表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Miculum・fabura  作者: 黒井白


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第十二話 潜む影

 ぱさり、と机に手紙を投げ捨てた。

 風に飛ばされそうなほど薄い封筒はどんどんその上に物は置かれ、次第に見えなくなってしまった。


「読まないのか?」


 不意にかけられた声に肩を揺らす。

 いつから見ていたのか。

 声の主は同じように荷物を片付けていたはずの同居人だった。こちらのことなど気にしていないようだったのに、手紙を放り投げたのを見ていたようだ。

 不審に思われただろうか。

 荷物の詰まった袋を開けながらそっと同居人の方を伺う。

 聞いておきながら答えに興味がないのか、彼は自分の場所だと割り当てられた場所を整えることに集中しているようだった。

 単に気になったからただ話題の一つとして聞いた。

 そんな風に彼の纏う雰囲気が語っている。


「……後で読むから大丈夫。ちょっと家族と喧嘩しててさぁ。小言が書いてありそうだから読むの後回しにしたいんだよな」


 ふぅん、と呟き完全に興味を無くした、という雰囲気の相手に少しだけ不満が湧き上がる。

 興味がないのならわざわざ声をかけなくてもいいのに。

 とはいえ、これから共に暮らす相手である以上は無意味に無視することも出来ない。

 ひとまずこれ以上追及されなかったことに安心した。

 そして、その封筒に記された文字を見られなかったことも。



 ■ ■ ■ ■


 急遽決まった新人二人の入職。

 どちらも自分のような一職員では顔も合わせられないような立場にいる人たちからの横入りで全く新人が入る季節じゃないというのに押し付けられたのだという。

 上からの希望は調査部に入れること。

 しかし、調査部はその仕事内容から同じ冒険者ギルドの職員ですら詳しく知らないような者も多い部署だ。それなのにぽっと出の新人を入れようとすること自体がおかしな話だった。

 本来ならあり得ない人事だ。

 ギルドに到着するとすぐにギルドマスターの執務室に呼ばれた。

 新人が来るまでまだ時間がある。その前に彼らに聞かれたくない打ち合わせを終わらせてしまおうということなのだろう。

 マスターの執務室に入れば、非常に不機嫌そうに表情を歪めた彼の姿が目に入った。それだけこの人事に対して不信感や苛立ちを抱えているのだろう。

 実際、ルプスから見ても裏があるようにしか見えない急な人事だ。しかも、表立った部署ではなく。情報部に所属させる、という時点で怪しさしかなかった。


「随分と不機嫌そうですね」

「不機嫌にもなるってもんだ。……今日入る新人は前情報通り二人だ。どちらもルプス、お前の下につける」

「ごり押しって言われたのはどっちですか?……いや、もしかしてどっちも?」


 深いため息が部屋に響く。問いかけに直接の答えをもらえなかったが、それが何よりの答えになった。まさか、と頬が引きつる。

 こんな急な人事を、二人もねじ込むなんて相手も何を考えているのだろうか。仮にルプスが新人について何も聞いていなかったとしても余りに怪しすぎる行動に疑いを向けていただろう。


「それぞれルートは違うんだけどな。互いに他にいると予期していなかった可能性もあるが……。彼らはそもそも調査部のことを詳しく知らない可能性がある」


 頭が痛い、と目を瞑る姿は疲労の色が濃い。ただでさえ辺境に位置する以上、他の都市の冒険者ギルドよりも気を配る対象は多いのだ。その地のことだけでなく、他国のことにも気を配らなければならない。故に、辺境にある冒険者ギルドはここに限らずとも多忙になる。

