アケミという女
「いや、こいつには言うたんじゃが、わしゃ、物心ついたころには一人じゃったけん、親の顔いうもんを知らんのよ。じゃけえ、いつどこで生まれたかとか、今いくつなのかとか、自分の名前さえはっきりしたことはわからんのじゃ。ソルフェージュいう名前もこの坊主につけてもらったくらいじゃからのう。そのかわり、親を持っとる人間よりはずいぶんいろんなものを見てきたがな、苦労も多かった。何しろ、女子一人じゃ思うたら、おどれらみたいな追い剥ぎが寄ってくるわ寄ってくるわ。ま、全員返り討ちにしてやったが…」
「ソルフェちゃーん!」突然アケミに泣きながら抱きつかれて、ソルフェの息が一瞬止まった。
「大変だったんだね。もう心配いらないよ!あたしたちが付いてるから!あたしたちのこと、家族だと思っていいから!」
「いや、それは…」ソルフェは明らかに戸惑っている様子である。
「アケミ!いい加減にしろ!」
アケミはガーディンがたしなめるのも聞かない。ソルフェの目を見て続ける。
「あたしもね、小さい頃から家族って兄ちゃんしかいないんだ。兄ちゃんって口うるさいし、いびきはひどいし、顔は悪いし声はまずいし歌は下手だし……」
「おい」ガーディンが口を挟む。
「でもね、あたしにとっては家族なんだ。悩みがあれば一緒に悩んでくれるし、泣いてれば一緒に泣いてくれる。あたし、自慢じゃないけど、辛いと思うことなんてあんまりないよ。でも、どうしようもなくなった時に頼れる人がいるっていうのは、それだけで力強いよ。だから、ソルフェちゃん!いつでもあたしたちを頼っていいからね!」
「うーむ…」ソルフェは頭を掻いた。




