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第十三話 同居人ができました

「あれ? 灯り消し忘れたか……?」


 慣れた道を疲労でぼんやりとする頭を抱えて歩いていると、灯りのついた家が目に入った。

 慣れない新人教育に加えて、予想していた通り、魔獣被害が増えたり、薬草の採取依頼が増えたりと朝からバタバタとしていたせいで、灯りをちゃんと消したが自分の記憶も曖昧だ。

 施錠だけは間違いなくした記憶はある。

 だが、家に近づくにつれ、自分以外の気配が家の中にあることに気が付いた。じっと一か所から動くことのない気配は物取りではなさそうだ。

 つい先日も身の回りに気をつけろと警告されたばかりだ。狙われる心当たりは嫌というほどある。しかも、ルプスの家は街の中心部から離れている所為で何が起きても簡単に助けを呼べる場所にはないのだ。

 腰に下げた武器を確認し、いつでも動けるように意識を切り替える。仕事終わりの疲れよりも緊張感が体を満たしていた。

 玄関の前で家の中にある気配を改めて探れば、怪しい気配は一つだけ。相変わらず動く気配のない様子に違和感がわいた。

 もしルプスのことを狙った相手であればもう少し気配を抑える等するだろう。だが、家の中にいる相手はそうした気が付かれないための対策を練っているように感じられなかったのだ。

 音を立てないように家に入る。何故、自宅に入るためにこれほど警戒しなければならないのか、と少しだけ苛立ちがわきあがった瞬間、不意にそれがよく知る人物の気配であることに気が付いた。


「……エクレか?」


 静かに問いかけた声に、相手の気配が揺れる。椅子から立ち上がったのだろう。布の擦れる音がし、足音が近づいてきた。その音と共に武器から手を放しリビングへと足を進めた。

 案の定、そこにいたのは王都へ帰ったはずのエクレピアだった。


「ん、お帰り。勝手に入らせてもらったよ」


 のんきなその声を聞いて相手がわかってからも残っていた微かな緊張感も消えていく。仕事の疲労感が増したような気すらしてしまった。

 疲れてさえいなければ、最初から中にいたのがエクレピアだとわかっていたかもしれない。

 そんな事実さえ頭に浮かんでしまえば更に疲れが増しそうで、頭を振ることで思考を片隅へと追いやった。


「なんでまたいるんだよ。てっきり侵入者かと思って余計な警戒をしちまっただろ」

 

 がしがし、と自身の髪をかき回しリビングに置かれた二人掛けのテーブルへと腰かけた。

 テーブルと二脚の椅子が一緒に売られていたから買ったものだったが、これまでは一脚しか活躍することがなかった。前にもう一脚が椅子として活躍したのもエクレピアが唐突にやってきた時だ。

 そもそも自分が使っている部屋以外にほとんど家具を置いていないのだ。前回、エクレピアが来た時も、床にそのまま寝袋を敷いて寝てもらっていたくらいだ。とはいえ、家具の少なさはルプス自身が使っている部屋も似たような物だった。

