第四話 顔なじみの襲来
本日、二話同時更新しています。
ざわめく冒険者ギルドに、騒がしい冒険者たち。
まだ朝の三つ目の鐘が鳴ったころだというのに、やれ酒が足りないだ、やれ自分の報酬が少ないだ等の不満の声もあれば、ランクがあがったことや、無事に依頼を達成できたことを喜ぶ声も聞こえてくる。
いつもと変わらない、見慣れた光景。
あちらこちらで喧嘩になりそうなやり取りをする血気盛んな冒険者たちを見守りながら、ルプスはぼんやりと机に肘をついていた。ふんわりと柔らかな尻尾は力なく床に落ちたままだ。
特に面白いこともなく、やりたいこともない。ここにくれば何かあるか、なんて期待したけれども、特に変りもなく。
小さくあげた唸り声は、横を通り抜けようとした同僚の意識を引いたようだった。
「あれ、今日休みでは?」
「依頼を受けに来たとは思わないの」
「それを言うならもう少し説得力のある装備をしてちょうだい」
休みの日にわざわざ職場にくるなんて奇特な。度し難い。
あきれたといった感情を隠すことなく浮かべた同僚に、思わず反論が口をついた。が、それすらも一蹴されてしまう。
もう少し冒険者らしい装備をしてくればよかったのだろうか。
自衛のための双剣は腰に下げているけれど、服装自体は仕事の時とあまり変わらない。最も、仕事の時も魔獣の討伐に出る時もある為ある程度は戦える服装をしている。それでも、依頼を受けるには軽装すぎる自覚はあった。これで依頼を受けられるとするならば下位ランクの薬草や、せいぜい町の周りに多くいる殺傷能力の低い魔獣の討伐程度だろう。
元々依頼を受けるつもりもなく街から出るつもりもなかったから、そこまで頭が回っていなかった。
「やることなかったからさぁ」
「それで職場に? 他に楽しい場所あるでしょうに」
呆れたように言う彼女に笑ってごまかしてみせて手を振る。いつまでも休日の相手を構ってもいられない、と自分の仕事に戻っていく同僚を見送り再び椅子に深く座った。
ギシリ、と椅子が鳴る。
長年ギルドに置かれた古びた椅子は、軋みをあげながらも壊れる様子はない。そもそも荒くれ者が多い場所に簡単に壊れるようなものが置かれるわけもなかった。
せめて目に入る部分はかわいい小物を置きたい、と私物の小物を持ち込んだ新人職員も過去にはいた。だが、三日もしないうちに冒険者同士の喧嘩の余波を受けて壊れてしまうのだ。
そもそも、本来なら職場に私物を持ち込むことは許可されていない。どれだけ文句をつけようとも勝手に持ち込んだ以上、弁償を言い出すこともできず泣き寝入りするしかなかった。
お洒落な家具や小物などが冒険者ギルドに置かれていないのは、そうした理由がある。
しかし、ギルド内で喧嘩をすることは止めたい。壊れて困るものはおいていないとはいえ、室内で暴れられたら周りにかかる迷惑が大きいのだ。止める職員の労力も決して馬鹿にできない。
いっそ喧嘩をした冒険者には罰として体力を使う依頼を集中的にこなしてもらうという強硬手段も案として挙がったこともある。しかし、安全面を考えるとそれは危険であると却下され、改善が見られないまま今に至るのだ。
ルプス自身、怪我をする前の血気盛だった頃は売られた喧嘩は全て買い上げ、後先考えずに暴れていた為に若いころの自分を見ているようで強く言うこともできない。他の職員も似たようなところがあるのだろう。
結局、喧嘩を止める手段もなく、家具を頑丈なものにしようとすればどこも似たような内装になってしまうのだ。
これもまた頑丈な机に肘をつきながら、今日の休みをどう使うかを考えることにした。
何も呆れられたことを気にしたわけではない。だが、確かにせっかくの休みだというのに職場で暇を潰していても無意味だと感じるのも確かなのだ。
家族があれば、家族のために何かすることもあるだろう。
恋人がいればともに出かけることもあるかもしれない。
けれど、ルプスにとってどちらも縁が遠いものだ。家族とも成人し故郷を出てから一度も連絡を取っていない。家族が嫌いだったわけではないけれど、一度家を出た後はそういうものだと考えていた。
趣味らしい趣味もなく、こちらに移ってきてから特に親しくしている友人もいない。
とはいえ、別に休みの日にすることが何もないわけではない。普段なら買い物や家の片づけをしたり、自分で使う薬草を取りに行ったりすることもある。
ただ、今日は何もやる気が起きなかったのだ。
