プロローグでもぶっ殺す②
「アァァァァァ、う、腕、腕が!」錯乱した猿顔の絶叫が部屋中を満たす。と、額に血筋を浮かべた巨漢がやおら振りかぶり、力任せに金棒を叩きつけた。少女は咄嗟に剣身で受けたが、鈍い音と共に大刀は弾き飛ばされ、部屋の隅へ転がった。巨漢はニヤリと笑い、野獣の如き咆哮を上げながら追撃を放つ。それは少女の頭部を捉えたかに見えた。ところが、彼女はインパクトの寸前ばねのように縮んで間一髪やり過ごし、そのまま伸びる勢いにまかせてガラ空きの股間を肘でカチ上げた。
彼が息を呑むのと同時に、金棒が手から滑り落ちた。機を逃さず少女は巨漢の股ぐらをくぐり抜けて、先ほど切り落とした頰傷の手から短刀を拾い上げ、振り向きざま左足のアキレス腱を一閃。悲鳴と轟音と共に巨人は崩れ落ちた。唸り声を上げる彼に背後から取り付くと、喉元を一気に掻き切った。ごぼ、と喉笛がぱっくり割れ、血液が大量に噴出して壁の肖像画を赤く染めた。
それから、彼女は転げ回る猿顔に悠々《ゆうゆう》と近づく。
「痛い…。なんでこんな目に…」
猿顔の悲痛な呻きが響く。彼女はそんな猿顔を見て、あろうことか微笑みかけた。猿顔の表情が一瞬緩む。
その瞬間、彼女は猿顔の口を手のひらで覆うと、素早く顎下からナイフの刃を刺し込み、大きく左右に揺すった。
「グ…エ…ガぼ…グボ…」
声にならない叫びと同時に、少女の指の間から血が溢れ出す。しばらくそうしているうちに、猿顔は白目を剥いて動かなくなった。
彼女は立ち上がると、額を拭きながら出来上がった血の海を見渡した。豪奢なシャンデリアに照らされて、血糊に濡れた修道服がドス黒く光っていた。もうもうと立ち上る血煙の中で、彼女は入り口の方に向き直り、いつからいたのであろうか、柱の陰に隠れていた青年に声をかけた。
「ブルーよ、ええもんじゃのう、殺り合いいうもんは!どこの世界でも一緒じゃ!」
血まみれの顔には満面の笑みが浮かんでいた。青年はドン引きして、その場で吐いた。胃液は麦穂のような色をしていた。