第十五話 仲間外れにされた仲間たち
王都に残された仲間たちの話。
「乾杯」
カンッと小気味の良い音を立てて木で作られたジョッキがぶつかり合う。
それは店内でよくみられる光景の一つ。あちらでも、こちらでも同じように乾いた音が続いていた。
なみなみと注がれた酒はぶつかる勢いに負け手を濡らした。だが、それを気にする者はここにいない。勢いよく酒を喉に流し込み、ぷは、と同じタイミングで息を吐きだした。
店員を呼ぶ声と、乾杯の声。そして、笑い声が響く店内の片隅に彼らはいた。
体格の良い武骨な雰囲気を漂わせた徒人族の青年と、柔和な雰囲気を持つ小人族の青年。
傍から見れば、あまりにも正反対の雰囲気を持つ二人だ。
しかしこの酒場にいる誰もが、二人のことを知っていた。
王都でも数少ないAランク冒険者だけが所属するパーティーに所属する二人だ。
「エクレもいっちゃったねぇ……」
しみじみというのは、小人族のカリュス。
徒人族の子どもと似たような体型ながら、とっくに成人し独り立ちしている。
普段は従魔を連れているが、この酒場は狭く従魔を連れて入れないため、拠点として使用している宿に置いてきていた。
置いて行かれたことを不満に思いふて寝している姿が目に浮かぶ。土産に何か美味しいものを買って帰ることを決めた。
最も、それが帰りまで覚えていられるかは自信がなかったが。
酒を飲み、アルコールに浸された頭からふわり、ふわり、と思考が散っていく。そうして出てきたのが先ほどの台詞だった。
つい先日、同じパーティーのエクレピアが辺境へ向かっていった。
パーティーを抜けたわけではない。依頼があれば戻ってくる。逆に言えば、依頼がなければ辺境に行ったきりになる。彼の性質を考えればわかりきったことだった。
「あいつはルプスが好きだからな。随分と持った方だと思うぞ」
「あぁ、確かに。よく我慢したよね。何年たつっけ」
「四年……いや、そろそろ五年か? 時々様子は見に行ってたけどな」
机に所狭しと並べられた皿へ手を伸ばしながら言うのは、徒人族のソウムだ。
がっしりとした肉体を持ち、落ち着いた性質からパーティーのリーダーとタンク職を兼任していた柱となる人物だ。
現在は彼ら二人とエクレピアでパーティーを組んで依頼を受けていた。Aランク冒険者三名で構成されたパーティーは王都でも少ない。更に、パーティー名を決めていないパーティーも滅多にいなかった。
ルプスも怪我をするまでは仲間の一人だった。
他の冒険者パーティーは名を売る為に、もしくは、依頼を受ける際に名前があると便利だから、という理由でパーティー名をつけることが多い。
何か大きな出来事―それこそ『溢れ』を抑える等の功績があれば一気に名を売ることが出来る。例え個人単位で何も成せていなかったとしても、そのパーティーに所属しているということだけで一目置かれる存在になるのだ。
だが、彼らは昔から一度だってパーティー名を付けたことがなかった。
それは斥候役だったルプスが冒険者を引退しギルド職員になってからも変わらない。
いや、彼が抜けたからこそ頑なにパーティー名をつけることを拒んできたのだ。
何故ならば、本来であれば彼が冒険者を引退するに至った日。
あの日にパーティー名をつける予定だったのだから。
全員がAランクになり、安定して依頼を受けることが出来るようになった。それぞれ個人でも指名依頼が舞い込む可能性も生まれた。さらなる飛躍のために、また、その名を出せば彼らにつながるようなわかりやすい名前をパーティー名としてつけていた方が依頼主も助かる。
けれど、ルプスが怪我をし、冒険者を引退することになり自分たちとは道が分かれてしまった。
ルプスとエクレピア、そしてソウムとカリュス。
この四人が揃ってこその自分たちのパーティーである。
ならば、名前を付けないままでいた方が自分たちらしいのではないか、と。
そのようにルプスを抜いた他の三人で話し合って決めた。
だから、これから先も彼らはパーティー名を付けることはない。
