第9話 過去―別れとはじまり④
低く、重く、鐘が鳴り響いている。
しんと静まりかえっていた世界にざわめく人の気配が混ざる。賑やかな音が窓の外から聞こえてきた。
街の動き出す時間がやってきたのだ。
呼び込みをする声。
行きかう人々の挨拶。
ガラガラと引かれる荷台の音。
時折子どもを呼ぶ声や鳥の泣き声も混ざる。
窓の外から聞こえてくる穏やかな日常の音から身を隠すようにルプスは毛布を深く被りなおした。
ふわり、とグレーの毛が全て毛布の中に隠れていく。
もしこの様子を見ている者がいれば、その姿から饅頭を思い浮かべただろう。だが、この部屋には毛布に包まり外界との関りを遮断しようとする男以外、誰もいない。
しんと静まり返った部屋に時折身動ぎをする音が落ちる。
棚に飾られた何を模しているのかわからない人形も、床に置かれたままの荷物も、あの日から何もかわらない。
それなのに、全てが色あせているように見えてしまう。
ダンジョンの溢れがあった日。
あの日から足に残り続けた違和感は日を追うごとに強くなっていった。念のために、と改めてエクレピアにも診てもらったが彼にも原因はわからないと言う。
ただ歩くだけならば何も問題はない。走ることも跳躍も日常の中で使うだけなら問題ない。
武器を振るうために足を踏みしめるだけなら気にならない。
しかし、魔獣からの攻撃を避けるために地面を蹴ると力が見当違いの方向へと抜けていく。
跳躍もこれまでの八割程度の高さまでしか飛べない。
最初はすぐに元通りになると思っていた。
怪我は治っているのだから問題ない、と楽観視していた。
けれど、流石におかしい、と言い出したのはエクレピアだ。
治癒の魔法もかけている。それなのにこんなに後に引くのはおかしい。
魔法を得意とするエルフだからこそ、ルプスが受けたものがただの怪我ではないことに彼だけが気がついた。
そこから話は早くエクレピアの伝手を辿って腕利きの治癒師に見てもらえることになった。
エクレピア以外に診られるのを嫌がったルプスだったが、彼以外の仲間は治癒師に見てもらうことに賛成した。
何故そんなに嫌がるのか、と不思議がる仲間達に、渋々と話始めたのはルプスの家族について。
田舎の家族が多い家だったこと。五人兄弟の真ん中で怪我をしても放っておかれることも多く、成人し冒険者になるために出奔するまで常に兄弟と分け合うようにして生きていたこと。
その為『自分の為』に高額となる治癒師の治療を受けること自体が贅沢だ、と気後れしてしまうのだ。
その感覚は冒険者になってからも続いていた。特にエクレピアとパーティーを組んでからは彼に治癒してもらえるだけで充分で、それ以上を求めるのは気後れしてしまうのだ。それに、他の人に診てもらうのはまるでエクレピアの能力を信頼していないようようだと考えてしまい余計に治癒師に見てもらうことを避けていたのだ。
「流石に本職には敵わないのだから、ちゃんと診てもらえ」
だが、そんなルプスの気後れする気持ちをざっくばらんに切り捨て予定を決めたのは当のエクレピア本人だった。
引き摺られるようにして治癒師のもとに連れていかれたのは今日の昼過ぎだった。
どうせ何ともない、と楽観的になる気持ちと、万が一後に響く怪我だったらどうしよう、という不安に心が揺れ動いていた。明るい日差しの中を、逃げないように周りを仲間に囲まれ向かう最中もぐらぐらと揺れる思考に逃げ出したくなったことだけ覚えている。
悪い不安が、的中した。
診てもらった結果、この違和感はこれからも先ついてまわるものだ、と聞かされたのだ。
石の破片が切り裂いた位置が悪かった。更に悪いことに傷口から入り込んだ石の欠片が体内に残り続けていたのだ。
ほんの小さな欠片だ。これがごくごく普通のその辺りにある石であれば問題なかった。入り込んだことに気が付かないほど小さな小さな欠片だ。だがそれは上位種の攻撃の余波によって変質を起こしていた欠片だった。
そもそもただの石の欠片であれば肉体的に優れている獣人の体を切り裂くことなんて出来ないのだ。
ルプスの足を切り裂いた時点で変質を起こしていることに気がつくべきだった。
上位種の魔力を受け、まるでナイフのように変質し、上位種が砕いた石はルプスの足を切り裂いた。そして、石に残った上位種の魔力は治癒を施してなお残る後遺症をルプスに与えたのだ。例えすぐに治癒していたとしても恐らく結果は変わらなかっただろう。その言葉は、誰にとっての慰めだったのだろうか。
