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第十六話 メンドクサイ相手

 ゆるりとした穏やかな空気がギルド内を満たしていた。

 日々騒がしい冒険者が集まる場所とはいえ、そんな時も稀にある。これもまた、冒険者ギルドの日常のひとつだ。

 たとえ一時のことであれ、朝から忙しく動き回っていたギルド職員にとって漸く一息をつける時間だ。

 ルプスは受付カウンターでぼんやりと辺りを見渡していた。

 手が空いた時にやろうと思っていた書類の整理はとっくに終わらせていたし、外へ見回りに行くには内勤の人数が足りない。

 こうしてぼんやりしている時間がもったいなくも感じるが、ただカウンターに座っているだけでもある種の抑止力となっているらしい。

 ふわり、とあくびを一つこぼしながら、目じりに滲んだ涙をぬぐう。

——夕刻の冒険者たちが増える時間までこのまま時間をつぶすしかないか。

 ぼんやりとした頭の中でこれからの予定を組み立てていると、よく見慣れた男がギルドの入り口から入ってくるのが見えた。


「よお」


 視線が合うなり、すちゃ、と手を挙げてそのままカウンターまで真っすぐに向かってくる。

 依頼を吟味する様子もなかった。パーティーメンバーが一緒にいないことからもプライベートか、もしくは、もう一つの仕事に関してか。

 どちらにしても面倒ごとの匂いがする。

 何か用事か、と声をかける前に重たい木の椅子を引き、音を立てて目の前に座られた。

 やろうと思えば音を立てずに、それこそ、一切気が付かせることなく近付けることもできるというのに敢えて自分の存在を知らせるかのように音を立てるなんて、男の意地の悪さを感じずにいられない。

 賑やかな時間であれば紛れる音も、この時間では響き渡ってしまう。少ないとはいえ室内にいた冒険者たちの視線がルプスとマトイの二人へと集まっている。

 どんな目的があってやってきたのか知らないが、冒険者として受ける依頼でないのであれば、他人の視線が集まっている状態で出来る話なんてそう多くない。

 そもそもこの男が持ってくる話がまともだった試しがないのだ。

 淡い金色の緩く癖の付いた髪を一つにまとめ、ゆるりと笑みの形に垂れ下がった目元は彼を柔和な人物だと錯覚させる。

 新緑を思わせる緑色の目が余計に彼の本質を隠しているようだった。

 だが、目の奥に見える意地の悪い感情が浮かぶ光が印象を裏切った。

 それもそのはず。

 『マトイ』という名のこの男がただの冒険者ではなく、自身の上司ともなる調査部の部長であることを知ったのはつい先日のことだ。

 嘘か本当か、調査部に所属する職員の癖が強すぎて、真っ当な人間では直ぐに病んでしまい、この男が取りまとめになるまで何人もの職員が辞めていったという。

 あれから大して時間が経ったわけでもないのに、面倒ごとに巻き込まれた回数はとっくに片手を超える。そのどれもが非常に面倒であり、下手に人に話せるような内容ではないこともあってストレスはたまる一方であった。

 にひ、と笑う男の実力が確かなことはその期間に充分に理解した。

 だが、その性格だけは頂けない。

 こうしてこの男を前にしてしまえば殴りたくなる衝動を必死に抑えなければならないほどだ。

 じとり、と睨みつけてみてもマトイはへらりへらりと笑い一向に堪える様子はない。こちらが苛ついているのが馬鹿のように感じてしまう。

 実力はあるが、その性格故に昇級試験に受からない男。真面目とは程遠い楽しいことを追い求める面倒な男。それがマトイを現す巷での噂だ。

 ルプスからしても男の実力を疑いはしないが、こうして相対すればどうにも面倒が勝つ。そして複雑な感情を向けざるを得ない相手。

 マトイの戦い方はかつてのルプスによく似ていた。双剣を振るい身軽な身体能力を活かして周りを補助する。

 まるで過去の自分を見ているような、やりきれない感情が湧き上がってくるのだ。

 しかし、自分自身がどんな感情を持っていようとも、こうして前に座ってしまえばギルド職員として対応をせざるを得ない。

 それを目の前の男はよく知っている。

 せめて混みあっている時間であれば他の職員に投げることもできた。しかし、時間を持て余すほど暇な時間。

 室内を見渡してみても、ギルド内にいる冒険者は数えられる程度にしかいない。そもそもこの時間は時折顔を出す冒険者もいるけれど、それぞれ自分の目的を達したらすぐに出ていく。