家でただだらだらするのもつまらなく、足が自然と職場へと向かっていた。何か気分転換になるような依頼でもあれば受けるのもありだったが、めぼしい依頼はすでになく、結局こうして冒険者ギルドでだらだらとしていたのが現状だった。
扉が開く音に視線を向けたのは、職業柄、と言っていいだろう。
そこに予想外の人物の姿を見て、絶句したのも、ある意味では予定調和だったのかもしれない。
「エクレ……?」
それは、二度と会わないだろうと思っていた、かつての仲間の姿だった。
■ ■ ■
その少し前。
街の入口に、一人の冒険者が到着した。
外から来たにしては身綺麗で、荷物が少ない。魔法杖を持っていることから魔法師であることは確かだろう。行きかう人々の視線を受けながら、その者は街の入口で立ち止まる。
「ここに、彼がいるのか」
髪の間からとがった耳がのぞいている。それはエルフの特徴だ。しかし、色素が薄い髪色が多いエルフにしては珍しい紺色の髪を持ち、その髪を高い位置で結い上げ、いくつもの魔石がついた髪飾りで飾り付けている姿は非常に目立っていた。
街の入口にある魔道具に冒険者証をかざす。
その魔道具は真贋判定の魔道具であり、どの街の入口にも置かれている。ふわり、と柔らかい光を灯せばその身分証が正しいものであるという証拠だ。もしこれが偽物であればあたりに警告音が響き渡ることになる。
特に問題もなく魔道具を光らせたことを確認し、街中へと足を踏み入れた。
彼が普段過ごす王都とは種類の違う活気がある。
王都が整然とした活気だとしたら、こちらは雑然とした活気だ。あちらこちらから聞こえてくる呼び込みの声も、王都では聞くことがない。
けれど、こうした雰囲気は嫌いではなかった。
目的の場所を探して、視線を巡らせる。こうした街の中で建物の配置は大きく変わらない。およその目安をつけて、歩き出した。
周りの人々も我に返ったように動き出す。
男の目的は冒険者ギルド。そして、そこにいる人に会いにきたのだ。
使い込まれた扉を開けば、幾人かの視線が集まる。その中に、目当ての人がいた。
「エクレ……?」
古びた木の机に肘をついている懐かしい顔。最後に見た時から変わらない姿に、思わず頬が緩んでしまう。
しかし、立ち上がった彼の動きに違和感があった。共に魔獣と戦っていた時に比べてぎこちない。その理由に気が付いて眉を寄せた。
その怪我を、覚えている。
深い後悔と嘆きを、覚えている。
あの時もっと早く彼のもとへ辿り着いていたら。そして、素早く治療ができれば彼は今も自分たちと共に冒険者として活動していたのではないか、なんて。
そんな夢を見てしまうのだ。
エクレと呼ばれた青年にとって、ルプスの存在は特別だった。
故郷を追い出されるように出てきた先で初めて出会った他種族。最初の印象は可もなく不可もなく。互いに成人したばかりで、故郷以外の世界のことなど知らないことばかりだった。
ぶつかることも多く、喧嘩だってたくさんした。
他の仲間も増えて、気が付けば誰よりもそばにいて安心する相手になっていた。
だからこそ、あの時助けられなかったことを今でも後悔し続けているのだ。
胸の内に湧き上がる後悔と、久しぶりに顔を合わせたことに対する喜びと、これから先に対する期待。
ぐるりぐるりと胸の内をめぐる感情を悟らせないよう笑みを浮かべる。
柔らかい笑みは誰にも自分の気持ちを読めないようにする為の盾だ。
誰にも踏み込ませたりしない大切な場所を守るための、盾。
「やぁ、ルプス。久しぶりだね」
胸の中に湧き上がる感情を抑えて、ゆっくりと手を振った。
丸く見開かれた目に宿る感情は、一体どんなものだろうか。特別だった。大切だった。
いや、今でも大切に想う気持ちは変わらない。
今度こそ守りたいと願った。だから、ここに来たのだから。
■ ■ ■
ひらり、と手を振る男の姿を、ルプスはよく知っていた。
王都を主体に動くAランク冒険者パーティー。そのパーティーで主に癒し手を務めていたエルフの青年でエクレピアという。
彼が所属しているパーティーが、かつてルプスのいた場所だった。
ルプスが抜けたあとは人員募集をしていないらしい。それを聞いた時、嬉しさと申し訳なさを感じた。そのうち見知らぬ人が増えるだろう。元々、ルプスを含めて四人で作ったパーティーだった。最初からうまくやれていたわけではない。少しずつ互いに分かり合って、十年、彼らと共に動いていたのだ。勝手に離れた自分だけれど、これから訪れるいつかの未来に、そこに他の人が入ると寂しい気持ちを抱くだろう。
