月の夜に現れた美少女
「良うない眼ェしとるのう、何さらす気じゃ」
大木の影から、声が聞こえた。咄嗟に身をすくめる。恐る恐る声のした方を見遣ると、身長150センチほどの少女が、月明かりに照らされて立っていた。
声の主は彼女だろうか、とブルーは逡巡し、心を決めた。聞こえなかったことにしたのである。こんな時間に一人でいる少女など、魑魅魍魎の類と相場が決まっている。そうでなければ悪党か、狂人か……。いずれにせよ、相手にして得になることは一つもない。歩み去ろうとする彼の背へ、追いかけるように声が届いた。
「おい、無視か。おどれ(※1)に話しかけとるんよ。他に誰もおらんじゃろうが」
ブルーは駆け出した。十年以上前、ヴァネッサから聞いた昔話を思い出していた。
――あれは、突然の嵐で姉さんの逗留が一日伸びた、夏の夜のことだった。時々やって来ては一晩過ごして帰っていく姉さんが、二日もいるという予想外の事態に、エイプリルも僕も喜びを隠せなかった。そんな浮かれている我々に、姉さんはある夜伽話をしてくれたのだった。
悪魔はどんな姿をしているか知ってる?ー彼女は言った。
『知らない」ブルーが答える。
『エイプリルは?知ってる?』
『ええとね、肌が紫で、ツノと羽が生えてて、筋肉が発達してて、お腹に傷があって、髪が逆立ってて……』
『またえらく具体的ね』
『おじいさまが持ってた絵に描いてたの、なんだかすごく怖かったわ』
『私の村にはこんなお話があるのよ。昔々、まだ世界が陸続きだった頃、この世には神様と、悪魔と、人間がいてね、一緒に暮らしていたの。三すくみ、って聞いたことあるかしら。神様は、人間に尊敬されないと存在できないの。悪魔は、神様から睨まれていたから、筋の通らない悪さをしようものなら神様から懲らしめられてしまうのね。そして人間は、悪魔をとても恐れて生活していたの』
※1・・・お前