 こんな風に疑惑を抱かせるような形でなければ新人職員は常に歓迎されるような状態だった。

 その中でも特に調査部は多忙な部署だった。そもそも所属する職員が信頼を積み重ね、実績を重ねていなければならない。

 調査部という部署は他国の冒険者ギルド全てにあるわけではない。

 だから、調査部に入った新人二人も恐らく調査部が何をしている部署なのか知らないで入職する可能性は非常に高い。

 それならば表面だけを教えればいい。

 調査部は依頼の裏取りをするのが主な仕事だ。簡単な薬草の採取や素材集めならば問題ない。だが、希少な素材を求める者や、護衛依頼などは特にその裏を追う必要がある。

 しっかりと調べなければ密輸の片棒を担ぐことになったり、護衛と言いながら冒険者自身を狙う犯罪者だったりする。

 だが、それだけではない。

 素行の怪しい冒険者や、この国に敵意を抱いていそうな冒険者の行動調査をすることもある。

 また、過去に罪を犯した経歴があれば監視対象となり、問題行動を起こせば他の冒険者に比べて厳しい罰が与えられることもあった。

 これはこの国の決まりだった。


「教える仕事の範囲は俺の方で決めていいんですよね」

「あぁ、任せた。現時点では試用期間として扱っていい。何かあれば俺にいえ」


 それならば、少しは気が楽になる。

 新人たちがどれだけ知識を与えられてやってくるのか分からないが『調査部』として行う仕事の表面だけを教えればいいだろう。例えそれに不満を持たれたとしても問題はない。

 冒険者であっても駆け出しのころは出来ることが少ない。同じように冒険者ギルドの職員になったとしても最初から華々しい活躍等できるわけがないのだ。

 二人は視線をあわせて執務室を後にして、他の職員がそろっている場所へと移動した。


 二回目の知らせの鐘が鳴る前は普段なら新しい依頼を貼りだしたり、ギルド内を掃除したりする時間だった。しかし、今日は新しい依頼を貼る手を止めカウンターの前へと並んでいた。

 その視線の先にあるのは二人の青年の姿。

 興味津々だという雰囲気を隠さない職員たちに少しだけ気後れしている様子に少しだけかわいそうになる。もしこの姿が演技だとしたら随分と手練れを差し向けたのだと判断する。

 ルプス自身、職員になったころ同じように見世物を見る目で見られた記憶があった。

 特にルプスの時はAランクまで上り詰めた冒険者であること、怪我で続けられなくなったことが先に噂として流れていた為に余計に興味を持たれていたのだ。

 彼らが皆の興味を引いているのは時期外れの配属だからだ。

 通常、新人が入る時期は春先だ。

 獣の繁殖期よりも前に新人を入れ、慣れた頃に繁殖期がやってくる。つまり、冒険者ギルドが忙しくなる時期に入る。

 夏の今はむしろ一番忙しい時期と言っていい。

 魔獣だけではなく、薬草が生い茂る時期にもあたる為に採取の依頼も増える。現に今もボードには依頼書が山のように貼られている。

 そんな時期に入ってきた新人など『訳アリ』に決まっていた。


「ひとまず、新人二人はルプスの下で冒険者ギルドについて、そして、日々の仕事について学べ。こいつは冒険者あがりだから学ぶことも多いだろう」

「はいっ」

「了解しました」


 返事一つにしても二人の印象は随分と違うことがわかる。

 落ち着いた雰囲気で言動も印象のまま冷静さを感じさせるクルツ。

 活発な雰囲気であたりを見渡し落ち着かない雰囲気を感じさせるナイン。

 前情報でどうしても疑いが捨てきれないが、目の前にいる二人の姿はどこにでもいる新人職員そのものだった。それならばこれまでの新人たちと同じように扱うことに決めた。

 当然、渡す情報に気を付けるが、変わるとすればそのくらいだ。


 基本的に午前中は新しい依頼の処理や前日に冒険者ギルドを閉めたあと、深夜に起きたことを纏めるのが主な仕事になる。

 それらが早めに終われば街中の見回りをし、困っている住民がいないか確認することも冒険者ギルドの役目だった。その為、ある程度の自治権を領主から与えられていた。

 今日はそこに新人たちの顔見せという目的もあった。

 住人たちに顔を覚えてもらい、何かあれば直ぐに声をかけてもらえるようにする。そうすることによって街中で問題が起きてもすぐに対応が出来るようになるのだ。

 昼時になれば屋台で買ってきた食事を広げる。

 今日は全てルプスの奢りだ。

 嫌いなものがないかだけを確認し、自分のお勧めの屋台であれやこれやと買い、時には頼んでいないものまで増やされて住民たちに混ざり広場に置かれたテーブルの一つに座った。

 王都で流行っている物がここにくるのは遅い。けれど、それを自分たちで変えていき辺境ならではのものになり王都から見れば目新しいものになることも少なくない。特に王都では入りにくい他国からの食料を使った辺境ならではのものが多い。