通常ではありえない出来事が重なった。
石の帯びた魔力はルプスの体に毒のようにじわじわと体を害する効果を与えたのだ。毒のようで、毒ではないから解毒は効かない。エクレピアのように高魔力保持者であれば自身の持つ魔力で害になる魔力を濯ぐことも出来ただろう。高魔力保持者で無かったとしても魔力の扱いに長けたものであれば自分の体の中にある自分以外の魔力の存在に気がつくことが出来たかもしれない。
しかし、ルプスの持つ魔力はせいぜい肉体を強化できる程度。
これまで培ってきたものが、ガラリ、ガラリと音を立てて崩れていく音が聞こえてくる。
これまで通りに動けなくとも変化は少ない。
他から見れば気が付かないもののほうが多い。
つまり、今でも充分冒険者として活躍できる。
そんな治癒師からかけられた慰めの言葉も耳を通り過ぎていく。他人からわからなくとも、足が思うように動かないということは誰よりもルプス自身が違和感を抱えているのだ。この間のような事態が起きた時、その違和感は大きな障害となりかねない。そして、これまで通りに高ランクとしての依頼を受けた時にその障害は周りに迷惑をかけかねない。
だからこれから先冒険者として続けるにしても、もう仲間たちと共にいることはできない。彼らのパーティーは全員がAランクだった。緊急事態があれば必ず受けなければならないのだ。それが高ランク者の務めだ。そんなときに足を引っ張ることはできない。
そしてルプスは彼ら以外とパーティーを組むつもりも、ソロで続けるつもりもなかった。
ルプスの強みは身軽な動きだ。決定力にかける力も、身軽さで敵を翻弄し倒していく。その戦い方は周りから置いていかれないようにと試行錯誤の上に編み出したものだった。双剣を使うことも、身軽な動きで敵を翻弄するのも、道具を使うやり方も、自分の足りない力を補うために身につけた方法だ。
それが、全てとまではいかなくとも無になった。
そんな状態で、どうして共にいれようか。
あの時、もっと早く癒しをもらえれば。
いや、治療薬をもっと持っていれば。
もっと早めに助けが来ていたら。
そんな風に考えてしまう自分に嫌気がする。
誰かを恨みたいわけではない。皆あの状況下でそれぞれができることをしたのだ。
治癒師の診断を聞いてから、どんな顔をして帰ってきたのか覚えていない。ただ、仲間たちが悲壮な表情を浮かべていたのはうっすらと記憶の片隅にあった。
なんでもない、と笑うことができればよかっただろうか。
いや、そんな余裕はなかった。
一人になった部屋の中でもぐるりぐるりと頭の中で告げられた言葉がずっと回っていた。
これまでのこと、これから先のこと。
自分はどうすればいいのか。
故郷にいた時から冒険者になることしか考えていなかった。幼い頃から故郷の集落の中でも力が強く、肉体強化の魔法を誰よりも上手く使うことができた。冒険者になったことに後悔はない。あのまま故郷にいても外の世界に憧れて腐っていただろう。
だが、だからこそ、ルプスは冒険者以外の生き方がわからなかった。
布団にくるまっていても朝はやってくるし、このまま部屋にこもっていても仲間たちが気にしてやってくる。
実際、遠くから近づいてくる足音が聞こえてくる。毛布の塊がぴくり、と動いた。同時に気を遣うような、小さなノック音。ルプスの名前を呼ぶ声。そろり、と毛布の塊から出たルプスの髪はぐしゃりぐしゃりと絡まり合い、前髪が顔を覆っていた。前髪の隙間から、普段は澱んだ赤い瞳が覗いていた。普段は一つにまとめている後ろ髪もそのまま背中に流れている。そちらも絡まり合い、悲惨なことになっている。
「大丈夫か?」
扉に邪魔をされ少しだけくぐもって聞こえる声。無理やりドアを開けようとしない相手の優しさに、少しだけ安心して小さく息を吐き出す。もし今顔を合わせてしまえば、心中にあるドロリとした感情が全て刃となって相手に襲いかかってしまうところだった。
「大丈夫。でも、少しだけ一人にして欲しい」
顔は見せない。治癒師の話は全員で聞いた。だから、ルプスの体の状態を皆知っている。これから先、冒険者を続けるとしても共にいられない可能性も、もしかしたら理解しているかもしれない。
それを言葉にしないのは、優しさだろうか。
