第十九話 異なる世界から訪れし者
本年最後の更新となります。
知らせの鐘が七つ鳴る頃、少しずつ街の中に人の姿が戻ってくる。
一日の依頼を終わらせた冒険者が街へと戻ってきたのだ。
街へと戻った冒険者がまず向かうのは、ギルドの受付だ。それぞれが依頼の完了報告を終わらせ、評価に則った報酬が支払われる。そして、多くはそのまま冒険者ギルドに併設されている酒場へと流れていくのだ。
手ごろな値段で程々に旨い食事と酒が飲めるこの酒場は、駆け出しから熟練の冒険者まで皆が挙って訪れる場所である。食事は身を作る為に必須の行為だ。せめてそこで苦労する冒険者が減るように、という目的があった。
安い食事を提供すること。それは単なる慈善事業、というわけでもない。
金銭的に余裕があれば身を守るための防具や武器を整えることもできる。そうすれば、これまでよりも多くの魔獣を狩ることもできるようになり、ランクを上げることも出来るようになる。
力のある冒険者が増えていけば依頼を多く受けることが出来るようにもなる。
結果、冒険者ギルドとしても利益が生まれるのだ。
そして、その仕組みに救われているのは冒険者だけではない。まだ下積み中の料理人が作った料理が普段の金額よりもさらに格安で出ることもあり、稼ぎの少なく懐の寂しい駆け出し冒険者にとって重宝する場所だった。熟練の冒険者であっても金遣いが荒い冒険者や、新しい武器を新調する為に節約をしている冒険者もこの場所に世話になる。
故に、新人冒険者から熟練の冒険者まで、多くの冒険者がギルドの酒場に集まることになるのだ。
そうなると、割の良い依頼の話、対応が良かった依頼者や、逆に地雷ともいうべき内容の依頼についての話について話が盛り上がる事もある。時にはここで意気投合してそのまま共に依頼を受けに行く冒険者もいるため、交流の場としても広く活用されていた。
今日もいつものように依頼を終えた者たちが帰ってくる時間から少しずつ騒がしくなっていった。だが、席に着いた冒険者たちの雰囲気がいつもよりも固く、緊張感を孕んでいた。
普段ならば、そのまま酒を飲みながら、笑い、騒ぎ、時には殴り合い、気ままに過ごすところを、厳しく顰めた顔を突き合わせている席がいくつもあった。
急に姿を現した青年がいた。その青年の身形は、これまでに見たことのない服に、この土地に馴染まぬ艶やかな黒髪と貴族のようになめらかな肌を持つ青年だった。
子どもといっても差し支えない年齢に見えたが、本人曰く成人しているらしい。
いずれかの神の加護を得ているらしいが、近づく相手の感情をざわつかせる。
それは、もしかしたら魔の者ではないのか。
そんな噂がここ数日の間でこの街全体に流れていた。冒険者の中だけで噂が流れているのならば、いつもの与太話だと切って捨てられただろう。
だが、街全体、それも普段は噂話をしないような領主の私兵の間でも流れているとなっては、俄然、噂の信ぴょう性が増していく。
噂自体は他の街から流れてきたものだ。
最初は、見慣れない人物が王都に現れたらしい、というただそれだけの噂だった。
とはいえ、出身地を聞いても誰も知らない地名を言い、名前を聞いても聞き取りづらい音であるとなれば警戒されるのは当然のことだった。周囲から距離を置かれ、警戒されながらも、青年は冒険者となった。
それでも、王都に居続けるのは居心地が悪かったのだろうか。
冒険者になり程なくして王都を出た形跡が残っている。
一体、その青年は何者なのか。この辺境に近づくほど新しく、そして、真実に近しいであろう噂が聞こえてくる。
曰く、その黒髪の青年は召喚者なのである、と。
召喚者とはこことは異なる世界から、そこで生きていた存在を神の奇跡によってこの世界へ呼び込み、招かれた者の総称だ。
異なる世界に干渉することは長く生き魔法の扱いに長けたエルフでもできないことだ。
また、この世界は過去の召喚者たちによって発展してきた歴史がある。今では広く使われている多くの知識や道具が生まれる切っ掛けに召喚者の存在を失くしては語れなかった。
だからこそ、神によるその業を御業と呼び、呼ばれ招かれた存在は大切に扱われるのだ。
召喚者だと知られたのは、この世界に対する知識のなさ。そして、魔力を一切持っていなかったのだという。
「召喚者、ねぇ……。何も問題が起きなきゃそれでいいけど。それで、その召喚者が辺境に向かっているって?」
めんどくせぇ、と呟いたソウムに、仲間たちは同意を示す。ぎしり、と軋む椅子に大きな体を乗せてつまらなそうにしている。召喚者という存在がこの世界にもたらした結果は幼い子どもでも知っている。今、便利な生活が出来ているのは間違いなく過去の召喚者のおかげだった。