その中で、エクレピアはエルフという種族にふさわしく保有魔力が多く、癒し以外にも広域殲滅が必要な時などは誰よりも嬉々として前線に躍り出ていた。また、魔法だけではなく近接もほどほどにできるという、大体のことは何でもできる男だ。
多くの魔法の中でも得意とするのが癒しに関するもので、好き勝手に動いては怪我をするルプスはよく叱られていたのだ。
最後に会ったのは、ここに来る前。
怪我の後遺症が残ったことを本人以上に気にしていた。もっと早く治療ができていたら、魔獣の殲滅がもっとはやければ、もっと周りを見ていたら。
ぼろぼろと泣きながら言われた言葉に、当時は何も言うことができなかった。
だって、自分がもっと強ければよかったのだ。
もっと周りを見て動ければ怪我をすることもなかった。もっと力があれば魔獣に囲まれようともどうとでもなった。もっと体力があれば隙を見せることだってなかった。
足手まといになんて、なりたくなかった。
仲間たちを泣かせたくなかった。
だから、距離をとった。情けない自分を見られたくなかった。自分のことで後悔する仲間を見たくなかった。
あれから五年がたった。この五年間、一度も会うことなくきたのだ。まさか、今になって会いに来るなんて思ってもいなかった。
忘れられていない、とどこかで安心する自分自身に嫌気がさす。
「で、本当に何でここにいるんだよ。他のやつらも一緒なのか?」
「いいや。ここに来たのは私だけだ。皆はそのまま王都にいるはずだよ」
それなら、余計に一人でこんな場所まで来ているのか。
ここは国の中でも辺境にあたる。どれだけ足の速い騎獣に乗ったとしても最低でも二週間。
国の中でも端に位置するが故に、魔獣だけではなく他国からの干渉も当然ながらあるのだ。とはいえ、冒険者ギルドが関わるようなことは滅多に起きない。稀に他国から移ってくる冒険者がいるくらいだろうか。
幸いルプスが生まれてから大きな戦争もなく平和だ。
しかし、先日の『茶葉』の件といい、何かしらのちょっかいは常に出されている。
あの後、調べて分かったのは北国―セリオネスは魔力がたまりやすい土地らしく、人が住むには随分と厳しいらしい。それ故に、ルプスたちが住む国の土地に目を付け、足掛かりとして『茶葉』を広めてから混乱しているうちに国そのものを手に入れようとしていたらしい。
ルプスからすれば、それは単に周りから見たらよく見える、というだけではないか、と思うのだが。
セリオネスでは通常の作物は育つことができず、育つのは魔草ばかり、という状況らしい。普通の作物は輸入に頼っていたらしいが、流通の格差が生まれてしまい、国民の不満がたまり、その不満の先として他国を利用しようとしたのではないか、という予測だった。
魔草があまり育たない国としてはうらやましい話だった。
魔草が増えればその分で回復薬を多く作ることができる。そうすればこれまで治すことが出来なかった怪我も治せるようになるかもしれない。
実際にはセリオネスから魔草が入ってくるどころか、関係性が悪くなってしまったのだが。これから先、一体どうなるのかわからない状況が続いているのだ。
そんな場所へわざわざ一人で来たのか。道中の魔獣にやられないだけの実力はあることは確かだ。だが、依頼でもなくそれだけの時間をかけてくる理由がわからなかった。
彼らのパーティーは元々依頼があればどこにでも行く気軽さがあった。そして、それぞれがやりたいことがあればそれを優先しても許されるゆるさも。だからこそ、エクレピアがここに来ることも許されているのだろう。
それにしても、とルプスは目の前に座る男の様子をまじまじと眺めた。
相変わらず整った見た目と落ち着いた所作は、冒険者らしい粗雑さが一切ない。
貴族だ、と言われても納得してしまう。最もそれを伝えて嫌がられたことがある為、それ以降は言わないようにしていた。わざわざ嫌がることを言う必要もない。
「こっちで何か気になる依頼があったのか?」
「いいや。休暇のようなものさ。こちらのダンジョンには来たことがなかったからね。ついでにお前の顔でも見られたらって思っていたからすぐに見つけられてよかったよ」
まるで五年間の断絶などなかったかのように、変わらぬ会話。
あの頃と変わらないにこやかな笑みを胡散臭く感じてしまう。それに、いくら近接でも戦えるとはいえ、後衛職が前衛をつけずにダンジョンに入ろうとするなんて馬鹿のすることだ。
例え一人で入っても問題ないだろう力量があろうとも、だ。
「ん?前衛はお前がいるだろう?」
「なんで急に来ておいて俺を頭数に入れんだよ」
