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第11話 不穏の種

 良く晴れた日だった。

 青く澄んだ空の下、ルプスは街の見回りと称してぷらりぷらりと街を歩いていた。

 久しぶりの休日だった。普段の職員としての制服でもなく、冒険者として防具をつけているわけでもない。

 気の抜けた格好をしているルプスの格好は周囲にも、休みなのだ、と伝わるのだろう。

 あちらこちらからかけられる声に手を挙げて答えながら、あたりを見渡す。

 これから街の外に出るだろう冒険者。

 呼び込みをする店員に値引きを交渉する子ども。

 道には立ち止まり会話を交わし笑いあう人々の姿もあった。

 場所が変わろうとも変わらない、何気ない日常だ。


 エクレピアが帰った日からルプスを含めてギルド職員は慌ただしい日々が続いていた。

 それもこれも、ダンジョンの調査で判明したダンジョン内及び周囲の魔力濃度の上昇と、それに対してどのように対応していくかの話し合いに時間がかかった所為だった。

 安全性を多めに取るためにダンジョンに入る許可を出す冒険者のランクを上げることを提案する者もいれば、浅い層で稼いでいる冒険者たちの行き場がなくなることを危惧する者もいた。

 また、浅い層で稼いでいた冒険者がダンジョンに入れなくなったことで実力以上の依頼を受けて稼ぐ危険性もあげられた。

 魔力濃度上昇の影響を受けたとされる魔獣の異常行動は二年前に一度のみであり、ランクの引き上げはやりすぎではないか、と冷静になることを求める者もいた。

 ルプス自身の気持ちとしてはこのグループに属する。

 二年という年月は短くない。

 その期間を特に異変もなく過ごしてきた事実が余計に今更、と感じさせ、ランクの引き上げに対する反対が起きる原因だった。

 当然、問題がまったく何もなかったわけではない。

 ダンジョンで死んでしまった冒険者はいたし、依頼の最中に音信不通になったものもいた。

 だが、それは騒動の前から同等の問題は起きていて原因がどこにあるのか判断つかなかったのだ。

 冒険者はいつだって死の隣りあわせだ。

 いや、冒険者に限らず、この世界に生きる者にとって死はすぐそばにある。

 常に変わらないことなどないと、誰よりも冒険者たちがよく知っているのだ。

 だから彼らは死なないために、明日も生きるために情報を得て自分たちでも対策を練る。

 最終的に、この二年間もそうして生きてきた冒険者たちにとって今更ランクが引き上げられるよりも現状を維持した方が影響が少ないと判断された。

 また現在の状況がいつまで続くか判明していないことも現状維持の後押しとなった。

 溢れが原因の魔力濃度上昇の場合、次第に元と同じくらいまで薄まると言われている。

 今回の問題は溢れではないが『周囲の魔力濃度が変わった』という点で同様の扱いをすると判断された。

 しかし、以前と同じほど薄まるまで一体何年かかるのか土地によって変わる。一時的にランクの引き上げを行うにしても明確にいつまで、と期限を決めることが出来ないのだ。

 それならば恒常的に引き上げを行うという案も出たが、一時的であれば問題ないと考えた冒険者たちからも不満が出てしまう。

 辺境は他の土地よりも冒険者に頼っている部分が大きい。

 街の些細な問題や治安維持にも手を貸してもらい、なおかつ、街の外の魔獣は国の中央よりも強くなっている。

 不満を育て大きくした冒険者にそっぽを向かれるよりも妥協できる箇所を決めた方が街の為にもなることだった。

