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ギンズバーグのできるまで~ヴァネッサの活躍~

 ギンズバーグシティの市長――ヴァネッサは、この街の復興の立役者だと言われていた。5年前、神在歴1239年まで約6年間続いた先の戦争――いわゆる赤色(せきしょく)戦争――で、敵国アイリスとの国境にあるギンズバーグシティは、当時王族の直轄領ちょっかつりょうだったことも手伝ってひどい戦禍せんかに見舞われた。貿易の要衝ようしょうであった、当時は静かだった街はものの1週間で焼け野原となった。取引の際には気高いとまで言われていたアイリス国民は、こと戦いとなれば血も涙もない人間と化した。


 街の周囲に設けられていた関所、その先で防衛線を張っていたダリア国軍は、それを突破されるとともに戦略的撤退を行った。防衛線を押し下げ、王のいるタルホシティを死守する方針に出たのである。結果、なだれ込んできたアイリス軍に、街はなすすべもなく辱められた。こちらでは火の手が上がり、こちらでは抵抗した市民が斬殺され、こちらでは婦人が陵辱され、さながら阿鼻叫喚、地獄絵図のようだった。程なくして戦争は終結した。表向きは疲弊した両国の対等の講和であったが、実質的にはダリアの敗戦であることは自明だった。講和の条件の1つとして、直轄領ギンズバーグシティの民間払下げと、門前の関所の撤廃が持ち出された。買い上げたのはもちろんアイリスの貴族である。アイリス国としては、ギンズバーグシティの割譲を求め、再び戦争の火種を作るよりは、この街をダリアに留め置きながら、実質的な支配を行う方を選択したのである。絵図を描いたのはアイリス国王側付の参謀長、ギリアム公であった。


 かくして、自治都市として新たに旗を揚げたギンズバーグシティであったが、その道のりは困難を極めた。当面の間はアイリス軍が駐留することとし、その上で親皇帝派の前市長が斬首(ざんしゅ)となった。戦乱の際、街の防衛を怠ったかど、ということだったが、ほとんど見せしめだった。公開処刑に集まった市民は、この街がアイリスの傘下に入ったことを、まざまざと意識させられた。


 市長処刑の翌日、選挙が行われた。新市長に選ばれたのは25歳の娘だった。彼女は、赤色戦争開戦に当たって非戦論を唱え、前市長に謀殺された学者の一人娘だった。名をヴァネッサという。


 選挙に際し、なんらかの手心が加えられたのは明白だった。そうでもなければ、小娘が市長に選ばれるはずもない。全市民、いや、全国民が、この傀儡政権の発足をもって、ギンズバーグシティはアイリス国王の完全なる支配下に落ちたと目した。だが――


 彼女は政治の天才であり、この点においてギリアム、ひいてはアイリス国王は誤算を引いたと言わざるを得ない。


 彼女は、牢につながれていた前市長派の知識人を釈放し、そればかりか有能と認めた数人には公職を与えた。それを皮切りに、次々に自由化・民主化を推し進めるような政治を始めたのだ。


 このような動きを、アイリス陣営がよく思っているはずはなかった。しかしヴァネッサは(とが)められることもなく、思うさま腕を振るっている。その理由は誰にも分からなかった。何か大きな取引材料を持っていることは明らかだった。それは、彼らアイリス国幹部の弱みだったのかもしれないし、或いは酔客が面白がって話すような方法かもしれなかった。でも、とブルーは思う。それは褒められることさえあれど、そしられる筋合いはないはずだ。ともかくも、5年前は瀕死であったこの街は、戦前をしのいで余りあるほどの元気を獲得していた。それがヴァネッサの手腕であることは誰もが知っていたし、それこそが彼女に、市民の誰もが求めていたことだったのだ。


 そして、彼女はエイプリルの家をよく訪ねて来ていた。どこで知り合ったのか、ヴァネッサの父と、エイプリルのじいさんは知己(ちき)で、しばしば馬車に乗って遊びに来ていたのだ。大人たちが一献いっこん傾けている間、ブルーやエイプリルにいろんなことを教えてくれていた。そう、そのころは、彼女がまさか市長になるなんて誰ひとり想像もしていなかったのだ。ただ、「物知りで面倒見のいいお姉さん」のことが、二人とも大好きだった。しかし、彼女の父が亡くなってからは、そんな往来おうらいもなくなった。そんなわけで二人は、この街に来るたび、誇らしいような、寂しいような、そんな不思議な気分になるのである。


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