けれど、あくまで知識として知っているだけだ。召喚者の元の世界についても資料として残されているが余りに自分たちが生きる世界と違いすぎて想像すら出来ない。
また、時代によっては召喚者の持ち得る知識を巡って戦が起きたことだって残されている。
そのせいで自分とは関係のない面倒な話だという感情がどうしても拭えない。
古い昔に訪れたこの世界ではない場所から訪れた存在。
召喚者という存在に向ける感情は、書物の中だけに存在する、おとぎ話の登場人物に対するそれだった。
それが急に生身をもって目の前に現れた。
何故、そんな問題しかない存在が辺境に来るのか。
大体そういう存在は国が管理し、大切に扱うべきではないのか。
ただでさえ、隣国との問題を抱えているというのにこれ以上の問題が増えてほしくない。
そういった感情を包み隠さずに現しているソウムに、エクレピアは苦笑する。
「残念ながら、俺らは無関係でいられないんだよ」
何故なら、彼らはAランク冒険者だ。
本来なら国が対処するような問題だったとしても、指名依頼を受ければ受けざるを得ない。
いや、断ること自体は可能だ。だが、断れば自分たちの評価に関わる。
普段から評価を気にして活動しているわけではないが、指名依頼を、しかも国からのそれを断れば余程の理由が無い限り重い罰則が付く。下手をすれば冒険者としての信頼を失うことにも繋がりかねないのだ。
彼らが今、自由に活動できているのも、これまで評価と信頼をしっかりと重ねてきている結果だった。
「そもそも召喚者が現れる時は神職にお告げがあるのが普通だ。それは神の御業だからな。だが、それがなかった」
神からのお告げは神託、と呼ばれる。召喚者の知識を求める国へとそれは告げられ、この世界へと召喚者が訪れたと同時に保護がなされる。そうして召喚者による知識によって恙なくこの世界は満たされ成長していく。
それは神々が望んでいることだと言われている。
「神の御業でなければ、一体何故なのか。さて、何が思いつく?」
「えー、そもそも神の御業だろ? それを俺みたいな小人族はもちろんエルフでも難しいんじゃ?」
しかし、極々稀に神の奇跡に関係なく、世界の隙間から落ちてくる者や、神の御業を真似ようとする者の目論見によって出来上がった隙間からこの世界に落ちてくる者がいた。
神に呼ばれたのであれば、神の加護があり魔力を持っていなくとも加護の影響によって世界に馴染むことが出来る。だが、それを持たずにこの世界へと落ちてきてしまった青年にとって、この世界で生き抜くことは随分と難しいものになっているだろう。
何しろ、街中で日常的に使われている道具は魔力を持っている事が前提となっている。明かり一つつけることもたった一人ではままならない。魔道具の知識は召喚者から与えられたとはいえ、使うのはこの世界に使い人間だ。
召喚者にとって、決して生きやすい環境ではない。
今回の召喚者の状況を想像し、幼めの顔だちをしかめたカリュスは、手元にあった豆を口いっぱいに頬張った。
「確かに通常であれば出来ない。だが……」
ここで一段と声を落としたエクレピアに、その場にいた全員が身を構えた。
彼らの会話は最初から防音の魔道具が使われていた。これまでにも話し合いの時に使用されていた為特に気にしないでいた仲間たちもそれを使用することに意味があったことに気が付く。
仮にこの段階で席を立とうにも、間違いなく全員問答無用で巻き込まれる。最も、面倒だと思っていても自分から席を立つものは誰もいなかった。
「邪法、というものがある」
「あー!聞きたくない、聞こえない、俺は何も聞かなかった」
咄嗟に大声を出したのは休憩時間に合わせて同席していたルプスだ。
彼らが辺境に来てから、こうした打ち合わせに同席することは稀にあった。職員として請われることもあれば、たまたま休憩時間に同席することもある。今回は職員として同席を願われたのだ。だから、これ以上聞き続けていれば上司に報告をしなければならなくなる。
聞きたくない、と普段はピンっと立っている耳がヘタっている。
「いやいや、聞いてもらうぞ。だいたい、これはお前にも関係ある話だからな」
「は?」
「お前の上司の……、マトイだったか?あれから話があっただろう。『頼みたいことがある』とな」
薄っすらと記憶に残っているその話。そのあとに何かとバタバタしていたため、結局話を聞けていなかった。
それを何故この男が先に知っているのか。
「それに関する指名依頼を俺たちのパーティーに出された。内容が内容だからこちらから反対に指名した職員を対応させるようにしたんだよ。それがお前」
理解すると同時に逃げられないことを悟ってしまった。