大体、ルプスの様子を見に行っていたのはエクレピアだけではないし、会いたいと思っているのもエクレピアだけではないのだ。ソウムもカリュスも頻繁に辺境まで足を延ばし様子を見に行っていた。元気に過ごしている様子を見て、安心して王都に戻る。万が一、何か問題が起きればいつだって手を貸すつもりだった。
恐らくルプスは彼らが来たことに気が付いていない。
依頼のついで、という名目はあったが、依頼人と辺境ギルドマスターに無理を言い、彼がいない時に依頼の処理を頼んでいた。そして、その依頼の事務処理もまた、ギルドマスター案件として処理をされている。
ギルドマスター案件は、主に政治的な案件が多くギルドマスターの許可がなければどういった依頼があり、どういった対応をとったのか、誰が依頼をうけたのか知ることが出来ない。
つまり一職員であったルプスには見ることが出来ないようになっているのだ。
しかし、調査部の副部長に格上げされることになった以上、知られる可能性が一気に高くなった。調査部は冒険者ギルドの中でも特殊な位置付けにある部署だ。
問題が起きれば多くの情報が開示される。
それに、辺境まで行けるのも半年に一度が良いところ。
常にルプスを気にしているエクレピアが我慢できずに辺境に拠点を移すことは目に見えていた。
「それにしても、あいつらも随分と仲良くなったよね」
さくり、と軽く上げられ塩を振られた芋を口にしながらカリュスは過去を思い出していた。
ルプスとエクレピアが出会ったのは、二人がこの街へやってきたその日だった。
奇しくも同じ日にやってきた新しい冒険者となる子どもたちに、当時冒険者ギルドにいた人々は注目していた。
それぞれが成人を迎え、真っ先に冒険者登録をしにきたという。冒険者ギルドが開いてすぐのことだった。
獣人とはいえまだ体も出来上がっていない同種族の中でも幼く見える子供と、性別不詳の綺麗な顔をしたエルフがたまたま顔を合わせた。
「登録をお願いします」
その掛け声までも、重なっていたのだ。
その瞬間がなければそこから先、互いに一切関わることなく過ごしたのだろう。同じ都市に生きていれば顔を合わすことがあるだろうが、恐らくそれだけ。
今のように共に食事に行くことも、同じ依頼を受けることも、ましてや、笑いあい、支えあうことなどなかったに違いない。
そう思えるほど、二人の環境は真逆だった。
身体能力に優れているが魔法を使えない獣人と、魔力を多く持ち魔法を巧みに使うが身体能力に劣るエルフ。
当時はそれぞれ今よりも血の気も多く、また、頼れる相手もいない場所に来たことで不安も抱えていたせいで、すぐに喧嘩に発展してしまった。
「自分が先に声をかけた」
そう最初に言ったのはどちらだっただろうか。
きっかけがどちらだったのか、今となってはわからない。
他にも職員がいるという真っ当な声掛けは彼らの耳には届かなかった。
それぞれ得意なもので応戦し、結果が出ないまま互いに気を失うまでその喧嘩は続いた。
周りの冒険者も最初は止めようとしていたが、そのうち好きなだけやらせておけ、と放っておくようになった。
冒険者歴が長いものほど、生ぬるい視線を彼らに対して向けていた。誰もが似たようなことを経験していたのだ。
今年の新人も活きが良いな、だとか、若いっていいよなぁ、なんて台詞をこぼすものもいた。それに対して周りまで囃し立てるものだから、ルプスとエクレピアの喧嘩を肴に飲み始めるもの達もいたほどだった。
何故それをカリュスもソウムも良く知っているかというと、彼らもその場にいたからだ。
カリュスもソウムも同じ時期に登録をするために冒険者ギルドを訪れていた。
彼らが何事もなく登録をすませていれば、その数人後にカリュスが。更に数人を置いてソウムが登録をするために並んでいた。そわそわとする気持ちを抱えながら並んだあの時間に起きた騒動は、忘れようとしても忘れられない。
