。
「……」
何もなければ、こういう道を歩いていくのだけど。
今日は、どういうことか。
一歩、進んでみるものの。
足が止まる。
「……」
何か変だと思っても、ここまで足が止まることはあまりないつもりなのだけど。
何が、引っかかっているのだろう。
何が私を、こんなに足止めしているのだろう。人除けでもはられているような感覚もなし。何かがいるような気配も――
「――、」
なかったのだけど。
暗闇に同化していたのか、つい先ほどまでいなかったはずの人間が暗闇の奥に立っていた。見覚えのある、何回も見たことがある。
―今日、起きたときにだって見た。
「……」
『…………、』
制服に身を包み、髪を頭の上の方で纏め上げている少女。
どこかぼうっとしているように見えるが、こちらをねめつけるような眼差しは、いつもと変わらない。距離が近い分、いつも以上に鋭く睨まれているようにさえ思う。
「……」
『…………、』
何をしてくるわけでもなく。
変わらず睨み続けてくる。
しかし、その口が小さく動いていることに気づいた。
「……、」
『……そ…き』
何を――
『うそつき』
そう、聞こえた瞬間。
「――っ!!」
太もものあたりに、痛みが走った。
気づけばそこの布が小さく切れているのが目に入った。多少血が滲んでいるのが見て取れる。傷そのものは治っているが……。
「……、」
少女の姿はそこにはすでにない。
新月の夜は、隠れるには、同化するには、丁度いいのだろう。
警戒をしていなかったわけではないが、油断してしまったようだ。
しかし、うそつきとは……思い当たることがない。
「……、」
帰ったらどう言い訳をしよう。
「…………」
「おかえりなさい、何をそんなにコソコソしているんですか」
「……、なんでもない。ただいま」
「……また何か汚したんですか」
「……なんでもない」
お題:同化・うそつき・太もも