「王都」ギンズバーグシティ
「王都」ギンズバーグは沸き返っていた。カギカッコが付くのはそれが俗称であるからで、実際は都でもなんでもなく、ただの自治都市なのであった。しかし、それほど――ここダリア王国の現実の首都、天領であるタルホシティを凌いで余りあるほど――ギンズバーグシティの隆盛は眼を見張るものがあった。
そんな蜂の巣をつついたような賑わいの中、少年は革製のザックを担ぎながら喘いでいた。先を行く少女、エイプリルは、人混みをものともせず軽やかに泳いでいく。油断すれば見失ってしまうという危機感を募らせながら、その栗色の下げ髪を追いかけていった。時折、彼女は振り返り、おいでおいで、とジェスチャーを送るが、それで少年の歩みが早まるわけではない。それもそのはず、彼が背負っているザックには、毛織物や陶器がパンパンに詰まっているのだった。
「ブルー、はやく!置いてっちゃうよ!」
エイプリルが少年に声をかけた。ブルーはそんな彼女を眩しそうに見つめながら思った。幸せとは、こういうものではないかと。
庇を構える店はもちろん、露天や両替にも人だかりがしており、さらに朝から晩まで流しのバンドの演奏や観客が大騒ぎしているせいで、このギンズバーグを東西に結ぶ大通り、ブランデーストリートはいつもこんな状態だった。這々の体で『TK』と看板を出した店に潜り込むと、ブルーは座り込んだ。ここからはエイプリルの仕事である。
「毎度、どうだい景気は」店主が親しげに話しかけてきた。ここは二人には馴染みの店なのである。
「まあまあね。おじさんはずいぶん顔色がいいわね」エイプリルは真顔で答える。
店主はぎく、と目を一瞬泳がせてから、笑顔を見事に作り直した。
「そりゃあそうさ、ヴァネッサさんが市長になってから、この街は毎日お祭り騒ぎだからね。こんなささやかな店でも、おこぼれに与れるってわけさ」酒臭い息を吐きながら彼は言った。 うって変わって、エイプリルがにっこり笑って言った。
「そう、じゃあ、私たちにも少しはいいことがあるかしら」
「仕方ない。サービスするよ、その替わり――」店主は顔を寄せて低い声でささやく。
「営業中に飲んでたことは、うちのカカァに黙っといてくれ」
こうなるともっぱらエイプリルのペースである。持参した陶器類をものの数分で売り払うと、次の店では毛織物を綺麗に捌き切り、あっという間にブルーの背は軽くなった。今では懐に金貨と銀貨が収まっているだけだ。