並んでいたもの皆が注目し、固唾をのんでいた。注目されている二人は見られていることに全く気が付くことなく言い合いをしながら出ていったけれども。
思わずその後をついていったのも、一人や二人ではなかった。
下手をすれば、その時に冒険者ギルドにいたもの全員が野次馬をしていたのではないだろうか。
そもそも成人を迎えれば冒険者登録が可能になる為、冒険者になろうとするものは皆似たような時期に登録をする。冒険者を目指すものは殆どが平民だ。他に働き口がない者、一攫千金を狙う者、そして、自由を求める者等、理由は多岐にわたる。
毎年、その時期は新規登録が増える為、冒険者ギルド側も登録用の窓口も増やして備えているが、待たされることも多くあった。
その中で同じ窓口を目指していたのだから、やはり彼らは仲が良い。
それからというもの、彼らの喧嘩は冒険者ギルドでは風物詩のようになっていた。
駆け出しの冒険者の登竜門である薬草の採取や小型の魔獣の討伐数、はたまた、街中での手助けをする依頼を熟した数など、些細なことで争っているのをよく見かけた。
カリュス自身は産まれながら共に育った従魔との連携を深めるために過ごし、ソウムは体を鍛え肉体を作り上げ、自分に向いた他人の守り方を学んでいた。
その頃はまさか自分たちがパーティーを組むなど、頭の片隅にすらなかった。
初めて彼らがパーティーを組んだのは、ランクアップ試験の時だった。パーティーを組み、連携を見られる試験で同時に試験を受ける冒険者から無作為に選ばれたのだ。
同時期に冒険者になったからと言って同時期に昇級できるわけではない。それまでに実績を積んでいなければどれだけ年数が経っていようと昇級することはできない。
だから、最初は驚いたのだ。
向こうは当然ながらカリュスのこともソウムのことも知らなかった。
反対に、ソウムとカリュスはそれぞれの戦闘スタイルから冒険者ギルドを通して互いを紹介され、共に依頼を受けることが多かった。その為、その頃には随分と仲が良くなっていたのだ。
あれほど目立つ喧嘩をしていたのに喧嘩していたことが幻だったかのように彼らも随分と仲良くなっていた。
あまりに先行するルプスを引き留めるのは何時だってエクレピアだった。動き出す前に止めるエクレピアは、ルプスの癖をよく知っていた。反対に、ルプスもエクレピアの癖をよく知り、互いに何も言わずに連携をとることも多く見られたのだ。
賑やかな日々に慣れて、彼らがいない日々は随分と味気なく寂しい。
「ルプスが辺境いって静かになっちゃったよね」
「寂しいか?」
「まぁねぇ。ソウムは?」
「……どうだかな」
「そうやってすかしちゃって。寂しい癖に」
「……まぁな」
気が付けばその時からずっと共にいたのだ。
共に食事をとり、時には野営をして、時には手酷い失敗をして慰めあって、少しずつ実績を積んで、やっと全員が冒険者の中でも高ランクと言えるAランクまで昇りつめた。
これからもずっと共にいられると思った矢先の出来事だった。
寂しくないわけがなかった。
置いて行かれてしまったような、そんな気分が離れない。
人に執着することなく生きていこうと思っていたのに、まさかこんなに大切な仲間が出来るなんて思ってもいなかった。
カリュスの地元は、従魔との繋がりを重視するあまり家族間の繋がりも、友人関係も希薄だった。それが当たり前だと思っていた。
そうじゃないと知ったのは、冒険者になってソウムと組むようになり、そしてそこにルプスとエクレピアが混ざるようになってから。
家族よりもずっと家族らしい仲間たち。
風邪をひいた時に初めて心配され、あまりに嬉しくてひっそりと泣いたのは誰にも教えたことがないカリュスの隠し事だ。
「俺たちも辺境行っちゃう?」
「それもあり、か」
冗談のように軽く交わす二人の会話に耳をそばだてていた周囲が騒めいている。
勝手に聞いて、勝手に慌てるなんて失礼だ。
ぐ、とジョッキを持ち上げ、半分以上残っていた酒を勢いよく喉へと流し込む。焼けるようなアルコールの感覚がたまらない。これも、みんなで覚えたものだ。