 必要最低限しか置かれていない家は、随分とがらんどうな印象を与える。

 かといって必要な家具も思い浮かばず、そのままになっていた。

 人が来たからといって茶菓子等があるわけでもない。これから街中に戻っても殆どの店は閉まっていて何も買うことだって出来ない。急に来たのだから諦めてもらおう。

 そんな風にルプスがつらつらと考えていたことに気が付いたのか、いないのか。

 殊更ににこやかな笑みを浮かべたエクレピアはテーブルに肘をついて、小さく首を傾げた。同時に艶やかな髪がさらりと揺れる。

 相変わらず冒険者らしくない外見だ、なんてルプスが思い浮かべた瞬間、エクレピアから予想外の言葉が飛び出した。


「いま、なんて言った?」


 思わず聞き返してしまうほど、予想外で衝撃的な言葉。そんなルプスの様子も彼にしてみれば想定内だったのだろう。表情を変えずに再度、同じ言葉が聞こえてくる。


「こっちに活動の拠点を移すことにしたんだ」

「え、王都の方はどうするんだよ。ってか、お前がこっちにくるなら他のやつらは?」

「皆はそのまま王都にいるよ。別に私一人がこちらに来ても構わないだろう。別にあちらの依頼を受けないと言っているわけではないし。ただ居場所をこちらに移すだけだ」

「まぁ、その辺は自由にできるのが冒険者だけどさぁ……」


 気のせいか頭が痛む気がしてきた。それと同時に、こうなってしまえば何を言っても無駄であることを経験上、充分に知っていたのだ。

 仕方がない、とルプスが受け入れることもきっとわかっているのだろう。パーティーを抜け、会わない期間があったとしてもルプスにとって一番の友が誰かと聞かれればエクレピアだと答える。そのくらいに情があるのだ。

 最も、それを当人に伝えるにはあまりにも気恥ずかしさが先に立つため、一度だって伝えたことはないのだけれども。


「……ここに住むつもりか?」

「そのつもりだよ。前回来た時と変わらず随分と殺風景なままの部屋があるじゃないか」

「それはそうだけど、そうじゃない!」


 思わず叫んでしまったルプスに対し、エクレピアは一切気にした様子がない。ぐぐぐ、と手を握りしめ、テーブルに頭を押し付けている様子をむしろ面白そうに見ていた。


 ―この男をどうしてやろうか。


 思わず胡乱なことを考えてしまったルプスの心情も、仕方のないことであっただろう。そもそもギルド職員と冒険者が共に暮らすというのもどことなく外聞が悪い気がしてくる。

 職員としての規定で冒険者と慣れあってはいけない、なんて決まりはない。ないが、ルプスの気持ちが落ち着かないのだ。

 当然、職員として外部に話してはいけないことだってある。だがそれは相手が冒険者であろうとなかろうと関係のない話。

 どことなく落ち着かないのはギルド職員と冒険者はあまり仲が良くない、という噂のせいだ。

 そしてそれは大きく間違えた話ではない。敢えて訂正するならば、たまたま対立することが多い、というだけだった。

 冒険者からギルド職員となったルプスだからこそ、それぞれの立場から見えるものがある。

 冒険者としてはいちいち規律を守っていたら危険に相対した時にとっさの判断が出来なくなる。

 反面、ギルド職員としては規律を守らなければいざという時に冒険者自身を守ることが出来なくなってしまう。

 凡そのギルド職員と冒険者の対立はこれに尽きるだろう。

 職員に対して武力を持たないと下に見て横柄な態度をとる冒険者もいれば、冒険者を荒くれ者だと見下す職員もいる。だが、それらは全体から見れば非常に少ない。

 冒険者もギルド職員も経験が長くなれば長くなるほど、互いに互いがいなければ冒険者ギルドというシステムが成り立たないことを実感していくのだ。

 だからこそ、高ランク冒険者が拠点とするギルドを変更するということは大きな影響をもたらすのだ。

 変更先のギルドは戦力が増え多くの依頼を熟す機会を得られるが、元のギルドから見れば引き抜きであり、純粋に戦力低下に陥る。

 それを避けるために各地域で冒険者が少しでも所属してもらえるように対策を練っているのだ。だが、ルプスの自意識過剰でなければ、この地にルプスがいるから移籍したというような人間関係を元にした移籍は、どんな対策を練ろうとも意味がないだろう。

 ルプスの複雑な心境はひとまず置いておき、Aランク冒険者であるエクレピアの移籍は辺境ギルドとして考えるなら諸手を上げて喜ぶことだった。特に今は多くの依頼が舞い込む中で高ランク冒険者が少なく、戦力的な不安を抱えていたところに現れた救世主のような存在だ。