下手な相手に頼めない仕事だ。
裏切らないと信頼できる相手しか選べない。
信頼を与えられたと喜ぶべきか、面倒ごとに巻き込まれたと嘆くべきか、ルプスはわからなかった。
だが、自分以上に最適な相手が思い浮かばない。仲間たちだけを面倒ごとに放り込むことも、それをただ見ているだけでいることも当然出来ず、渋々と受け入れるしかなかった。
「邪法ってあれだろ。邪教の信者だけが使える魔法みたいなやつ」
「まぁ、大体その認識で間違えていない。魔法がこの世界どこにでもある魔力を使うものだとしたら、邪法は他者の命を利用する。そしてその力で世界に穴をあけ、別世界から力を奪おうとしているのだ。それが、この世界の為になる、と宣ってな」
「なっ……!」
ガタリ、と椅子が鳴った。だが、寸でのところで立ち上がらずにいられたのは、エクレピアの手が肩に添えられたおかげだった。会話の内容は消せても動きは隠せるわけではない。
目立つような行動は慎むべきだと理解していたのに、動揺を押し殺すことが出来なかった。
「……既に、邪法の被害者がいるってことか」
「今、召喚者が現れたってことはそういうことだろう。……できれば、信じたくないがな」
「俺たちに出された依頼は召喚者の保護と、その邪法による被害者の確認か?」
「そうだ。それで、召喚者がこの世界に慣れてきたら希望を聞いて独り立ちするところまで面倒見ろってのが依頼だ」
深く吐き出した息が、三人分重なった。
視線を交わせば、誰もがそれを面倒だと感じているのがわかる。そして、それが避けきれないということも。
とはいえ、ルプスの本業はギルド職員である。
人手が十分に足りているといえない職場で、例え上から指示があったとしても業務を放置して調査に集中することはできなかった。
故に、外の調査は冒険者であるエクレピア達、現役の冒険者たちに。冒険者では集められない情報をルプスが集めることになった。
話し合いは毎日、業務終了後にルプスの家で行うことを決め、その日は解散となった。
「やっぱり召喚者は辺境に向かってきているみたいだな。この調子ならそう遠くない日に到着するだろ。来ないようだったら迎えに行く必要もあったが大丈夫そうだ」
誰に教わったのか、青年は街を移動する毎に規則通り冒険者ギルドに顔を出し居場所を更新していた。そのため、足跡をたどるのは容易だった。
まずは王都の冒険者ギルドで冒険者登録をすませ、そこでDランクにあがった。
その時点でもまだ駆け出しではあるが、運よく辺境に向かうパーティーに荷物持ちとして混ぜてもらうことが出来たらしい。
もしかしたら共にいる冒険者の見様見真似で行っているのかもしれないが、規則を守ることは青年のこれから先のためにも良い方に転がるだろう。
居場所を更新することは冒険者の義務である。例え忘れると職員の仕事が滞り心証が悪くなる。万が一、更新せずに事件や事故に巻き込まれたとしても冒険者ギルドからの手助けが受けられなくなる可能性だってあるのだ。
少なくとも、ルプスの中で、青年の好感度は高かった。
順当に近づいてくる相手は、後一週間もあれば辺境にたどり着くだろう。
「うーん、それにしても、邪教の狂信者は異世界の力をこの世界に呼んでどうしたいんだろうな」
念のためと、改めて主要な神殿へ神の啓示がなかったか確認をしたが、やはりどこも知らないの一点張りだった。仮に噓をつき、それがばれた時には自分たちが邪教の信者と疑われることになる。それはどこも避けたいことだった。
ということは今回の召喚者が人為的に行われたことは明白で、その裏に邪法の存在が否定できなくなった。
手元にある報告書を見る限り、召喚者へ近づく不自然な存在はいない。一番近いのは行動を共にしている冒険者パーティーだが、これは偶然だと判明している。たまたま荷物持ちを募集していたパーティーに召喚者の方から声をかけた。
基本的に荷物持ちは最低限、自身の身を守る実力があれば採用される。
ダンジョンに潜るときに雇われることが多いが、時折こうして街の間を移動する際にも雇われることもある。
自身の力に自信がない低ランク冒険者はこうした仕組みを利用して街から街へと移動する。
召喚者自身は魔法が使えないが、剣の扱いに長けていたのだという。荷物持ちを募集していたパーティーも特に不審に思うことなく召喚者を採用したらしい。
だが、共に過ごす時間が増えるほど召喚者の様子がどうにも普通ではないことに気が付いたようだ。
常識が違う。
持っていて当たり前の知識がない。
そうしたことが続けば、そのパーティーと召喚者の間にぎくしゃくとした空気が流れてしまったのも、時間の問題だったのだろう。