ルプスはどうにも酒に弱く周りが盛り上がっている中で寝てしまうことも多かったけれど、それも楽しかった。
そういえば、ルプスの作る便利道具。
あれは今どうなっているのだろうか。今も作り続けているのか。
自分の実力不足を嘆きながら作ってくる便利道具は面白いものが多く、新しく生まれる道具を見るのも楽しみの一つだった。
そもそも実力不足と言っていたが、単に向いていることが違うだけで彼だって十分そのランクに見合う力はあったのだ。
ただ、他の仲間たちに比べてわかりやすいものではなかった。
だから、周りから賞賛されるのは周りばかりで、彼が注目されることは少なかった。当然、わかっている者もいたけれど、それは数えるほどでしかなく。
どれだけ自分たちが言葉を重ねても、自分が足を引っ張っている、という考えから抜け出せなくなっていた。
エクレピアの言葉すら届かないのだ。
もっと自分たちが彼の実力を認めさせていたら、もしかしたら、怪我をしていても、ここでこれまで通り皆でいれたのかもしれないのに。
もっと早く助けに行けたなら、治療が間に合って今も一緒に笑いあえていたかもしれないのに。
ぺたり、と顔を寄せた机は冷たい。
酒で火照った顔にちょうど良い冷たさだ。
「またみんなで騒げたら楽しいよね」
思った以上にしんみりとした声が出てしまった。
寂しい。こうして飲んでいても楽しさは半減してしまう。
またみんなで騒いで依頼を受けて、そうして笑いあいたい。
はぁ、と息を吐きだした瞬間、とても良い考えが頭に浮かんだ。
冗談を冗談じゃなくすればいいのだ。少々面倒な手続きはあるけれど、それだってその後を思えば熟せる。
「よし、僕たちも辺境に行こう! そうと決まれば引っ越しだ! 冒険者はどこだってできるもん」
「話をつける必要はあるがな」
「そういうのは、リーダーに任せた!」
あっけらかんと言うカリュスに深くため息をついて自分の酒を煽る。
この男がそうと決めたら何を言っても止まらない。そのあたりはエクレピアともルプスともよく似ている。そして、それはソウム自身も。
それぞれが自分の決めたことを貫き通す。そして、仲間がそうと決めたらその手助けをする。
これまでもずっとそうしてきたし、これからもそうする。ただそれだけのことだ。
うっすらと笑みを浮かべて、そうだな、と呟いた。
カリュス程あけすけに態度に出せなくとも、ソウムだっておいていかれて寂しかったのだ。
元々、感情を表に出すことが苦手だった。そんなソウムでも仲間たちは気にせず会話に入れて笑いあってくれるのだ。
何よりも心地よい空間だった。
エクレピアが向かうのを見送ったけれど、どうせならば全員で共に行けばよかったのだ。
「あいつら驚くだろうなぁ」
「だろうな。土産はどうするか」
「どうせ素材とかはエクレが持っていってるだろ? うーん……、何か美味しいものを買っていこうか。幸い、魔法鞄はあるし日持ちを気にする必要ないもんね」
あぁでもない、こうでもない、と話す彼らの会話を聞きながら、周りの冒険者たちは慌てていた。
この王都で一・二位を争う実力を持つ冒険者たちが皆、辺境へ行ってしまう。ただでさえルプスが怪我をして辺境に行った時点でもめたのだ。
だが、怪我を理由に言われてしまえば仕方がない。
そして先日のエクレピア。彼は移動魔法が使えるから何かあれば直ぐに王都へくる、という契約を結んでいる。それでも有事の際以外は辺境を拠点にしている以上頼ることが出来ない。
そして、カリュスとソウム。
彼らもまた、個人単位で王都の住人の中に懇意にしている依頼人が多くいる。それらを全て見捨てるようなことをしないだろうけれど、それでもこれまでのように気軽に依頼を受けることはできなくなってしまう。
それでも、彼らも止めることはできない。
何故なら、冒険者はどこまでも自由なのだから。
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