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第二話 山の中にて

 明けきらない空は隠密行動には向いている時間帯だ。影が自分の姿を覆い隠し、足元の草木も夜露に濡れ足音を消してくれる。

 ルプスは木に背を預け、深く息を吸い込んだ。

 一度、二度、三度、息を吸い込み、吐き出す。

 少し湿った冷たい空気が体の中に流れ込み、逸りそうになる気持ちを抑えてくれる。高揚した感情のまま動いてしまえば、たとえどんなに簡単な依頼でも足元を掬われてしまう。

 どうしても感情のままに動いてしまうルプスに、まずは深く息を吸うことを教えたのは、かつての仲間だった。行動の根幹に、仲間たちの影が見え隠れする。短くない時間を共にした。自分から離れたとはいえ、大切な仲間だった。彼らと共に過ごした日々が、今のルプスを作り上げているのだ。

 腰に下げた武器を指先で確認する。慣れた感触が指先から伝わってくる。この場で抜いて刃を確認することはできないが、ここに来る前に手入れは終わらせたから問題はない。

 万が一のために、治療薬も、薬草も多めに持ってきている。一人で敵陣と思われる場所に向かうのだ。何かあったときのための備えは足りないことはあっても多いことはない。

 普通ならば荷物が増えれば動きに支障が出るため荷物を厳選しなければならないが、荷物量を圧縮するために鞄に空間拡張の魔法をかけた『魔法鞄』と呼ばれる魔道具も持っている。これの存在のおかげで他の冒険者よりも荷物に関して悩むことは少ない。もっとも、これも上限があるため、何でもかんでも入れられるわけでもないのだが。

 また、入れられるものは生物以外となっている。釣りたての魚はしめてからでなければなければいれられないし、中に入れたものは当然、時間経過で劣化していくため、定期的に中身の整理は必要だ。だから、容量が多いことが必ずしも良いとは言い切れない。整理が苦手なものが持てば、中身は大変なことになるだろう。

 それでも、腰につけられる程度の大きさの鞄に街の商会一軒分の荷物が入るのだからすごい技術だ。本来なら一介の冒険者では持てるわけもない高い技術を持った魔道具が、この鞄だった。

 高ランクとなってようやく手をだせるかどうか。それも、パーティー単位で一つ、といったところだろう。

 更に上の技術で、時間停止付きの魔法鞄があると聞いたことがあるが、どれだけ高ランクになろうとも平民の冒険者ではほぼ見る機会などない。もしそんなものが実在するのだとしたら、国宝として保管されていてもおかしくない高級品だ。

 まず、魔法鞄そのものよりも、『時間停止』という技術そのものが神の奇跡のようなものだ。

 ルプスが時間停止には及ばなくとも、魔法鞄を個人で持っているのは、ひとえに冒険者時代の成果だ。国でも有名な商会の護衛依頼をうけ、何故か気に入られ、依頼の最中にも何かと気を回してもらえた上に古いものだが、と譲られたのだ。

 確かに見た目は少しくたびれていたけれども、そもそも高機能の魔道具というものは親から子へと受け継がれることも多く、簡単に人に渡せるようなものではない。

 だというのに、何故護衛をしただけの冒険者に渡したのか。

 うれしい、けれど、素直に受け取るには不審が勝つ。

 浮かべた表情から、ありありと感情を読み取ったのだろう。護衛対象だった商会長が、少しだけ情けなさそうな表情を浮かべた。

「不肖の息子がやらかしたせいで……」

 頭を抱えていなかったのが不思議なほど、苦々しい吐き出しに、聞かない方がよかったか、と頭をよぎったものの、聞かずに受け取ることもできず、愚痴とも状況の説明ともつかない話を聞き続けることになったのは懐かしい思い出だ。

 やはり、と言うべきか、本来は息子へと譲るはずだった魔道具だったらしい。しかし、下手にその息子へと渡せばそのまま質屋へと流れ、ならず者の手に渡る可能性が高く、かといって他に渡せるような身内はいない。古いとはいえ高価な魔道具を従業員に渡したところで活かしきれる見込みもなく、外商に向かうような幹部扱いの従業員には既に新しい魔法鞄を渡していた。

 このままでは倉庫の肥やしになってしまう。

 一般的に考えれば、どんな理由があったとしても、こんな一度会ったきり、二度と会わない冒険者に渡すわけがない。だが、この商会長は『直感』のスキル持ちだった。この男ならば、この魔法鞄を活かしてくれるだろう。それどころか、これを必要とする時がくる。ならば倉庫の奥へとしまい込むよりも必要とする相手に渡した方が良いだろう。