「王都から文句が来そうだな……」


 本来であれば冒険者を止めることはできない。故に、移籍を望むのであれば誰であろうと止めることが出来ないのだ。だが、長く高ランク冒険者がいた土地は、彼らがいることを前提として依頼を受けている側面もある。恐らく、王都の冒険者ギルドは急な移籍の知らせに慌てふためいているだろう。まだカリュスやソウムといった他のAランクが残っていたとしても、エクレピアと同等に魔法を使えるものはいなかったはずだ。これまで彼が受けていた依頼を誰に振るのか頭を抱えることになるだろう。

 ルプス自身がこちらに来た時に大きな影響が出なかったのは、この土地の領主自身からの誘いがあったこと。そして、怪我を負ったことにより冒険者としてではなく職員として移籍することで戦力的に影響がないと見なされたことが大きい。

 もしあの時、怪我をしておらずAランク冒険者として移籍してくるのであれば何かと面倒に巻き込まれていただろう。いや、そもそも怪我をしていなければ辺境へと移籍することもなかったのだからこうした心配をする必要もなかったか。

 どの街も高ランク冒険者の存在は喉から手が出るほど欲しい存在なのだ。力がある冒険者がいればそれだけで街の安全が守られる。だからこそあの手この手でほかの街に所属する冒険者たちを移籍させようとするのだ。

 しかし、冒険者の自由は冒険者ギルドによって守られている。

 どれほどの権力を持っていたとしても、無理やり移籍させることは誰にもできないのだ。

 その代り、冒険者は何かあれば他の都市でも助けに行くことが決められている。

 冒険者の自由はその決まりがあるからこそ守られている自由でもあった。

 冒険者の頃に世話になった王都冒険者ギルド職員を何名か頭へと浮かべて、乾いた笑いが口から零れ落ちていく。

 そもそも、エルフという種族で冒険者になるものは非常に少ない。

 エクレピア曰く、彼の種族は里の外に出ることを良しとせずにエルフだけで纏まって暮らしているらしい。ある種、ルプスの故郷と似た状況だった。そしてその中から稀に外に出ていたとしても冒険者よりも長い寿命を活かして研究者となることが多いというのだ。

 エクレピアのように冒険者になり、その魔法の腕を活かした活動をするものは過去にも数えるほどにしかいないらしい。そう聞けばどれだけエクレピアの存在が稀有なものなのかよくわかる。

 更に、エルフの外見は多くのものにとって非常に魅力的だった。彼が街を歩いていれば冒険者ではなくとも姿を視線だけで追っている住人も多くいたものだ。

 だからこそエクレピアの存在は王都でも特別だった。

 王都冒険者ギルドの看板冒険者、といえる。

 その彼がルプスを追って辺境へとやってきたのだ。

 恐らく、王都の冒険者ギルドからしてみれば実力面で見ても、住人からの人気で見ても戻ってきてほしいと願っているだろう。ただでさえ面倒ごとを抱えているというのにこれから先に増えるだろう面倒ごとを考えると頭が痛くなってくる。

 それでも、エクレピアに王都に戻るように言う気は全くなかった。面倒ごとが起きるとわかっていてなお、ルプス自身、エクレピアが来てくれてうれしいのだから。


「文句は言わせないさ。既に両ギルドマスターには連絡を入れている。どうにか調整してくれているだろう」


 それに他の仲間たちは残してきた。

 そう肩を竦めていうエクレピアの姿に、思わず脱力してしまった。

 自分の移籍が原因で面倒ごとが起きるとわかっていて先に手を回したのだろう。

 しかし、その気遣いが出来るならば何故、先に連絡をくれなかったのか。

 不満と疑問を詰めた視線で見つめれば、少し首を傾げた後に、にやり、と明らかに面白がっているとわかる笑みを浮かべた。それだけで、理由がわかってしまう。


「その方が面白いと思ったからな」


 そういえば、そういう男だった。ルプスはかつてこの見た目に騙され泣きを見た他の冒険者たちを思い出した。綺麗な見た目に反してその内面は計算高い。また、自分を含め自由気ままな仲間たちの手綱を握っている印象を周りに与えながらも、なんだかんだで自我が強く自分のやりたいことをやり通す男だった。