 ただし、これまで以上に魔獣に関する情報を集めること。

 そして万が一、溢れの兆候があればすぐさまダンジョンを閉鎖することを改めて徹底するように、と決まったのだ。

 その話し合いの為に随分と残業に休日出勤にと扱き使われていたのだ。


 にぎやかな商店通りから少しだけ脇道に入る。すると一気に人の気配がなくなった。子どもたちにはこちらが側には決して子どもだけで入らないように、と言い含めている道だ。

 表には出せない合法ぎりぎりの品物が置いてある薬屋だとか、訳アリの物ばかりおいてある雑貨屋などが立ち並ぶ一角にルプスの目的とする店があった。

 蔦の這う壁に中の様子が伺えないくすんだ窓。

 店であるかどうかの前に、ここに人が住んでいるかも怪しい雰囲気を醸し出している。

 だがよく見れば門扉から建物の入口まで続く道は綺麗に整えられていることがわかるだろう。

 その道をルプスは何の躊躇いもなく歩いた。

 灯り一つついていないドアをあけると、鼻先を独特の香の匂いがかすめる。


「やぁ、いらっしゃい」


 カウンターには『胡散臭い』という言葉を体現したような男が座っていた。

 深紅の髪を背中まで伸ばし、どこかの民族衣装だと思われる服を着ている。手に持つ煙管からゆるりと上がる煙が店の中に充満する匂いと混ざり合い独特の香りとなっていた。

 だが、その匂いも不快なものではない。

 にこやかに細められた瞼の奥が存外鋭い光を宿していることをルプスは知っていた。

 パタン、と軽い音を立てて閉まったドアを背にカウンターへと近づく。

 その途中に散々見たお知らせの紙が貼られていることに気が付いた。


「ここにも貼りに来たのか」

「あぁ、ダンジョンのランクについてか。わざわざ職員さんが来て貼っていったさ。こんな客も少ない店なのに律儀だよなぁ。まぁ、ここに生きる者にとって必要な情報だからねぇ」


 その知らせは冒険者がよく立ち寄る薬屋や道具屋、そして宿屋にも貼られている。

 当然同じ内容のものが冒険者ギルドにも貼ってあるのだが、今日あたりには他の掲示物に紛れている予感がしていた。

 また、お知らせを読まない冒険者もいるだろう、と依頼の受付をする際に説明をすることになっている。

 ダンジョンのランクは据え置きでも周囲の魔獣が強くなっていることは確かなのだ。

 改めて周知することは必要なことだった。


「俺としてはここにくるならお前が来るかと思ったんだけどな」


 艶やかな赤い髪をかきあげ、にやりと笑う姿はルプスから見ても魅力的だ。

 謎の多い男はそれだけで興味を引く。

 この男の外見に魅せられた相手は男女種族問わずに多い。

 それによる諍いに巻き込まれたのがこの地に来たばかりのルプスだった。

 それを繰り返した結果、何故かなつかれて彼由来の問題ごとに頻繁に呼ばれるようになった。

 最近ではこの男の問題がギルドに持ち込まれると内容にかかわらずルプスが呼ばれるようになってしまった。


「で、今日はおさぼり?」

「普通に休みだし」


 間髪入れずに言い返すルプスにけたけたと笑う男はルプスが休みであることも、ここにやってくることも当然把握していたはずだ。

 机の上に残されていた紙の束を引き出しへと片付け、空いた場所へカップや焼き菓子の乗った皿が並んでいく。

 お菓子作りが趣味だと聞いたのはどれくらい前だっただろうか。

 日々の食事作りすら面倒に感じるルプスにとってはこの男の趣味は理解できないものだったが当時食べさせられたパンケーキは確かに美味しく、こうして店を訪れるたびに供されるお菓子を楽しみにしていることは否定できなかった。