遠ざかっていく気配に、息を吐きだした。腫れ物を扱うような対応は苦手だった。それが自分の態度のせいだと自覚している。だが、今は周りへ気を使う余裕もなかった。
「どうして……」
毛布を握る手は力を入れすぎて白くなっている。俯いた顔に髪が覆い被さり表情を窺い知ることはできない。
噛みしめた唇の端から零れ落ちる言葉は震えていた。
その日から、仲間たちはルプスをのぞいて依頼を受けるようになった。
それは、ルプスがそうするように頼んだからだ。
自分が落ち着くまで、皆はこれまで通りすごしてほしい、と。
依頼を受けないままでは彼らの冒険者資格に影響が出てしまう。ルプス自身は冒険者ギルドが状況を把握しているから直ぐにどうこう言われることはないが、仲間は違うのだ。
最初は納得のいかないと言っていた仲間たちもルプスの態度が変わらないことを見て諦めて受け入れた。彼らもルプスの頑固さをよく知っていたし、今のルプスの精神状況では戦闘に集中できないことも付き合いの長さから理解していた。
それでも諦めきれずに声をかけていたのは、ルプスを一人にしないためだった。
だから彼らはひとつだけ約束を交わした。
その結果、依頼は受けなくとも部屋からは出るようになった。
「一日に一回は必ず部屋から出ること。面倒だったら宿の食事処でいい。でも部屋に篭りきりになるのはやめろ」
その日も毛布に包まり部屋に閉じこもっていたルプスに声をかけたのはカリュスだった。同じパーティー仲間の中でもカリュスと会話をしたことは少ない。単にルプスはエクレピアといることが多く、カリュスはソウムと動くことが多かっただけだが、こうして踏み込んだ発言をする人物ではないことは知っていた。
毛布を被ろうとした手を止めて話の先を促す。止められなかったことで、このまま話を続けていいと判断したのだろう。
「お前のことを気にしている奴らがいるんだよ。そいつらを安心させるために顔を出してやってくれねぇ?」
何故見知らぬ冒険者がルプスを気にするのか。
その理由までは教えてくれなかった。
だが心配されているのならせめて顔だけは見せておこう、と宿の食事処や冒険者ギルドの酒場には顔を出す習慣を増やした。
誰かに話しかけられるわけではない。同じ場所に自分を心配したという相手がいるのかもわからない。
それでも、見知らぬ相手に気に掛けられていた、という事実そのものが、落ち込んでいたルプスの気持ちを引き上げた。
ぼんやりと食事をとりながら依頼を見ている冒険者たちを眺める。
今日も仲間たちは依頼を受けて出ていった。出かける前に必ずルプスの部屋を覗いていく癖がついた彼らはついでにその日のルプスの予定も確認していく。ルプスの前では見せないようにしているようだったが、少しずつ前のように外に出るようになったことに安心しているように見えた。
最近ではこうして酒場に顔を出せるくらいには落ち着いてきている。
案外図太いのだな、とルプスは自分の評価をしていた。繊細、とまではいかなくとももっと思い悩むと思っていたのだ。
これから先どうするか全く考えられないことには変わりがない。
あぁ、久しぶりに依頼を受けてみようか。
ふと浮かんだ提案に、少しだけ気持ちが浮き上がる。意外となんとかなるかもしれない。今の自分の実力を確認する間もなく嘆き閉じ篭もったのだ。その前にできることはあったはずなのに。
久しぶりに高揚した気持ちを抱え、それでも、無茶だけはしないように、と街の近くに現れる魔獣の対峙依頼を受けることにしたのだ。
それは耳が長く脚力の強い小型の魔獣だ。
その肉は食用としても利用されている。死体となれば魔力はどんどん抜けていく。上位種ほどの魔力を持った魔獣は死体になっても尚残り続ける魔力の影響が人体に及ぶため食用に適さないが、今回の目的とする魔獣であれば調理する頃には殆どの魔力が抜け旨みだけが残る。
街中でも串焼きとして売られることが多い一般的な魔獣肉だった。
調理人たちは自身で狩ることが出来ないため冒険者に依頼を出すのだ。そして冒険者たちも自分で調理するよりも出来る人に任せた方が美味しいものが出来上がることを知っている。
この街の冒険者ギルドでは常設となっている依頼だった。
ある程度慣れた冒険者であれば楽に狩れる魔獣である。それを狩り依頼を達成すれば報酬も貰うことが出来、自分の腹も満たされるのだ。