 新人二人は珍しそうな顔をして甘辛い味付けをされた肉が薄い皮に包まれたものを食べている。

 こちらでは子どももよく食べる軽食の定番となっているものだが、王都では中々食べられないものだろう。何せ使われている調味料は他国から持ち込まれたもので、ここから王都まで運ぶと高級料理並みの金額になってしまう。

 そうしたものが、この辺境では多くある。


「これ、初めて見ました。こちらでの流行りですか?」

「王都から入ってきたものだからあっちでもあるんじゃないか?とはいえ、俺も王都から移って長いから最近の流行りはわからないけど」


 目を輝かせながら食べる姿は年相応の幼さとかわいらしさがある。

 ルプスが彼らと同年代の頃はどうだっただろうか。自身の認識では随分とひねくれていて彼らのようなかわいらしさとは無縁だった記憶がある。

 それでも周りの大人たちにかわいがられたものだった。

 その経験があるからこそ、駆け出し冒険者たちの面倒を見るのも嫌ではないのだ。かつて自分が周りから受けた恩を、これから活躍していくだろう子どもたちへと渡していく。

 流されるようにして成ったギルド職員だったが、今ではこの仕事に対して責任と誇りがあった。

 新人たちが何を抱えてやってきたのかわからないし、疑いは疑いとして抱えたままだ。下手に踏み込みすぎて情が移ると万が一の時に心が残る可能性があった。ルプスの仕事上、非情にならざるを得ない。だから、一定の距離は取り続ける。

 それでも彼らが職員として行動するのであればそれを見守り支えようと心の中で決めた。


 次の日になれば、冒険者ギルドに新人が入ったという噂は広がった。

 街の見回りの際に住人たちと挨拶を交わした結果だ。昨日は居なかった冒険者たちも新しい職員を見ようと冒険者ギルドへと詰め寄せていた。

 新しい職員の存在はある種、娯楽の一つとなっている。

 昨日以上に周りに見られていることに彼らは腰が引けていたが、こればかりは本人が慣れなければならないことだった。


「君たちが噂の新人さん?」


 噂に誘われ、久しぶりに顔をだした冒険者もいた。

 それが目の前に現れた男だ。ゆるく癖の付いた髪を一つにまとめて他の冒険者が着る装備よりも装飾に手間がかかっている。腰に下げた武器は業物であり王都でも名の知れた鍛冶師が作ったものだと知っていた。

 もうすぐでBランクに手が届きそうな男はこの冒険者ギルドに限らず王都でも名が知られていた。同じ依頼を受けたことは少ないが、冒険者だったころからルプスにとっても顔見知りの冒険者だ。

 実力だけを見れば本来ならとっくにBランクになっていてもおかしくない。だが、この男はCランクであることに拘り続けているのだ。

 その理由はBランクにあがると仕事が増えるから。

 ほどほどに仕事をしてほどほどの生活が出来ればいい。出来ることなら責任も少ない方が良い。

 そう常から公言して憚らないのがこの男だった。

 ある意味、非常に冒険者らしい男とであると言えるだろう。かつて冒険者をしていた身としては理解できる。だが冒険者ギルドとしては能力があるならランクを上げてほしいと願うが故に問題児と称されている男だ。

 彼自身、自分がどう見られているのかわかっていることと顔を出せば昇格の話を勧められることが面倒になり滅多に冒険者ギルドに顔を出すことがない。

 任務の達成報告はパーティーメンバーであれば誰でも構わないのもまた彼自身が冒険者ギルドに顔を出す必要がない理由の一つになっていた。


「新人教育任せられてるんだ。こいつはCランクのマトイ。こいつのパーティーメンバーは……」

「その辺で酒飲んでぶっ倒れてるから放っておいていいだろ」


 ついでにマトイのパーティーメンバーを紹介しておこうと思った途端に話を遮られた。何か隠し事でもあるのか、と横目でにらむが、当の本人は涼しい顔をしている。

 この男はこういうところが苦手だった。

 確か年齢はルプスより三つほど上だっただろうか。

 初めて会った時からのらりくらりと会話を交わす癖があった。


「マトイさん。よろしくです! 俺はナイン!」

「初めまして。俺はクルツです。……ナイン、せめて敬語を使いなよ。今まで冒険者としてやってきたんでしょう。そんな話し方する職員さんいなかっただろ」


 睨みつけるクルツに嫌そうな顔をするナインの姿が目に入る。自分とエクレピアの過去を思い出して少しだけ懐かしく感じた。

 村から出てきたばかりのルプスにとって王都近辺はあまりにも騒がしく、そして、物に溢れていた。冒険者ギルドにまずは向かうこと、と覚えていたから冒険者ギルドを目指していたが、それですら迷子になる始末。その途中で出会ったのが、同じく冒険者ギルドで登録しようとしていたエクレピアだった。