 勧められて手を伸ばした焼き菓子は相変わらず美味で、思わず来た目的を忘れるところだ。

 表情の変化でルプスがそれを気に入ったことに気が付いたのだろう。

 小さく笑う声が聞こえて思わず手にしていた焼き菓子を更に戻してしまった。

 そして紅茶を一口飲む。

 さっぱりとして飲みやすい味は比較的好みのものだった。

 後でどこで買ったのかを確認しよう、と頭の片隅で考えながら、今日の目的へと意識を切り替えた。


「ちょっと情報が欲しくて来たんだ」

「それはそれは。一体どのような情報をお求めで?」


 ここは情報屋だ。

 そしてこの男は客をえり好みするせいで繁盛している、とは言い難い。

 生活に困っているという話を聞いたことはないからそれなりには稼いでいるのだろう。

 だが、こうして急にやってきても他の客と被ったことはなかった。


「最近の王都冒険者ギルドやその周りの様子について知りたい」


 前触れもなく急に訪れたエクレピアについて、落ち着いてから考えると気になることがあった。

 ルプスのことを心配してやってきたことに嘘はないのだろう。

 だが、彼はAランク冒険者だ。

 かつてルプスも王都で同じパーティーにいたからよく知っているが、自由を謳う冒険者とはいえ高ランクになればなるほど自由は減っていく。

 武力は当然ながら、Aランクという肩書が持つ権力は恐らく冒険者本人が思っているよりも重い。

 彼らが所属する地域はそれだけで周りから尊重されるようになる。

 ただ武力があるだけでは辿り着くことが出来ない。

 特殊な種族でもない限り自力で辿りつくことが出来る一番上のランク。

 それがAランク冒険者という頂きだった。

 故に、Aランクまで上り詰めた冒険者は自分の居場所を明確にしなければならない決まりがあった。

 これは高ランクに至った冒険者自体を守る仕組みでもあった。

 彼らの権力や武力を求めて他国から狙われる。

 武力だけであれば対処できても、国が絡むと難しいことも多い。

 その際でも居場所をはっきりとさせておけば自国が手助けをしてくれる。

 そうした決まりが出来ていた。

 かつてのルプスはただ周りとの実力差を嘆き足搔き続け、結果、Aランクまで上り詰めることが出来た。

 だが、そうした決まりには疎く、依頼などで遠出した時は冒険者ギルドに顔を出す、ということしか覚えていなかったのだ。

 自分のことだというのに確りと理解したのはギルド職員になってからのことだった。


「王都ねぇ……。そういえばあっちの方はなにか騒がしいようだな。そうだな……五年ほど前からか」


 ぴくり、とルプスの耳が震える。

 五年前に王都で何が起きたのか。ルプスはよく知っていた。

 ダンジョンの溢れ。そして、それはルプスが冒険者を諦めギルド職員になる原因となった出来事だった。

 無意識に足をさする。

 日常生活に問題がない程度に回復したけれど、未だにかつてのように動くことが出来ない。

 もっと何かできたのでは無いか。

 その思いは今も残り続けているし未練も微か残っている。

 だが、ギルド職員として過ごす日々も大切な日常になっている。

 ここに来るまでにみた街の日常が今のルプスにとって守りたいものだった。


「王都で溢れが起きてから連鎖するように地方でも次々と溢れが頻発していて対応に追われていたらしい。あまりに範囲が広すぎて未だに復旧が進んでいない土地もあるみたいだな」

「ここは溢れじゃなかっただろ?」

「あぁ、ここは魔力濃度が上がる程度で終わった。だが、それは冒険者ギルドの対応が早かっただけだとも言われている。そもそもダンジョンから魔獣が出てこなかっただけで、あれも溢れの一種とみなす動きもあるくらいだ」