 そう、依頼を受けた瞬間から考えていたらしい。

「あとは、君の仕事に対する態度で決めよう。そう思って若い従業員を見るつもりでみていたんだがね。君は充分に私の期待に応えてくれたから」

 確かに何度か探りを入れられるような視線を向けられたが、それは護衛任務を行っていればよく向けられるものだ。そういった理由であれば、断る必要を感じなかった。しかし、このまま依頼料をもらってしまえば、それは貰いすぎになってしまう。

 当時はBランクだったが、高ランク冒険者の護衛依頼料は決して安くない。しかも、パーティーで受けていたから余計に高くなってしまう。

 依頼者は、それはそれ、これはこれだ、と払おうとしていたが、ルプスの気持ちが収まらなかった。仲間たちもルプスがそれでいいなら、と認めていたこともあり、依頼料の変更は認められたのだ。

 そうして得た魔法鞄を、ギルド職員となってからも重宝していた。

 最も、当時はあまり気にしていなかったが、依頼完了後の依頼料変更は滅多に認められることはない。依頼者と冒険者の間で同意があり、なおかつ、冒険者ギルドの審査が入り、妥当性が認められたら変更となる。これは依頼者が依頼料の踏み倒しを防ぐ意為でもあれば、冒険者側が依頼者を脅し依頼料を上げさせることを防ぐ為でもある。

 それらは全て過去に起きたことであり、教訓として残されている。

 あれ以降、直感スキルを持つものに出会っていないのだから、あの商会長も珍しいスキルをもっていたものだ。一度で終わると思っていた関係だったが、あれからも何度か指名依頼を受ける機会が多かった。

 ギルド職員になる、と伝えたときも、特に驚くことなく受け入れていたことから、彼自身の情報網も侮れない。

 だから、今回も『茶葉』について知っていることがないか問い合わせをかけていた。彼の商会は国外とのやり取りも多い。噂で程度でも構わない、些細なことでも構わないから知っていることがないか、と問い合わせをしたのは三日前。そして、昨日にはまとまった情報がきたのだから、一体どのような情報網を持っているのだろうか。

 だが、そこは触れない。この情報の対価は次の外商の際にルプスが護衛の一人としてついていくこと。どちらかというと接待を求められているようだった。最近の話などを聞きたい、と書き足されていたことに苦笑が浮かぶ。自身の話など面白みもないだろうに。

 それに、冒険者としての活動は細々と続けていることも知られている。時折こうして些細な内容の指名依頼を出してくれるのだ。今回の依頼主といい、何が彼らの琴線に触れたのかわからない。これから先も彼らの期待に応えられるのかわからない。

 だが少なくとも、今この情報はありがたい。教えられた情報をもとに、ここへとやってきたのだ。

 この先に例の『茶葉』の元になった薬草がしまわれている倉庫があるという。

 巧妙に樹木に隠された倉庫は、古くなって放置された小屋を改装されたものらしい。元の持ち主は麓に住む猟師らしいが、随分と昔に貴族に接収されたのだという。その貴族の名前も貰った情報に書かれていたが、残念ながら貴族に関する知識が浅いルプスではその名を関したものがどういった立場なのかを知ることはできなかった。

 それにしても、とルプスは星の瞬きが見えない、暗く沈んだ空を見上げながら今回の依頼内容について考えた。

 しん、と静まり返った山の中は、思考の邪魔をするものはない。警戒は怠らないが、少なくとも近くに人の気配はない。目当ての小屋の中も同じく。しかし、情報によればこの後、ここで茶葉の取引があるらしい。

 一体、この茶葉を仕入れたものは何を考えているのだろうか。その薬草が材料となっている茶葉を売っていけば売っていくほど、自分たちが住んでいる街どころか国そのものを壊しかねないと気が付かないのか。

 薬草の効能は保持魔力の増加。

 確かにそれだけを聞けば、ルプスのように元来の保持魔力が少ないものは惹かれるだろう。魔力の多さは、単純にその者の力になる。増やせるならば増やしたいと願う者は少なくない。

 しかし、どんな薬草であれ良いことばかりではない。

 薬草の中でも特に多く流通している癒し草なども摂取しすぎれば中毒になり、ひどいときは自己回復ができなくなるのだ。そうなってしまえば冒険者は当然のこと、日常生活を送ることすら難しくなってしまう。

 そして、今回問題になっている薬草は摂取後の高揚感も問題だ。他の後遺症についてはまだわからないが、それだけでも充分に危険だった。摂取時の幸福感を求めて、もしくは、さらなる魔力保持量の増加を求めて依存していけば、待ち受けているのは破滅だ。