 この時間に訪れる冒険者はもとから長居することは少なかった。ざっと目ぼしい依頼がないかを確認してから常設の依頼を熟すものが多数を占める。

 日々生活する糧さえあればいい。

 それがこの時間に訪れる冒険者の特徴だ。

 周りと距離を置いておきたい者も、旨味のある依頼が残っていないことを理解した上でこの時間に訪れることが多い。

 とにかく稼ぎたいと思っているものは朝一に冒険者ギルドへやってくる。おそらく一番賑わうのはその時間だろう。しかし冒険者全体で見ればその数は多いとは言えない。多くないからこそ、顔見知りとなり共に依頼を受けるようになることも稀にあった。

 最初はたまたまその場にいた相手、しかしそれを重ねていき、そこから実力を上げていき長く続くパーティーとなれば冒険者ギルドとしての利益も出てくる。

 反面、他人と関わることを厭うものはそれなりの数がいるのだ。

 元々の性質として一人でいたいもの。

 過去に何かしらの問題に巻き込まれ他人と関わることを避けているもの。

 そもそも自分自身に何かしらの問題を抱え他人を巻き込まないために一人でいるもの。

 原因はそれぞれ違う。

 そうした冒険者はギルドとしても必要以上に干渉しないことになっている。

 冒険者が不利益を被りそうになった時は手を貸すが、積極的に関わることはしない。

 冒険者ギルドと冒険者は持ちつ持たれつの関係である。

 冒険者ギルドとしては依頼を熟す冒険者がいることで依頼を取りまとめることができるし、冒険者はギルドに所属することで依頼者からの信頼を得られる。万が一失敗した時も冒険者ギルドの仲介を得られる。

 失敗が続けばランクが落ち、受けることができる依頼も減っていくが、それはギルドとしても当然の処置だ。一人の冒険者をかばった結果、他の冒険者に不利益が出ることは許容できない。

 冒険者ギルドはどの冒険者に対しても平等でなければならない。


「今日はどんなご用件で?」


 だからこそ、冒険者としてカウンターに来た相手であればしっかりと対応をする。どれだけ面倒だと思っていても、それとこれは別だった。

 職員になってから使うようになった敬語も、だいぶ板についてきただろうか。

 ふ、と周りの気配が変わった。

 周りの喧騒が遠くなり、空間が隔たれたような感覚がある。周りで騒ぎになっていないことから、どうやらこれは自分とマトイにしか感じられないようだった。

 マトイのスキルだろうか。それとも魔道具か。前にギルドマスターが使っていた防音の魔道具の発動時と似た感覚だ。

 にやにやと笑みを浮かべたままのマトイの反応から、今の状況が彼によって起きているのは間違いない。それほど周囲に聞かせたくない話なのか、単なる悪戯心なのか、ルプスには判別がつかない。


「防音に気が付いたのは合格! 今日はちょっとした警告をしにきたんだ。なぁ、昨日も例のAランク冒険者に構われてたな」

「警告? って、なんでそれ、知ってんだよ」


 警告とはあまりに穏やかではない。いろいろと問題が起きていることは知っているが、それでもわざわざここに来て伝えるほどの何かが起きたのだろうか。


「ダンジョンでみちゃったんだよねー」


 確かに昨日はエクレピアと共にダンジョンに行っていた。というより、近頃の休日は大体ダンジョンか、街から少し離れた魔獣を倒しに行くことが多い。

 彼が来てからというもの、休日の過ごし方が変わったことは間違いなかった。元から腕が鈍らないためにも定期的に魔獣退治に行っていたが、これほど頻繁に行くことはなかった。エクレピアのような腕のいい治癒術も使える魔術師がいると非常に心強いことを実感していた。