 本来ならまだ先のはずの溢れが五年前に起きた。

 そして、二年前の辺境で起きた魔獣の異常な行動。

 五年前の溢れは人為的に起こされた可能性がある。

 二年前の異常行動も同じ可能性は考えられた。

 とん、とん、と指先があごを叩く。

 溢れは災害だ。

 誰にとっても被害しかもたらさないと考えられていた。

 しかし、二年前の魔力濃度の上昇が人為的に起こされたのだとしたら、その先に訪れる溢れから得られる利益を望んでいた存在がいるということだ。

 魔獣被害を受けても利益が出ることなどあるのだろうか。

 しばらく考えてみても、ルプスの持つ情報だけでは理解できない。


「ダンジョンの溢れが何をもたらす? 魔獣の素材で稼ぐか、武器の強化……? それにしたってあまりに迂遠が過ぎる。いや、戦争……?」

「そのどれも当たっているかな」


 新しい書類の束が皿を避けた場所へ置かれる。

【機密情報】と表紙に大きく書かれた紙が無造作に置かれている様子にどこか滑稽さを感じる。

 だが、中身を読み進めていけば確かに機密扱いとすべき内容であった。

 ルプスの住む国は魔獣被害を考えなければ比較的平和な国である。

 寝るところに困らず、日々食べるに困ることもない。

 内乱だってルプスが生まれてから起きていない。

 貧富の差はどうしたって存在するが子どもでも小遣い程度は稼ぐことが出来た。

 それは冒険者見習い制度である。

 ギルドに認められた冒険者と共に街の外に出て弱い魔獣や薬草を摘む経験をすることが出来る。

 当然自分で倒した魔獣や摘んだ薬草は子ども自身の実績になる。

 その実績は成人し冒険者として正式に登録する際の情報に加算されるとあって辺境に住む子どもたちは大体この制度で小遣い稼ぎをしていた。

 しかし、他国から来た冒険者から話を聞くと、国によってはその制度を悪用している場所もあるのだという。

 子どもの見つけた有用な薬草を横取りや、荷運びとして酷使したり、最悪の場合では危険な魔獣に対しておとりとして使うこともあると聞く。

 そうした国では冒険者が得た魔獣素材の内、有用なものや貴族が好むようなものは富裕層が独占し、また、成果に対する報酬が適正に払われないこともある。

 この国であれば貴族からの依頼に対して冒険者ギルドが中に立ち搾取されないようにされている。

 だが、そうした国では冒険者ギルド自体が貴族と繋がり冒険者から搾取する立場となっているようだった。

 安く買い取り、高く売り利益を得る。

 商売をしている以上、ある程度は仕方のないことだろう。

 しかし労力に見合わない報酬にどれだけの冒険者が命をかけるのか。

 結局、冒険者をないがしろにしていた国から彼らは離れていきルプスの暮らす国を始めとした冒険者が生きやすい国に集まるようになったのだ。

 その一部は山賊のようなものに身を落とし、先日の『茶葉』の取引をしていたような存在になってしまっているが、真っ当に評価されるようになり以前よりも力をつけている者も少なくない。

