第6話 俺がその皇帝を倒せばいいって事なんだろ?
鈴の音が聞こえなくなると同時に陽気な男が登場した。
いったい何者なのだろうと警戒していた俺ではあったが、ビキニ姿の観客たちはその男の登場と同時に歓声を上げていた。
陽気な男は踊りながらゆっくりと進み、ステージの中央に置かれているテーブルに腰を下ろしながら周囲を見回していた。
顔を向けられたビキニ姿の観客たちはより大きな歓声を上げて喜んでいるのだ。
俺はただ立ち尽くして呆然とそれを眺めているだけであった。
「みんな良く集まってくれたね。今日は新しい仲間を紹介するよ。みんなも既にご存知だとは思うんだけど、みんなが待ち望んだ“まーくん”だ。ちゃんと仲良くするんだよ」
今までの淡い光とは異なる強い光で照らされた俺は思わず目を細めてしまったが、割と離れている陽気な男の表情はハッキリと確認することが出来た。
陽気な男は心底嬉しそうに笑顔を見せていたのだが、甲冑を着こんでいる人たち以外も同じように嬉しそうに笑っているのが目に入っていた。もしかしたら、甲冑を着ている人たちもみんなと同じように笑顔なのかもしれないが、それを俺が確認することは出来なかった。
「お披露目はこれくらいにして、あとは男同士で話し合いでもしようじゃないか。心配しなくても大丈夫だよ。変なことはしないから安心してくれたまえ。それでは、次回また会おう」
そう言い残して陽気な男は去っていったのだが、登場した時とは違って帰りはやけにあっさりとしていた。
手を振ることも観客席を見ることもせずに真っすぐに前だけを見て登場した場所とは違う扉を通っていった。
「それでは、ここでのお役目も終わったので次の場所へ行きましょう。あなたがおかしな態度をとらなくて安心しましたよ」
やたらと獣臭い人に連れられて俺は移動することになったのだ。
真っすぐに穴に向かって進んでいるので怖くなっていたのだけれど、ここで下手に逆らうと酷い目に遭ってしまうのではないかと思い黙っている。落とし穴に落ちても平気なようになっているのかもしれないと考えてはいたけれど、そこの見えない穴に落ちるのは普通に恐怖以外の何物でもないだろう。
獣臭い獣人は俺に結ばれているロープを掴んだまま穴に向かって足を踏み出していた。
そのまま落下する獣人に引っ張られる形で穴に落ちる俺。
そんな想像をしていたのだけれど、獣人は穴の上を難なく進んでいて落ちる事は無かった。
当然、俺も落ちてはいないのだけれど、穴の上を歩くという事が俺には出来るはずも無いので穴の手前で立ち止まってしまう。
「どうした。立ち止まったところで何も変わらんぞ。さっさと前へ進め」
「そうは言うけど、俺はあんたと違って穴の上を歩いたりできないし。落ちるだけだろ」
「何を言っている。ここには穴なんて無いぞ。そもそも、これは騙し絵だ。お前みたいなやつが逃げ出さないようにするためのトリックアートってやつだ」
トリックアートは何度か見たことがあるけれど、ここまでリアルなモノは見たことが無かった。
あまりにもリアルに描かれているので本当に穴なんじゃないかと思うのだが、ゆっくりと足を穴の上に移動させてみると、確かに地面がそこにあった。穴の上に立っているのに落ちたりはしなかった。
ホッとして獣臭い獣人の後をついていくのだけれど、穴の半分ほどを行ったあたりで照明が変わり周囲が急に見やすくなっていた。
俺が先ほどまでいた場所を見ていると、そのあたりだけ蝋燭の淡い光に照らされてぼんやりとしか確認することが出来ない。
もしかしたら、あの薄暗い感じがあの落とし穴のトリックアートがリアルに感じる要因だったのかもしれない。
騙し絵の落とし穴を通り過ぎると先ほど陽気な男がいた場所にたどり着き、もう一度自分がいた場所を確認する。
ここから見ると落とし穴も何やら不自然に見えているし、あそこ以外ではただの絵にしか見えないという事を再確認することが出来た。
「ここまでくれば後は特にすることも無い。お前は黙って皇帝陛下の言葉を聞くだけでいいんだからな。何か聞かれた時にだけ答えてくれればいい。自分から余計なことを言わないという事だけを肝に銘じておけ」
「皇帝陛下って、さっきの陽気な人が皇帝なのか?」
「ああ、残念なことにあいつが我が帝国の皇帝なのだ。形だけの皇帝ではあるが、口だけは達者なので我々も困っているのだよ」
何か深い理由があるようだが、今の俺にはその理由というものがわかっていない。
もしかしたら、イザーちゃんとうまなちゃんが俺をココに送ったのも陽気な皇帝を倒してほしいという願いがあったからなのかもしれない。
そうだとしたら、俺は相当罪深いことをさせられることになるだろう。
「わかったよ。俺がその皇帝を倒せばいいって事なんだろ?」
獣臭いけど美人な獣人は驚いた表情を見せていた。
言葉に出来ないくらい感激しているのだと思っていたのだが、獣臭いのに美人過ぎる獣人は俺の両肩を掴んで思いっきり俺を揺らしてきた。
「おおおおおおおお前はいったい何を言っているんだ。急にそんな変なことを言い出しておかしくなったのか?」
「い、いや、皇帝に困ってるって言ってたし、困ってるなら倒してほしいのかなって思って。違うの?」
「困っているのは事実だが、それは別にどうでもいい事だ。あいつが皇帝であるのは仕方ない事なんだよ」
「困ってるなら助けたいって思うじゃないか。あんたがいったいどこの誰なのかはわからないけど、美人が困っているのを見過ごすことなんて出来ないし」
獣臭い事を除けば割とイイ人そうなこの獣人が困っているのなら助けたいと思う。
それは俺の噓偽りない気持ちなのだが、そんな事を考えていると知ったらイザーちゃんはどう思うのだろうか。
俺よりも好きな人が出来たんだから何とも思わないかもしれないな。
だからこそ、俺は美人のために出来ることを頑張ろう。
そう思ったのだ。