「お前たちの実力ならあの辺りは敵にもならないだろうし、スキル使うのも手を抜いたんだろうけどもっと周囲に気を配んねぇと駄目だぜぇ」


 確かに、昨日いった先の魔獣はエクレピアとルプスの二人では敵にもならない強さしか持たない相手ばかりだった。故に、気を抜いていたことは否定できない。そして、普段であればこれほど警戒する必要もないのだ。

 しかし、現状ではたとえ休日であろうと警戒を怠ることはできない。

 理由に思い当って顔を顰めた。

 他国からの間者疑惑をもつ人物がいるのだ。未だ目的ははっきりしていない。

 万が一ルプスが警戒を怠った結果、何かしらの問題が起きた時に被害を受けるのは周りの人間だ。共にいることが多いエクレピアは自分で身を守ることができる。だが、他の人間ではそうはいかない。


「……気を付ける」

「そうしな。それで何かあって後悔するのは自分だからな」

「あぁ」


 この男も後悔したことがあるのか。一瞬だけ、男の目が陰る。しかし、それは瞬きの奥にすぐに隠されてしまった。

 それにしても、わざわざそれだけを伝えに来たのだろうか。

 確かに冒険者の数が少ないとはいえ、まだ行き来する姿がある。防音の魔道具と思わしきものを使っていても、ルプスが感じたように近くにいれば何かしらの肌感覚で違和感をとらえるものはいる。それは現状で悪手となるのではないか。

 そんなルプスの疑問も、マトイはにやり、と笑ってみせた。

 周囲に悟らせないように周りの様子へと意識を向ければ、ルプスたちを気にしているものはいない。


「これが俺のスキル。認識阻害って思っておけばいいよ」


 密やかに伝えられたマトイのスキルに、思わず立ち上がりそうになる。

 認識阻害は、ルプスの持つ隠密と似て非なるスキルだ。敵陣に潜入する斥候担当ならだれもが欲しいと願うスキル。

 隠密は気配を薄くすることはできても、そこにいることは変わりなく、些細なことで気が付かれる可能性が高いのだ。認識阻害は、いうなれば隠密の弱点を克服したスキルだ。


(本当に、うらやましい)


 浮かんだ羨望を、吐き出す息に混ぜて昇華する。羨ましい、妬ましい、という感情はいくらでもある。

 恵まれた体格をした冒険者が羨ましい。

 自分よりも良いスキルを持つ相手が妬ましい。

 けれど、ルプスは自分が恵まれていることも十分理解している。

 気心の知れた仲間と出会えた。

 怪我をするまでにAランクという高見まで登ることができた。

 だからこそ、妬みや嫉みに足を取られることなくいられたのだ。


「屋台で買い食いしてるのも見たぜ。ちゃんと食えって言われてんのウケる」


 げらげらと腹を抱えながら笑う男の頭を殴りたい衝動に駆られる。ぐ、と手を握りしめたルプスに、未だに笑いの収まらない男はにやにやと見た。

 不意にマトイの姿に影が重なる。と、同時に重たい音が響き渡った。


「いったい!」


 悲鳴が冒険者ギルドに響き渡り、幾人かの視線がこちらへと向く。しかし悲鳴を上げた相手がマトイであること、そして、その背後にいる者の姿を見て、すぐに興味をなくしたように視線は外れていった。

 それもそうだろう。

 マトイの頭へ拳骨を落としたのはマトイの所属するパーティーの一人だ。

 ずっしりとした体格をした彼が奔放なマトイを止める姿をよく見たことがある。その姿はソウムの姿を思い出させて懐かしく感じることが多くあった。

 叩かれた場所を自身の手でなでながら、相手をにらみつけていた。


「あー……、大丈夫、ですか?」


 思わず取ってつけたような敬語になってしまった自覚がある。だが、ルプスも混乱しているのだ。許してほしい、と誰にいうでもなく胸の内で言い訳をこぼす。

 大体、マトイのスキルで周りから認識しづらくなっていたはずだ。それなのに的確にマトイの頭を殴れるなんて想像もつかなかった。もしくはルプスの気が付かないうちにスキルの効果を切っていたのだろうか。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。それよりうちの馬鹿が邪魔して悪い。また虐められてただろ」