 ギルド職員としても能力のある冒険者が増えることはうれしいことだ。

 その反面、冒険者が減った国では魔獣に対処できなくなり国が荒れ始めた。

 その国に住む民としてはたまったものではないだろう。

 誰もが魔獣と戦えるわけではない。

 作物は荒され、ただでさえ暮らしが厳しいというのに魔獣被害まで大きくなり国に対する不満が強くなっていく。

 このままでは反乱がおきてもおかしくないほど、国の内情はひどくなっているようだった。

 そうした国が相手の国で溢れを人為的に起こさせる可能性はゼロではない。

 その前に悪意を逸らす先として冒険者が移った国を選んだ。


  冒険者は他国へ行ったのは相手が勧誘するからだ。

  冒険者以外の職人が他国へ渡るのも相手が攫って行っている。

  我が国の物だ、返せ。


 要約すればそのようなことを言っているのだという。

 その国の名前は『セリオネス』

『茶葉』の時にも名前が上がった国だった。


「流石に国としての公式発言じゃないけど、かの国ではこれが信じられているようだよ」

「やだなぁ。完全に言いがかりじゃん」


 公式発言ではないものをどうやって手に入れた、なんてことはこの男相手に無粋な質問だ。

 例え閑古鳥が鳴いているように見える店でも、この男自身の能力は疑うべからず。

 目の前の男の容貌からは信じられないほど丁寧にまとめられた書類を一つ一つ確認していく。

 全く納得のいかない相手の言い分もこれを読めば何かわかるものがあるかと考えたのだ。

 だが、結局頭が痛くなるような情報の羅列に胃が重くなったような気がしただけだった。

 顔にかかる髪を後ろに撫でつけ、深く息を吐きだした。

 こんな馬鹿げた言い分で戦争を起こされるのも更に馬鹿げている。

 更に言うならこのような短絡的な思考をもつものがギルドマスターが警戒するほどの魔道具を作れるとも思わない。

 裏に他の存在があるのか、それとも対外的に見せている姿があるのか。

 いや、そうした魔道具を自分たちで開発しているとも限らない。

 自分たちで作れないなら他所から買ってくる可能性も高い。


「魔獣の強化並びに言うことを聞かせる方法について研究してる場所はあるか? もしくは、魔力そのものの増減に関して」

「……それを聞いてどうする?」

「対策を練る。これから先似たようなことが起きたときに情報を知っているのと知っていないとでは差が出るだろ」


 普段は人を食ったような態度をしている男が、笑みすら浮かべずに見定めるようにじっと見つめてくる。

 何を警戒されているのか、ギルドマスターに聞いていた話から推測がついた。

 おそらく、この男は研究所の存在もそれに関わる存在も情報として知っている。

 そしてその危険性を充分に理解しているからこそ、情報の扱いには真剣になるし下手な相手に渡すことはできないと警戒する。


「……ギルドマスターから話を聞け。俺にはお前にそれを話していいのか判断がつかん。だが、それに首を突っ込むなら、身の回りにはこれまで以上に気を付けるんだな」


 これ以上は何も答えない。そう示す態度にルプスもこれ以上聞き出すことを諦めた。

【機密情報】と書かれた書類はそのまま置いていく。下手に持ち歩くのは怖く、また、自室から盗まれでもしたら問題になる。

 そもそも、食料品を入れられる程度の鞄の中は書類を入れられるだけの余裕はないのだ。

 こんなことなら魔法鞄を持ってくればよかっただろうか。

 魔法鞄の中であれば誰であれ盗むことが出来ない場所だ。

 いや、それでも自分がその情報を持っている、という事実そのものが危険にさらされる可能性があった。

 感情の読めない笑みを浮かべ手を振る情報屋に手を振り返し、ドアをくぐる。

 一気に聞こえてくる人のざわめき。

 防音の魔道具が使われていた部屋では感じなかった他人の気配に少しだけ息を吐きだした。


「って言われたんだが」

「お前、休みの日に何をしてるんだよ……」


 呆れたように頭を抱えるギルドマスターに少しだけ申し訳なさが浮かぶ。

 こうして頭を抱えるギルドマスターを見るのは初めてではなかった。

 休日とはゆっくりと休むものだ、と聞かされ周りの話を聞きながらも結局やりたいことが多く、それが結果的に仕事につながることも多くあった。

 ゆっくりしよう、と思っても気が付けば動き回ってしまう。