「もう自由にしてくれ……」


 ルプスに言えるのはそれだけだった。わざわざ言わなくとも自由にするだろう、という諦めには気が付いただろうか。気が付いていても気にしないのだろうなぁ、とこれまでの経験でわかってしまい、何度目かわからないため息をついてしまう。

 だがルプスは気が付いていない。

 本当にルプスが嫌がり、心から止めていればエクレピアが止まるのだ。ルプスがエクレピアに甘いように、エクレピアもルプスには弱い。他の誰かの言葉ではなく、ルプス自身の言葉ならちゃんと耳を傾ける。

 それだけの情が二人の間には確かにあるのだ。

 エクレピアはそれをきちんと理解していた。ルプスが無自覚なことも含めて、しっかりと。

 だから、今もルプスが見ていないところで楽しそうに笑う。

 これだから、手放せないのだ、と。


「あぁ。そういえば、いくつか素材と不要な武器も持ってきているから適当にギルドに出しておくぞ」


 当然のようにエクレピアの荷物には魔法鞄がある。かつてはパーティー内でもルプスだけが持っていた貴重品も、全員が持てるほどに彼らの名前も売れていた。おかげで王都から辺境への引っ越しも随分と楽にできたのだ。


「適当にって……、いや、いいんだけどさ。素材も武器もギルドの窓口に持っていけば買い取るぞ。その辺は王都と変わらないが、素材はこの辺にないものなら高価買取してるからよろしく」


 地域によって採取できるものが変わってくる。王都付近と辺境だと気候も違うのか、似たような物でも効果が違うなんてこともざらにあった。故に、欲しい効果を持つ素材を得ようとすれば取り寄せることも多くある。ギルド間での取り寄せには魔法鞄のような仕組みの箱が使われているが、それだって決して安い魔道具ではないのだ。更に、取り寄せたものの品質まで保証されているわけではない。下手をすれば二度・三度と同じものを別の場所から取り寄せる必要があったりするのだ。

 それを使うとなると経費も馬鹿にならない。

 だからこそ、他所から来た冒険者がその地域にない素材を納品する際は高価買取する。それでも取り寄せするより確りと品質を確認してから買い取れる分、安上がりだった。


「あとこれ。あいつらからの手紙だ。返信って言っていたな。それから渡してくれって頼まれたいろいろ。多分日用品か? 何かと心配していたからな」

「……あぁ、ありがと」


 前にエクレピアが来た時に彼が返ってからだした手紙に対する返信だろう。

 内容は何の変哲もない近況の報告だ。無事であることを伝えられればそれでいいと出した手紙。普段から手紙を書く習慣がないせいでまるで仕事の報告書のような雰囲気になってしまい、そのまま出していい物か躊躇ったものだった。

 それに対して返信がくるなんて考えてもいなかった。戸惑っているルプスに気が付いたのだろう。エクレピアの手が優しくルプスの頭を撫でた。

 普段ならばその手を払いのけた。

 けれど、エクレピアも彼らと同じように自分を心配していたと、先ほどの声から気が付いてしまって、どんな表情を浮かべればいいのかわからなくなってしまった。

 彼らが薄情だなんて思っていたわけではない。

 けれど、勝手にいなくなった相手をそれほど気に掛けると思ってもいなかったのも正直な気持ちで。

 嬉しさと申し訳なさに言葉が詰まってしまった。


「あいつらも会いたいって言っていたからそのうち来るかもな。まぁ、今は俺だけで我慢してくれ」


 くしゃり、と髪を混ぜる手のやさしさに、ぐ、と眉が寄る。

 そうしなければ声を上げて泣いてしまいそうだった。

少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。

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