「久しぶりに会ったんだからそう邪険にしないでくれ。で、次の休みはいつ?」
指摘をすればすぐによこされた返答に、呆れてため息をついてしまう。けれど、こんな会話すらも懐かしい。
当時も、似たような会話をしていた。まるで一緒にいることが当たり前のように。仲間たちと過ごした日々が、昨日のことのように思い出させられる。
離れるためにここまで来たのに。
離れられたと思っていたのに。
「ルプスさんと同じパーティーだったんですか!」
ぼんやりと考え事をしている間に、素っ頓狂な声を上げる冒険者たち。
特に辺境で生まれ育った者たちにとって、王都から来た冒険者は珍しく、こちらに意識を向けていたことには気が付いていたのに。
「ルプスさん、今日お休みですよね?」
善意なのだろう。けれど、その善意が今は神経に触る。
若い冒険者たちにとって仲間と会いたくない、と考えることなんてないのだろう。彼らはルプスの過去のことなど何も知らない。
冒険者から職員になったことを知っていても、他にもそういった職員はいるために特に気にしていないのだろう。ルプス自身、できれば触れてほしくなかったから詳しく説明したりしなかった。だから、ここで苛立つのは理不尽である。
そう理解していても、出来れば、再会したくなかった。
会えばどうしたって、過去を思い出してしまうから。
「休みなのか。それなら今からどうだ?」
どうせこちらの考えていることなんて見通しているのだろう。にやりと笑う姿が過去の仲間たちと騒いでいたころを思い出させる。
懐かしい、なんて、それを捨てようとした自分には感じる資格なんてないというのに。
近くにあるのは、二年前に魔獣が不可解な動きをする原因となったと見られているダンジョンだ。周囲の魔力濃度が高くなったことで要監視扱いとなり、定期的に職員も中に入ることが義務付けられている。
また、定期的に冒険者へ依頼を出して間引いているが、どうやらその頃からダンジョン内における魔獣の分布がかわっているようだった。
二年たってもまだ細部まで調べ切れていないのだ。しっかりと調べるには人手不足が深刻なのだ。何せ、辺境とはいえ高ランク冒険者の数は絶対的に少なく、常駐している冒険者はほとんどがCランクだ。頻繁に来る冒険者ならBランクもいるが、拠点が違う相手では中々長期の依頼を受けてもらうことができない。
エクレピアもどれだけこちらにいるかわからないが、頼めば調査が終わるまでいてくれるかもしれない。ただでさえダンジョンの中は何が起きてもおかしくないというのに、分布が変わった調査の終わっていないダンジョンではさらに何が起きるかわからない。
この機会に調査を終わらせてしまいたい。
「装備を整えてくるからちょっと待ってろ」
冒険者ギルドからルプスの家までは少しだけ距離がある。街の中心部のほうが家賃は高くなり、門に近ければ近いほど安くなる。
それは、万が一魔獣の襲撃があったときや、ダンジョンから魔獣が溢れたときに門に近いと危険度が高いからだ。だから、多くの住人は街の中心部に住んでいる。
しかし、冒険者やルプスのように戦うことができる者、また、少しでも家賃を抑えたいものは敢えて門の近くを選ぶ。
街の中心部であれば高級住宅となるような一軒家でも、門の近くになれば手が届くようになるのだ。ルプスが住んでいる家も、そうした一軒家だ。ただし、魔獣の襲撃で家が崩れようと、たとえ自身の命を落とそうとも、自己責任である。
その覚悟があるものだけが門の近くに居を構えていた。
エクレピアを冒険者ギルドで待たせ、ルプスは家で装備を整えていた。
趣味で作っている便利道具をいくつか鞄に入れる。煙玉や気配を薄くする薬など、表立って使えないものも幾つか。この辺りは昔も使っていたからエクレピアにも、見慣れたものだろう。
それにあわせて新しく作った気付け薬も念のため。
ダンジョンの中では何が起きるかわからない。最悪、魔法が使えなくなることも考えなければならない。
不思議なことに魔力が集まってできた場所なのに、なぜか魔法が使えないダンジョンが存在するのだ。一度だけそうしたダンジョンにあたったときはエクレピアが八つ当たりのように長剣を振るっていたことを思い出す。
そうした不思議な場所も含めてダンジョンだから、と考えられているのが現実だ。
もしかしたらそのうち、そのあたりを解明する学者もあらわれるかもしれないが、それはまだ先のことになるだろう。少なくとも今は誰も原因を知らない。
少々気になるところがあったため修正しました。
大まかな流れに影響はありません。(7/19)