 今日も少しだけ情報屋で話を聞いたら買い物を済ませ家でのんびりとすごそうと考えていたのだ。

 だが、結局こうして職場に来ている。これでは呆れられても仕方がないのかもしれない。

 ルプスとしては故郷では成人前から労力として数えられ、休みらしい休みがなかったからではないか、と考えている。

 最も、似たような生まれの同僚の話に皆が皆、休みの日まで仕事のことを考えているわけではない、と聞かされならば個性だと言い張るというやりとりも過去にあったのだが。


「……正直、お前には教えたくない。どうしたって巻き込むことになるだろう。ただでさえ王都のあの溢れの時に見つけた魔道具の件で上から目をつけられてるんだ」


 苦悶するように眉をしかめながら言うギルドマスターの言葉に驚く。

 確かにあの時も王都のギルドマスターに忠告されていた。

 だがそれ以降身の回りに変化がなかったため余り気にしていなかったのだ。


「仕方がないか。ひとまず防音の魔道具を起動するからちょっと待て」


 机の横にある魔道具を起動すると耳の奥に空気がこもったような感覚が生まれる。

 防音の魔道具が起動している時はこうした違和感がまとわりつくようになるのだ。

 それは魔道具自体の質に影響されない。

 防音の魔道具は使い方によって犯罪に使われる可能性がある為、悪用されないために敢えて違和感が残るようになっている。


「違和感があるだろうが、あまり周りに知られると困るからな。我慢してくれ」


 話を聞かれる危険性は十分承知していた。

 冒険者ギルドだろうとどこに敵となる存在がいるかわからない。だからこそ、王都を去る際も忠告をうけたのだから。

 その了承を受けて話し始めたのは、凡そルプスの想像と離れない言葉だった。


 魔獣の強化をする方法を調べている団体は古くからあるのだという。

 しかも、その集団は宗教団体を隠れ蓑にしているせいで扱いが難しい。

 特に魔獣を使役する従魔のスキルを誰でも使えるようにしようとしている。

 しかし、そのスキルも人によって使える魔獣の能力は差がある。

 誰でも強い魔獣を使役できるようにする。

 それこそが神に託された使命なのだ。

 そんな風に嘯き信者を増やしているらしい。

 そして魔道具の出所については未だ判明していないが北国からも追い出された研究者がその宗教団体に足繫く通っていることから、そちらと関係があるのではないか、とも。

 しかし、宗教であれば宗教国の影響からも逃れられずどちらにつながるのかは未だに不明で調査中である。


「とはいえ、宗教国そのものが関係することはありえないだろう。あの国は創造神であるリタミアを強く信望しているものたちの集まりだ。その名を騙り魔獣を使役しようなんて考える者がいれば破門となる。逆に、だからこそはみ出したものがこうした騒動を起こすことは否定できないがな」


 淡々と感情を交えずに聞かされた内容の規模に何も言えなくなる。

 他にも中央国は周りと不和が起きることを避け続けている国の為、明らかに戦争のきっかけとなるような行動を起こすとは思えない。

 南国は魔力が多いものが多くのんびりとした気質を持つものが多い。

 西国は貧富の差が大きく、不正が横行していて冒険者ギルドの行いが一番悪い。

 そして北国は少し前の茶葉に関わる事件の首謀者とみられていて、国としても抗議をした。

 この中で冒険者がとられた、と煩く抗議をするのは北国であるセリオネスだ。

 ルプスはこの問題が起きるまで他国の名前を理解していなかった。いや、ルプスに限らず平民で他国の名前を理解している者は少ない。

 北にあるセリオネス。

 南にあるメディウス。

 西にあるオーデンス。

 中央にあるリビクス。

 そしてこの国、ソルトゥス。

 改めて教えられた国々の名前を口の中で繰り返す。

 これまで自分には関係がないと他国の国名まで気にしたことがなかったが、否応なく巻き込まれていく予感がした。いや、自ら巻き込まれに行く可能性が非常に高かった。


「その地の魔力が増えれば魔獣が強化され、また薬草の効能も高くなることは有名な話だ。だがそれが強くなりすぎれば反対にまともな野菜すら育たなくなる。北国はうちの国の土地がほしいんだよ。その為に一時的に魔獣を強化し、中から荒そうとしているんじゃないかって疑っている。そうすれば戦争になった時に自分たちに有利に働くからな」