「いや、虐められてないからね!? って、そんな風にみられていたのか……」


 まさか虐められているとみられているとは思っていなかった。予想外の言葉に敬語を使うことも忘れて愕然とする。心なしか、頭上にある耳もへにょり、と力をなくしている。

 そのルプスの姿にマトイのパーティーメンバーは慌てて慰める。

 ルプスの実力は彼らも知っていた。だがそれ以上に、彼らはマトイの性質の悪さを理解しているだけだった。マトイなら自分自身が気に入ったという理由で揶揄い意地悪をするのだ。それが彼なりの親愛の示し方だとわかっているが、それでも誰もが理解しているわけではない。

 だからこそ、余計なことかもしれなくとも、声をかけてしまうのだ。

 そんな仲間と職員のやり取りを見ながら、マトイはそっとその場を離れた。

 特に用事があったわけではない。ただ、もう少しだけ周囲に警戒心を抱いてほしかった。

 ちり、と肌に感じた敵意に、そっと口角上げる。

 先日、マトイすら逃がした相手がこの中にいる。

 相手の目星はついているが、今はまだ泳がす段階だ。手先となっている枝葉を落としても、それは末端でしかない。

 下手をすれば尻尾切りされる可能性もある。

 それは避けたい。

 それに、ルプス自身は気が付いていないが、彼の実力は本物だ。マトイは自分の実力を正しく評価している。

 認識阻害が使えること、怪我のない体。双剣を難なく振ることができる身体能力。

 それらどれもこれもマトイがこれまで自分の力で身に着けてきた力だ。

 そして、自身と似たような能力を持つルプス。

 恐らく、ルプスの足が万全の状態のときに戦っていたとすればマトイはルプスに勝つことができない。

 一つ一つの能力はマトイのほうが上だ。しかし、ルプスはとにかく器用だった。

――この手がだめなら次の手を。

 それをすぐに出来る冒険者はどれだけいるだろうか。

 そもそも何故ルプスがこんなに自分の実力に自覚がないのか、マトイにはわからない。

 原因が過去に何となくあることは察しているが、マトイはこちらに来てからのルプスのことしか知らない。少なくとも辺境に来てからのルプスを見ていれば本人が自覚しているほど低い実力をしていないことはすぐにわかる。

 そもそもAランクを得ていた以上、冒険者として悩むほど実力が低いなんてことはないのだ。

 マトイ自身のランクはイレギュラーであり参考にならないが、通常であれば普段の行いや依頼に対してどういった行動をしていたかを調べられる。

 それは当然ながら高位になればなるほど厳しくなる。

 その中で、一般的な冒険者の最高ランクと言われるAランクまであがったことは充分に誇れる実力である。

 それより上になると、そもそもの生まれながらの能力が影響してくる。

 たとえば竜人、たとえば精霊。

 そうした生まれた時から力を持つ者たちは大きな括りでは人族ではあるが『人から外れた力を持つもの』―総称『人外』と呼ばれSランクを与えられる。

 また、徒人族や獣人族の中からも突然変異のように同種族のものより力を持つものが生まれることもある。

 そうした者たちもまた『人外』と呼ばれSランクに据え置かれる。

 Sランクは謂わば『人外』たちを隔離するための特殊ランクとなっていた。

 そうした事情は表立って知らされているわけではない。だが、聡いものであれば気が付く程度には知られた話であった。


「その中でAランクになれてるって充分だと思うんだけどねぇ」


 口の中で転がした言葉は、ルプスまで届かない。

 首を傾げてマトイを見るルプスに、何でもない、と首を振り立ち上がった。


「そろそろ行くねぇ。……あ、そうそう。またお願いしたいことがあるからそのうちギルドマスターから知らせがあると思うよ」


 ひらり、と手を振り去っていくマトイの姿を見送り、少しすればざわついていた冒険者ギルドも、何事もなかったかのようにゆるりとした空気を取り戻していく。

 次の仕事はどんな内容なのだろうか。

 いや、どんな内容だろうと、ルプスのやることは変わらない。

 もうすぐで鐘が鳴る。そうすれば外に出ていた冒険者も戻り騒がしくなるだろう。

 それまでの間、もうしばらくはこのゆったりとした時間を楽しむことにした。

少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。

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