 当時は身の回りに居なかったエルフという存在と、周りを見下した態度が癪に障り頻繁に喧嘩を売っていた。

 それがいつの間にかパーティーを組むほど仲を深めるなんて、当時の自分からは想像が付かないだろう。自分たちはぶつかり合いながらも仲を深めることが出来たが、彼らはどうなるだろうか。

 昨日はそこまで話しているところを見なかったのは初日だから緊張していたのだろう。

 その横では愉快そうにマトイが笑みを浮かべている。

 二人ともまだ若い。貰った書類によればどちらも二十。そしてどちらも徒人族であり見た目と年齢は一致している。

 成人しすぐに冒険者になったにしてもこの年齢で職員へと抜擢されるのは能力があることの証左だ。


「敬語は少しずつ使えるようになれ。依頼人には貴族もいるんだ。出来ないと困るのはお前自身で、ひいては冒険者ギルド全てに影響するから気をつけろよ」


 俺だって使っているんだから、と言い聞かせると渋々と頷いている。

 少なくとも試用期間に貴族に関係する依頼に関わらせる予定はない。最も、最低限の礼儀さえ守ればほとんどの場合は問題ないことが多い。だが繁忙期の今では何が起きるかわからない。


「子どもの面倒は大変だなぁ」


 ふ、とルプスたちのやり取りを眺めていたマトイがそんなことをこぼす。確かにマトイから見れば新人二人はまだまだ子どもの年齢だろう。だが、若いながらに職員に抜擢されたのは事実だ。例えその裏に誰かしらの思惑があったとしても、実力がなければ任せられることもないだろう。


「茶化すならちょっと離れていてもらってもいいか?」

「お前は子どもに甘いなぁ」


 離れていくマトイに対して睨みつける二人の姿は冒険者になる為に地元から出てきたばかりの頃を思い出させた。決して間違えたことを言われたわけではない。けれど、素直に受け取れないでいるのだろう。

 自分にも身に覚えがある感情だった。


「ほら、二人とも。今日は外の見回りについて教えるから装備を整えておいで。準備が出来たら街の入口で集合。そこで装備の確認もする」


 職員として街の周りを見て回る際に気を付けなければならないことは幾つかある。

 一つに装備だ。

 万が一、魔獣に襲われ身動きがとれなくなっている冒険者がいれば保護する必要がある。その為に回復薬を多く持ち、身動きが取れなくなった冒険者を担ぐための補助としてロープも必要となる。また、救護対象者を連れて帰る際に魔獣に襲われないために魔獣除けの道具も必要になる。

 こうした対応は状況によって判断は変わるが、回復薬が足りないだけであれば手持ちを分けるだけですむ。もし治癒魔法を使える職員がいれば治癒魔法をかけることもある。

 しかし、どちらにしても無料ではない。冒険者は自由であるが、その分、自分のことは自分で責任を持たなければならない。

 それらの料金は冒険者ギルドに戻った後に請求されることになっている。もしその時に手持ちがなかったとしても、後々に依頼の報酬分から引かれることになっていた。

 もう一つが犯罪者を見つけた時の対応だ。

 街の外に出てから犯罪行為に手を染める冒険者は少なくない。

 例えば駆け出しの冒険者に対して行われる詐欺行為。

 例えば魔獣を刺激し暴走させ他人に擦り付ける行為。

 例えば自分よりもランクの低い冒険者に対して行われる恐喝行為。

 そうした犯罪行為を見つけたら、まずは武力で制圧する。

 ただし、詳しい話は街に戻ってから聞く為、その場で出来ることは武器を取り上げ、相手の反撃手段を奪うのみだ。街まで戻れば冒険者ギルドの対応する部署に引き渡し、内容次第では領主の管轄へと移っていく。