「でも魔道具によって増えた魔力がどれだけ残るか判明していないんだろ」

「あぁ。だが、あちらは魔力の扱いに長けている。もしかしたらその辺はしっかりと計算しているのかもしれないな」


 どちらにしろ頭の痛い話だった。

 戦争になれば地が荒れる。あたりまえにあった生活もすべてなくなるのだ。

 呼び込みをする店員に値引きを交渉する子どもの姿も。

 道には立ち止まり会話を交わし笑いあう人々の姿も。

 全てなくなってしまうのだ。


「俺たちに出来ることは少ない。だが、溢れの際に見つかった魔道具を調べることでその効果を打ち消すものを作っているようだ。それが出来上がれば少しは落ち着くといいんだがな」


 だが、一度でも作られた魔道具を全て破壊することは難しい。

 これから先、それを警戒しなければならないだろう。


「ここまで話したからにはお前に一つ任務を与える。これは調査部としての仕事だ。この地に埋められた不穏の種を見つけるため、これまで以上に気を配るように。特に外部から来た商人や見慣れない冒険者には気をつけろ。万が一の時は捕縛する権利を与える」


 それは通常なら一介のギルド職員に与えられるはずのない権利だった。

 捕縛の権利は各ギルドの長と領主の了承を得て与えられる。

 机に置かれた許可証には確かに彼らの名前が記されていた。ギルド職員としては重過ぎる権利だ。

 肩書として調査部副部長というものが与えられているが、これは表立って示すことがない肩書だ。

 調査の対象は魔獣に対してだけではなく、冒険者や職員も含まれることがある為に明かすことが出来ない。

 だから、先日口頭で任命された時のような気軽さで口に出せる部署ではないのだ、本来であれば。あの時点でルプスが既に調査部に所属し、その重みを理解しているからこそあの対応だった。


「遅かれ早かれ様子を見てお前には渡されるはずだった。だから先に用意しておいた」


 例えここで受け取らなくともいつかは渡されるはずだった。

 そう聞いてしまえば受け取らないわけにもいかない。『捕縛証』と書かれた権利書は冒険者証とにたような大きさで鞄にかけることも、首からかけることもできるようになっていた。

 実際の重みよりも重たく感じるそれをルプスはのろのろと鞄の中にしまう。

 その様子を見ながら、ギルドマスターは再度口を開いた。


「それと同時に調査部に新人を入れる。お前もこれから更に忙しくなるだろうから穴埋めも兼ねてだな。新人教育は周りに任せていいが、人物の見極めはお前がしろ」


 既に配属が決まった相手を見極める必要があるのか。

 基本的にギルド職員は入職する前にしっかりと調査が入る。ルプスのように冒険者上がりの職員は冒険者時代の実績がある為ある程度は調査も減らされるが、そうでなければ身元から何から調べられるはずだった。


「今回の新人は上からのごり押しだ。どんな奴がくるのか俺ですらわからない。だから念のためお前の目でも見てほしい」

「なるほど。かしこまりました。とりあえず俺の下につけて仕事を教える、って形ならいいですかね」


 そういうことか、と納得する。

 自分の下にいれば何か問題が起きても対処がしやすくなる。上が何を考えているのかわからないが、ひとまずは過去にもいた新人職員と同じように扱えばいいだろう。

 他にも何かないか。そう視線で問いかければ首を振られた。


「他に何もないようなら俺は帰ります。新人の入る時期がわかったら教えてください」

「おう。……相変わらずお前のその変わり身の早さには驚かされるな。まぁいい。今日はさっさと帰って休むこと。これは命令だからな」


 ギルド職員としてのルプスと、冒険者としてのルプス。

 切り替えるために髪型を変え口調を変えていた。

 今は髪型はおろしたままだが口調が違うだけでも随分と雰囲気が変わるのだ。

 最初はけじめとして行っていたことが、今では無意識に変わるようになった。

 じっとりと睨みつけている存外心配性のギルドマスターに手を振り部屋を出た。耳に残る違和感はすぐに消えるだろう。

 あちらこちらに埋められた不穏の種が、芽吹く時を今か今かと待っている。

 そんな嫌な予感を抱えながら、ルプスは帰路へとついた。

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