 かつて、パーティー内のヒーラーだった友人がよく言っていたのだ。彼は元から保持魔力が多く、だからこそ、人よりも魔力の制御に力をいれていたのだ、と。

 うまく制御ができない子供のころは、よく周りにあるものを壊していたそうだ。特に体内からあふれる魔法にもならない魔力が周りにある魔道具に影響を与えていたのだという。

 産まれたときから魔力が多い者でも魔力を完全に制御することは難しいのだ。それが、急激に増えた魔力を、高揚感を抱えたものがどうして制御できると思うのか。

 それとも、壊したいのだろうか。

 少なくともルプスにとって今の生活に不満はない為、わざわざそれを壊そうとする者の気持ちは一切理解できない。

 よその国のことも知っていることは少ない。この国で生まれ、この国で育った。故郷を出たのも、成人した男は外の世界を見に行くものだ、と年長の兄弟たちに言われて素直に受け止めた結果だったし、幸い、これまで嫌な目にあったことは少ない。

 だが、この国の中でさえ行ったことのない場所はたくさんあるのだ。故郷を出てずいぶんと経つけれど、まだまだ自分の知らないことも多い。

 その知らないことが原因で、すべてを壊したい、こんな国どうなってもいい、と願う人もいるのかもしれない。他国からやってきた冒険者と話をする機会があり、その冒険者は自国に嫌気がさして他国へ流れてきたのだと言っていた。そうした人がこの国にいないと、どうして言い切れるだろうか。

 それでも、ルプスはこの街が好きで、これから先もこの街で生きていきたいのだ。安定した生活に、癖はあるものの信頼できるギルドマスター。声の良く通るパン屋の主人も、よく夫婦喧嘩をしている八百屋の主人も、街中を走り回る子どもたちも、少しずつランクを上げていく冒険者も、この街で生きる一人一人が大切なのだ。

 だから、それを壊そうとする相手は敵だ。許すつもりもないし、相手の事情を考える必要もない。大本の相手を知ったところで貴族に対してルプスができることなんて多くない。

 精々、依頼主に得た情報を横流しすることぐらいだろうか。貴族のことは貴族同士でどうにかしてほしい。

 いくら冒険者ギルドは権力に屈しないと言っても限度がある。そもそもギルドが権力に屈しない、と明言しているのは、冒険者が権力によって搾取されないための決め事に過ぎない。実際に貴族に対して何が行動を起こせるだけの力はないのだ。もどかしくもあるが、仕方ないことだという諦めもある。

 依頼主も、茶葉流通の裏に貴族がいることは可能性として考えていたのだろう。

 元の依頼だけなら茶葉の存在を確認できた段階で終了となるはずだった。しかし、情報をそのまま回した後、さらなる証拠を求めるため、追加で依頼が入ったのだ。

 貴族同士のやり取りになるなら猶更、相手を追い詰めるための情報は多く必要になる。

 故に、取引現場に訪れた相手の確認、人数によってはそのまま制圧すること。

 それが追加の依頼だった。

 今回取引に使われたのは海ではなく、山。しかも、その道は険しく、普通であれば人が通らないような道だ。つまり、自身と同じように冒険者が手を貸している可能性がある。

 山の向こうは北の国になる。薬草に限らず、魔草と呼ばれる魔力を多く有している植物が多く自生している国だ。大きな山に囲まれているせいか、魔力がたまりやすく他国に比べて魔力保持力の高いものが多く、多種多様な種族が住んでいるのだという。

 この道を安全に通れるとなると、北国の中でも相応に実力のある冒険者なのだろう。

「まずいな……」

 ルプスは自分の実力を過信したりしない。それは自分の命を縮めることになるからだ。

 成人してすぐに冒険者になり、様々な人を見てきた。北国出身の冒険者も見たことがある。彼らは一様に魔力を多く持ち、魔法士ではなくとも容易に魔法を行使していた。それでも山の中では大規模な魔法は使いづらい。そこに勝機を見出すべきか。

 いや、最初から相手が魔法士だと考えるのは悪手だろう。そもそもこの場に来るのであれば、魔法よりも近接によった戦い方をするものが現れることも考えられる。

 ルプスにとってはそちらの方がより厄介であった。純粋な筋力での勝負になったとき、押し負ける可能性が高い。獣人とはいえ身についた力は瞬発力に振られているために、耐久力が低い。これまでも戦うときも正面からは避けるようにしていた。

 もっと力があれば、と何度思ったことだろうか。

 大剣で敵を屠るような力が。

 大きな魔法で多くの敵をせん滅するような力が。

 従魔を率いて敵を下していく力が。

 そうした力があれば『あの時』ももっとどうにかなったのではないか。脳裏に過去の情景が浮かび、足に痛みが走る。もう、過去のことだ。それでも拭えぬ後悔が、頻繁に過去を目の前へと突きつける。

「今は、それどころじゃないだろう」

 自分の力を信じて依頼を出してくれた人がいる。その事実を、自分だけは忘れてはいけない。

 再び深く息を吸い込み、周りに意識を向けた瞬間、その存在に気が付いた。


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