 今日は何事もなければいい。

 そんな風に考えながら街の入口で待つことしばし。

 走りながら近寄ってくる二人の姿に少しだけ目を細める。

 どちらもそれなりに装備は整っている。前情報としてどちらも冒険者として活動していた時期があるのは知っていた。

 装備は当時から使っているものなのだろう。

 真新しさはなく、どちらも使い込まれているようだった。

 持ち物は薬草と回復薬。それぞれの武器。そしてクルツの荷物には数枚の布があり、ナインの荷物には携帯食料が入っていた。


「まずは、ナインから。携帯食料をいれてある理由は?」

「万が一見回り中に予測できないことが起きて街に戻れなかった時の為だ、です。ここではないけど前に依頼を受けて街の外に出たときに霧が濃くなって戻れなくなった時があった、ので」


 敬語が怪しいが、ひとまずは置いておく。少なくとも使おうとする意識があるのは良いことだろう。そして、街に戻れなくなった場合を考えて用意した食料も良い着眼点だった。


「そうだな。確かに食料の有無は大切だ。万が一街の外で遭難した時に携帯食料がなければその辺で採取したりすることもある。そのあたりの知識を増やすのもありだぞ」


 ルプスは自然の中にある村で育った。それぞれの草木の名前を知らなくとも食べられるものか、食べられないものかを自然と判断できるようになっていた。

 実際、冒険者になってから調べてみれば殆どあっていたから生活に密着した知識は後々に生きるものだと実感したのだ。

 ただし、キノコや果実などは似たような物で毒を持つものも多くあることを知ったから、それからはきちんと調べてから食べるようになったが。


「次はクルツだな。大体の荷物は変わりないが、この布を入れた理由は?」

「はい。これは大判の柔らかい布で、俺の故郷では包帯代わりにしたり腕を支えるのに使ったり、物を包むために使っていました。万が一怪我をした時や、何か持ち帰る必要が出たときに使えるかと思って入れてあります」


 実際に触ってみれば、目が粗く見えるが柔らかく通気性も良い布だった。確かにこれならば怪我をしたところにあてて包帯代わりにすることもしやすいだろう。布自体の厚みや重さも問題なく荷物の邪魔になることもない。

 あまり見たことがない材質の布にどこで売られているものなのか後で確認しようと頭の中に控えておく。


「二人とも装備に問題はなさそうだな。じゃあ、これから街の外に出る。冒険者をしていた時は自分のことだけを考えればよかっただろうけれど、職員となるとそうもいかないからな」


 例えば、と見渡せば、先日Dランクになったパーティーの姿が見えた。こつこつと小さな任務を受けて経験を重ねていった若手で、ルプスの中で非常に好印象なパーティーである。


「彼らをどのように見る?」


 唐突に問われた二人は目を瞬かせてルプスが指したパーティーの姿を見た。

 装備は駆け出しならではの安い防具に武器。腰には皮の袋がぶら下がり、そこに薬草や薬が入っているのだろうと推測が出来る。

 背に背負った鞄も膨れていることからもしかしたら野営する可能性もある。


「装備から見るとなり立てですか。あぁ、でも彼らの連携は良さそうです」


 草むらから飛び出してきた小さな魔獣を危うげなく前衛が倒した。補助として放たれた弓は魔獣の足を貫いている。あの魔獣の肉はきちんと解体できれば柔らかく美味しい肉になる為、冒険者ギルドでも常に納品依頼が出ている。

 彼らはそれを知っているのだろう。

 魔獣を倒した前衛と弓使いがあたりを警戒したまま、戦闘時に出番がなかった魔法使いと思わしき装備を持った冒険者が解体を始めている。その手際もよく、慣れていることが伺えた。

 時折会話を交わしている様子から、パーティー内の関係も悪くないように見える。


「ああいったパーティーなら問題は無い。だがたまに一人に負担を強いて周りが楽をするようなパーティーもある。もしそういったパーティーを見つけたら話を聞いて指導をしたり、改善が見られないようであれば強制的に解散させることもある」


 そこまで酷いパーティーは滅多にないが、これまでに片手で足りる程度には見たことがあった。特にとんとん拍子で力をつけてきた冒険者が驕った結果、周囲をないがしろにすることがある。一時期そうした事案が続き、冒険者ギルドの初心者講習で冒険者の心得などという講習まで増えたくらいだった。