後一つ、街を越えればこの街に到着する、となった現時点で随分と雰囲気が悪くなっているようだった。道半ばで放り出さないだけ真面な冒険者なのだろうが、召喚者自身は随分と参っているようだった。
「とりあえず、召喚者が辺境にきたら保護して話を聞くのが優先だなぁ」
恐らく、王都を出る前に召喚者という存在についてちゃんとした説明を受けていないのだろう。いや、出る前だと青年が召喚者であることが確定する前だったから説明をする必要すら誰も思いついていなかった可能性もある。
もし、王都の冒険者ギルドのマスターが気が付いていれば、ちゃんとした説明をし、その時点で彼のこれからの身の振り方についても相談を受けていただろうという信頼があった。
「そもそも召喚者と俺らの違いって何なんだ? 見た目は徒人族と変わらないんだろ?」
「あ、俺も知りたい」
首を傾げたソウムに合わせて、ルプスも尋ねる。
召喚者という存在が異なる世界から訪れる存在であることは知っているが、自分たちと何が違い、今回のように神を介していない存在がどうして召喚者として認められるのか。その理由が知りたかった。
「一番大きな違いは魔力を持っているか持っていないか、だな。まずこの世界にはどこでも魔力があり、その影響を受けてどんな種族でも少なからず魔力を持っている。量自体は種族や年齢によって差が出るがな」
「確かに、俺も少ないとはいえ持ってるな」
「反対に、召喚者として呼ばれた相手は一切魔力を持たずに現れる。彼らの故郷には魔力そのものが存在しないらしい。また、これは当然というべきか、この世界の当たり前のことを知らない」
種族の差で持っている量は違えど、確かに魔力を持たずに生まれたという話はこれまで一度も聞いたことがない。最も、魔力を持っていたとしても魔法を必ず使えるわけではない。魔法を使うための資質が必要だった。
そもそも召喚者の体には魔力を保管するための器官がないという。
だから魔力量を調べればこの世界に生まれたものと、召喚者とを明確に区別することが出来た。
「当たり前のこと?」
「そもそも魔獣の存在を知らない。それと迷宮―通称、ダンジョンもな。会話は通じるが、単語一つ一つの意味合いが通じないことも多い」
「なるほど……。今回の召喚者もギルドやダンジョンと聞いて『あーるぴーじーの世界みたいだ』と発言したことが認められているな」
ルプスの手元には青年の言動や、辺境へと向かうまでの軌跡が纏められた書類がある。そこには確かに今回の召喚者である青年が、この世界にはない物について触れた発言が記載されていた。
召喚者がよく口にする『ゲーム』や『アニメ』という名称はこの世界でも定着しつつある。ギルドの仕組み自体も昔訪れた召喚者の知識によってつくられた。
街のあちらこちらに見え隠れする過去の召喚者の気配に、青年は故郷を思い出したのだろう。
「そうした発言を受けて、途中の冒険者ギルドで居場所を更新する際にひそかに行われた魔力検査をした結果、一切の反応が出なかった。その時点で彼が召喚者であることが確定した」
冒険者ギルドに関わる報告はルプスから行われる。本来であれば個人情報として秘匿されるべき情報だ。だが、今回だけは限られた場所で、決められた目的のためならば伝えることを許されている。
それが、召喚者の保護である。
「通常、召喚者の扱いは難しい。彼らの持つ知識はこの世界にとって有益なものが多く、その結果争いの切っ掛けになることだってある。ん、もしや、邪教の信者は世界に穴をあけ、他の世界の力を取り込むと同時に、戦を起こそうとしているのか……?」
考え込み始めたエクレピアを前に、ルプスたちは顔を見合わせた。召喚者を巡って争いが起きる理屈はわかる。だが、世界の穴が開くことによって何が起きるのか全く思いつかず、その危険性にも思い当らなかった。
「……いや、今考えるべきことではないな。ひとまず、今は召喚者がこちらに到着するのをまとう」
その言葉に頷き、彼らはいったん日常へと戻っていく。何が起きるにしても、状況が変わるにしても、まずは召喚者が到着してからの話だと、それだけは理解していた。まずは、彼がこちらに到着する前に住居等の手配が必要になるだろう。
もし彼が辺境に居を構えなかった場合は、他の者に貸し出せばいい。
召喚者が辺境へとたどり着いたのは、予想通り、話し合いから一週間後のことであった。
12月全然更新でいていなくて申し訳ありません。
また来年も読んでいただけたら嬉しいです。
少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。
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