第44話 素直に現実を受け止めた方が良いぞ。
アスモちゃんが俺の後ろに移動すると同時にクリーキーは俺の正面に立って何やら呪文のようなものを呟いていた。
何を言っているのかさっぱり理解は出来なかったけれど、クリーキーから滲み出ている何か良くない感じのオーラは何の力も持たない俺にもわかるほどであった。今度こそ逃げだしたいと思ってはいたのだが、今回は誰かに邪魔されてもいないのに逃げだすことは出来なかった。誰かに足首を掴まれているのではないかと思えるくらいに足を動かす事も出来なくなっていたのだ。
「なるほどなるほど、なるほどな。吾輩が想像していたのとは少し異なるが、確かにお前の技は凄い威力を秘めていそうだ。どんな技なのかは実際に試してみるまで分からないのだが、たった一撃でお前を殺すことも可能なようだな」
自信過剰にしか見えなかったクリーキーが俺の技を覚えてより強気になっている。アスモちゃんはそんなクリーキーを見て顔を少し赤らめているのだが、どう見ても笑いをこらえているようにしか見えない。俺は自分の攻撃手段が自爆だなんて冗談だと思っていたのだけれど、今にも吹き出しそうになっているアスモちゃんを見ると複雑な気持ちになっていた。
本当に俺って自爆するためにこの世界に連れてこられたのかと実感してしまう。
「お前のようなどこにでもいそうな男であるからこそ、この恐ろしいまでの破壊力を秘めた技になったのだろうな。今すぐお前に向かってこの技を使ってもいいのだが、試し打ちをしてからお前に真の威力をお見舞いしてやる事にしよう。自分の技に殺されることを光栄に思うが良い」
「試し打ちとかやらない方が良いんじゃないかな。俺も自分がどんな感じになるのか試したことが無いって言うか、試さない方が良いって思って一回も使ってないんだよね。だから、君もそのまま使わずに他の人の技に変えた方が良いと思うよ。その方が君にとってもいい結果になると思うし」
「自分の技を使ったことが無いなど見え透いた嘘をつくな。お前は八姫であるイザーちゃんの元恋人という事らしいが、そんな嘘をつくなど男らしくないぞ」
「嘘じゃなくて本当に使ったことなんて無いし、それに元恋人じゃなくてまだ正式に別れたわけじゃないし」
「なんと女々しい奴だ。お前がどう思われようと勝手だが、さすがにその女々しさは気持ち悪いな。素直に現実を受け止めた方が良いぞ。この世界には八姫であるイザーちゃんの元恋人が究極の力を持って世界を救うという話が広まっているからな」
「ちょっと待って、その噂はすぐに訂正した方が良いよ。俺が世界を救うとかどうでもいいんだけど、元恋人って部分はだけは今すぐにでもちゃんと訂正した方が良いんじゃないかな。俺はイザーちゃんから好きな人が出来たってうまなちゃんを紹介されただけでまだ別れたわけじゃないし。女の子同士の好きは恋愛の好きじゃないってこともあるし、元恋人って決めつけるのは早すぎるんじゃないかな」
俺の肩にポンと手を置いたアスモちゃんは小さくため息をつくと、二度ほど顔を横に振っていた。俺はきっと悲しそうな顔をしていたのだろう。そんな俺を見たアスモちゃんはそのまま俺の背中を軽く叩いて「気にするな」と言ってくれた。
気にしないことなど無理な話だとは思うけれど、アスモちゃんを見ているとそうした方が良いんだろうなという事だけは理解出来た。俺がココでごねたところで現実は何も変わることなんて無いのはわかっているし、子供である俺が大人になるためには必要な経験なのかもしれない。
でも、それは俺の知らないこの世界ではなく、元の世界でゆっくりと経験しておきたかった。
「まあ、なんだ。吾輩が言うような事ではないかもしれないが、現実から目を背けずに真っすぐに前を向いた方が良いぞ。と言っても、お前は今から吾輩によって殺されてしまうのだがな。しかも、その死因が自分の技によるものだという。気にしても気にしなくても何も結果は変わらないのかもしれないが、死ぬときは前向きな気持ちで死んだ方がこの世界に未練を残さなくて済むんじゃないか」
「前向きになったところで、“まーくん”は自分が元居た世界に未練を残してるかもしれないけどね」
元の世界に帰りたいという気持ちはあるけれど、そんな事は今の今まで忘れていた。
ずっとイザーちゃんのことばかり考えていたというのもあるが、なぜか俺はこの世界の事を別の場所だとは思えなくなっていた。
「とにかく、吾輩がお前の技を試し打ちしてくるのでそれが終わるまでには気持ちの整理をつけておけよ。お前がこの世界か元の世界に未練を残そうがどうでもいい事なのだが、せめてもの武士の情けだ」
「未練とかそう言うのじゃなくて、本当に俺の技を使うのはやめた方が良いと思うよ。そもそも、試し打ちとか出来るようなものじゃないと思うんだけど。それに、武士の情けって言うんだったら、人の技を使わない方が良いと思うんだけど」
「そこはあまり気にするな。武士にも色々な種類があるのだ。どんな手段を講じても勝つことが全てだったりするだろう。そういうものだ」
人の技を使うのは武士らしくないと思うのだが、それをクリーキーも感じていたらしく俺の指摘を受けてから足早に岩陰に隠れてしまった。
クリーキーが隠れてからしばらくして、俺にもわかるような禍々しいオーラを放つ強い力が二つ感じられたのだ。
「クリーキーはきっと悪魔を呼び出したんだね。“まーくん”も感じてると思うけど、普通の人間だったらこの空間にいるだけで耐えられなくて死んじゃってるかもしれないくらいの強さだね。オレは全然平気だけど」
「悪魔って、こんなに恐ろしいんだ。今まで感じたことが無いかも」
「怖いって思えるのは、“まーくん”の強さの証明なのかもね。普通の人だったら、怖いって思う事もなく失神してるか、運が悪ければショック死しているんだろうね。強い悪魔と遭遇するという事は、そういうもんなのさ」
さらに多くの悪魔を呼び出したクリーキーは奇声を上げると同時に大爆発を起こしていた。
俺が立っている場所はちょうど岩が壁になって爆風を受ける事は無かったのだが、何もかもが吹き飛んでいくのを無音の世界で目撃していた。
アスモちゃんが隣で何かを言っているようなのだけれど、何も聞こえてなかった。