「さて、このままぐるりと草原を一周してから森の方まで行くぞ。見回りの順路は決まっているわけじゃないが、基本的にここと森は必ず見て回るように」


 自分たちが見られていてことに気が付いたのだろう。小さく会釈をした後に動き出した若いパーティーを見送り仕事の説明を続けた。彼らのような若い冒険者の姿は、職員になってよかった、と感じることだった。


「あぁ、あと魔獣が知っている動きと違う行動をしていたら何もせずにまずは冒険者ギルドへ報告。そのあたりは冒険者だった時と変わらないな」


 ぱんぱん、とそれぞれ背中をたたき気合を入れる。

 痛そうな顔をする新人たちに、にやりと笑って見せれば何も言わずに視線を逸らした。先ほどの冒険者たちよりも彼らの方が年上だ。

 だが、ルプスから見ればどちらも若い。

 出来ることなら先入観なしに出会いたかったものだ。

 苦い感情を飲み下し、彼らよりも先行して歩き出した。


 ■ ■ ■


「それで、怪しい動きはあるか?」

「まだ二日ですよ。なんもないですって」


 一日の仕事を終え、帰る直前にギルドマスターに呼ばれた。

 呼ばれた理由はわかっている。

 だが、たった二日で何かわかるわけもない。

 ギルドマスターもそれはよくわかっているのだろう。

 念のため聞いた、といった風でぎしり、と音を立てて椅子に背を預けていた。


「何もなければ、それでいい。だが、あまりにもタイミングがな……」


 五年前から続く溢れに対する各地の警戒が高まり続け緊張が続いている中で北国の介入と思われる薬物が密輸されそうになり人手が取られている。

 緊張状態が続き張りつめている時期に、断れない場所からの職員の斡旋。

 それも、表立って動くわけではない調査部へ。

 疑うな、という方がおかしな話だ。


「わかりやすく疑われるようなことはしていない。二日一緒に仕事をしてみても、まぁ、一般的な新人と変わらない。そんな状態なんで警戒しつつ通常の仕事をしますよ」


 それでいい、と頷くギルドマスターに、そういえば、とふと疑問が浮かぶ。調査部に所属し、他の職員とは顔を合わす機会があった。だが、一人だけ未だに顔を合わせてない相手がいることに今更気が付いたのだ。


「そういえばうちの上司ってだれなんですか」


 紹介されないのであれば知らないままのほうが何かと良いと考えていたが、相談先としてずっとギルドマスターに直接伝えるのもおかしな話だろう。本来であれば直属の上司に報告し、相手からギルドマスターに連絡が行くはずなのだ。


「言ったことなかったか? お前も仲良くしていたから知っているもんだと思っていた」


 もしかして、と過る顔があった。お調子者で、つかみどころがなく、しかし実力だけは確かな相手。今朝もギルドで顔を合わせた。まさか、と表情をひきつらせたルプスに誰を思い浮かべたのか理解したのだろう。

 重々しくうなずき、答えがギルドマスターの口から伝えられた。


「マトイだ。あいつは表立ってはCランクだが、既にAランクの認定を受けている」


 やっぱり、と顔をしかめてしまう。

 確かにあの飄々とした雰囲気に調査部はお似合いだ。


「……ひとまず、あの二人の様子は気にかけておきます。また何かあったら報告しますので、今日は帰りますね」


 ひらり、と手を振りギルドマスターの部屋を出るルプス。

 ドアが開くと同時に、ドアの近くにいた影がさっと動き消えていくのが見えた。


「誰だ!」


 慌てて静止の声をかけ駆け出していくルプス。だが、そこには既に誰もいない。

 執務室で行っている会話は防音の魔道具のおかげで漏れていないだろう。だが、それを盗み聞きしようとした人物がいることが問題だった。

 追いかけるか迷っていると、通路の先から戻ってくるマトイの姿があった。


「盗み聞きしてた奴がいたみたいだ。逃げられちゃったけどね」

「前途多難だな……。何も起きらなければいいが」


 ゆらりと揺れて見えた影に嫌な予感を感じ、ぶるり、と体を震わせた。


少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。

また評価を頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