他の依頼のついでに狩りに行く冒険者もいる。当然、屋台で売られている魔獣肉を買うのは冒険者だけではない。この街の住人、外からやってきた旅人も食べる。相応の量が日々消費されているのだ。冒険者がどれだけ狩って持ってきても余ることはなかった。
ルプス自身、魔獣肉の串焼きは手軽に食べることが出来るため買うことが多い。だからこそ、久しぶりに受ける依頼ならば後で美味しく食べられるものが良いと選んだのだった。
久しぶりの戦闘は、大きな問題はなかった。やはり違和感は拭えずとっさの動きが半歩ほど遅くなることが判明したのは良かったのか悪かったのか。それでも、街の周りにいるような低ランクの冒険者でも倒せるような魔獣に後れを取ることはなかった。
そのことにひとまず安心する。
武器を腰に差しながらひとまず依頼分を倒し終わったことを確認し周りを見渡した瞬間、それに気が付いた。
魔獣の前にいる若い冒険者。見たところまだ少年といっていい年齢だ。完全に腰が引けていてどうにか武器を魔獣に対して向けている。しかし、それだけだ。何故そんな状態で街の外に出ているのか。その上、その冒険者は一人だった。
魔獣が動く直前、咄嗟に体が動いた。
投げたナイフは違うことなく魔獣の双眸の真ん中を貫く。街の周りにいるような比較的弱い部類の魔獣だ。一体だけなら問題なかった。けれど、相手が悪い。魔獣との戦いに慣れていない冒険者が群れで行動する狼型の魔獣に一人で立ち向かうのはあまりに無謀すぎる。
どれだけ弱い魔獣でも戦い方を知らなければ危険だと学ぶ前に街の外に出たのか。
「今のうちに逃げろ!」
下手すれば魔獣と対峙するのもはじめてなのかもしれない。そう思わせるほど、動きがおぼつかなかった。叫んだルプスの声にようやく動き出すが、その動きは鈍い。こんな場合でなければ少年の肩をつかみ冒険者の心得なんかを語っていたかもしれない。
今の状況も悪かった。
先日の溢れの影響でまだこの辺りに漂う魔力が乱れたままだった。魔力の乱れは魔獣の動きにも影響を及ぼし普段よりも警戒をする必要がある。冒険者ギルドから常よりも警戒を促す注意はされている。だが、溢れ自体が滅多に起きるものではない。そのせいで経験の浅い冒険者が影響を軽く見ていたのだろう。
そして、ルプス自身も焦っていた。
狼型の魔獣は、その命を散らす前に辺りに響き渡るよう大きく吠えた。
びりびりと空気を震わすその咆哮は空気に溶けるように遠くまで広がっていく。あたりに増えていく気配に嫌な予感をひしひしと感じていた。狼型の魔獣と対峙する場合、最後まで気を付けなければならない。
死に瀕した時にそれらは仲間を呼び寄せるのだ。
普段ならしないような失態に自分自身に失望する。
「な、何が起きて……っ」
「くそっ、もう逃げられないぞ。立て! 武器を構えろ! くるぞ!」
細かく説明をしている暇などない。街まで逃げてしまえばこれから来る群れまでついてきてしまう。ここで対処しなければならないのだ。舌打ちをこらえて武器を構えるルプスを見て少年も武器を構える。その構えは拙い。それでも戦わなければ死ぬだけだった。
どれだけ敵が多くともルプスが本調子であればもう少し楽だったろう。もしくは少年がもう少し戦うことが出来ればルプスの負担はもっと軽いものになっていた。
しかし、この場にいるのは戦闘時の感覚が変わったことに焦りを感じているルプスと戦うことに不慣れな少年だけで、相手はこの間の溢れの時とは比べ物にならないほど弱くとも連携を得意とする魔獣だった。
(この間からついてないなぁ、本当に)
それでも魔法鞄には薬は補充してある。投げナイフも来る前に補充した。罠や道具に関しては作る気力がなかった為市販の物だが最低限は持ってきている。
それだけでだいぶ溢れの時よりも楽だった。
ナイフを投げて数を減らし少年の負担を減らす。どうにか武器を振るい魔獣と相対している少年だがそもそも扱いに慣れていないせいで武器に振り回されているようにしか見えない。
冒険者の行動は自己責任だとはいえ流石に見ていられなかった。なるべく少年の方へと向かう魔獣を減らしながら自身に向かってくる魔獣に対して武器を振るう。正直なところルプスは周りを見ながら動くタイプではない。苦手と言ってもいいだろう。パーティーで動くときも先鋒としてまず魔獣に突っ込むため慣れないことをしている自覚があった。
「危ないっ」
聞こえてきたのは少年の声だった。
