またも美少女に迫られる
「最後にいいか」
「なんじゃ」不機嫌そうに少女が目を開く。
「お前、名前なんていうんだよ」
「名前……。そういえば言うとらんかったのう。うーん……こんなァがつけてくれんか」
「は?」
「や、実はな、―物心ついた頃には身寄りもおらんでの、自分で言うのもなんじゃが、野良犬のように暮らしてきたもんじゃけん(※1)、未だに自分の名前いうもんがないんよ。じゃけん(※2)、次にもし親しくしてくれる者に会うたら、そいつに名付けてもらおう思うとったんじゃ」最後の方の声は震えていた。
そんなことがあるのか……、とブルーは絶句して、少女を眺めた。その喋り方と戦闘能力のせいで忘れていたが、見てくれはせいぜい14、5といったところだ。月明かりに照らされた顔や手足は、エイプリルのそれに負けず劣らず白く、華奢である。夏の盛りだというのに、手首まですっぽり隠れる黒のドレスを着込んでいるのは、その荒れた生活でつけられた手足の刃傷や火傷を隠すためなのかもしれない。卓越した剣技も、天涯孤独で生き抜いていく過程で身についたのだろう、とブルーは合点した。
頷きながら顔をあげると、少女が潤んだ瞳でこちらを見ていた。どきり、ブルーの胸が鳴った。黙っていれば、ずいぶんと綺麗な顔をしている、エイプリルほどではないにしろ……。
「ダメか?」少女はか細い声でいった。ブルーはめまいを覚えた。なんだか、神妙にしているだけで、さっきまでとはまるで違う生き物じゃないか――
※1・・・ものだから
※2・・・だから




