家族の団欒にお邪魔
「てめえ……」と少女の胸ぐらをつかもうとした瞬間、兄は大きな音とともに床にひっくり返っていた。さっきまで皿の上にあった卵が床に散乱している。兄はどうやらこれを踏んで滑ったらしい。頭を抱えてうめき声をあげる兄をよそに、ソルフェージュはブルーにだけわかるように舌を出した。
「ごちそうさま」と言って彼女は立ち上がった。
「さて、わしゃぼちぼち発ちますけぇ。どうもお世話になりました。一宿一飯の恩、忘れません」
兄を介抱する両親に向かって慇懃に礼を言うと、ソルフェージュはブルーの部屋に引きあげ始めた。ブルーがぼんやりその後姿を見ていると、彼女は振り返って言った。
「なにを呆けとるんじゃ、おどれも準備せんかい」
「え?僕も行くの?」
「当たり前じゃ。わしがおどれを男にしちゃる言うたじゃないの」
「そんなこと言われたっけ……」
「どっちでもええわい、行くんか、行かんのんか」
首を傾げていたブルーであったが、最終的には少女の言うことに従うことにした。昨晩の、力になってやる、という彼女の言葉を信用したのである。さて、戸惑ったのは両親だ。
「ブルー、あなたまでどこに行く気なの?」
「いや、僕は……」
「ブルーは、わしがギンズバーグまで行くのに、道案内してくれることになっとるんですよ。道中よくご存知いう話を聞きまして。命を助けてもろうて、恩返しじゃ言うてくれたもんですけん、お言葉に甘えようと。あんまり恩着せがましいことは好かんのですが、こればっかりは腹に背は替えられんいうかですね、ははは」
ギンズバーグ、と聞いた瞬間、場の空気が強張った。