咄嗟に地面を蹴った足は少し遅く腕を魔獣の牙が掠めていく。溢れる血に舌打ちを打つ。治癒薬があれば治る程度の傷。けれど『これまで通り』に動くことが出来れば負わなかった傷だ。たったそれだけのことが、苦痛だった。
動揺を隠し、最後の一匹だった魔獣を殺す。狼型の魔獣は他の魔獣に比べて匂いに敏感だ。さっさと倒さなければ更に数を増やす可能性があった。
幸い残りは少なかったため、治療を後回しにして倒しきることを優先した。
辺りを見渡し残った魔獣の気配がないことにひとまず息をついた。それから少年の様子を見る。細かい傷はあれど、大きな傷は無いようだった。だが肩を落とし地面を見つめている様子が気にかかった。
「どうしてこんなところに一人でいたんだ。俺がいなければ死んでたぞ」
実力以上に知識が不足している。弱い魔獣ばかりがいる平原とはいえ戦うことに不慣れな状態で来ていい場所ではない。
間違いなくルプスが通りかからなければ誰にも気が付かれないまま魔獣に嬲られ死んでしまうところだった。実際、そうした子どもは多いのだ。特に冒険者になりたての子どもに多い。
武器を初めて持ち、その万能感に酔いしれる。
止める大人が傍にいればいいが反発して街の外にでてしまうこともある。
だが冒険者登録したばかりの子どもを使いつぶすことを考える大人もいることも事実だった。そうして死んでしまった子どもの遺体も、死ぬことはなくとも傷の残った子どもの姿もルプスは見たことがあった。
さて、この少年はどういった事情で魔獣と対峙していたのだろうか。
「一人でできるって、示したかったんだ」
ぽつり、ぽつり、と話し始めた少年曰く一人で街から出てきたのは仲間を見返すためだったのだという。
友人たちよりも小さな体格でどうしたって頼りなく見られてしまう。
「お前にはできない」と言われ守られることも多く、それならば一人で魔獣を狩ってくれば認めてくれるのではないかと考えた。
だが、結局ルプスを巻き込み怪我をさせてしまったことに落ち込んでいるようだった。
少年の気持ちはルプスにも身に覚えのあるものだった。
だからこそ少年は基礎を習う必要がある。
幸い冒険者ギルドでは希望者へ向けて武器の扱いを学ぶ講習があった。窓口で希望すればいつだって受けることができる。
そんな話をしながら街へと戻れば門に少年と同年代の子どもたち。そして、冒険者ギルドでよく見かける冒険者の姿が見えた。
「馬鹿っ」
少年に抱き着きその体に怪我がないか確認しているのはおそらく話に出た友人たちなのだろう。
口では何かといいながらも、どうやら友人仲は問題ないようだった。
共にいた冒険者は少年の兄弟のようだった。一人で出ていった少年を知り追いかけようとしたところ、やはり追いかけようとしていた子どもたちを見つけてどうしようか迷っていたらしい。放っておけば勝手に街から出て二次被害となりかねないと迷っていたようだ。
その行動は正しい。
冒険者へ後のことをまかせ、そして、少年やその友人たちには冒険者ギルドの講習を受けるように言付けをして宿へと向かった。
助けられてよかった。
その気持ちと同じくらい、前のように動けないことが心の澱みとなって沈んでいた。
目をつぶると真っ赤に染まる少年の姿が浮かぶ。
それはルプスが間に合わなければ有り得た情景だった。
本当に、間に合ってよかった。
だが、今日のことで余計に仲間たちとは共にいられないことを実感してしまった。
「もう、このままではいられない、なぁ……」
顔を覆う手の間から雫が洩れていく。
大切な仲間たちだ。
冒険者になりすぐに出会ったエクレピア。気が付けば共にいるようになったソウムやカリュス。
皆で共に戦い、笑いあい、悔しさに泣いた夜もあった。
冒険者ランクが上がるたびに祝い、難しい依頼に直面すれば互いに支えあった。
いつかは道が分かれるかもしれない。それは常に頭の片隅にああったけれど、こんな状態で別れることになるとは全く考えていなかった。
自分たちが補えばいいと彼らは言うだろう。
これまでと何も変わらないと笑うだろう。
だが誰よりもルプス自身が足を引っ張ると自覚してしまったのだ。
万が一、ルプスを庇うために仲間が大けがをしてしまったら……。
創造するだけでも悔しくて仕方がないのだ。
彼らの荷物にはなりたくなかった。
それでも、決別を告げる言葉はまだ伝えられそうになかった。
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