第43話 吾輩はお前の最強の技を使ってお前を殺してやる。
完全に逃げ場を失った俺はどうにかこの場を切り抜ける方法が無いか考えていた。
当然そんな都合のいい答えなんて出てくるはずもなく、アスモちゃんに助けを求める視線を送ったのだが、アスモちゃんからの返答は素敵な笑顔だけであった。
少し悲しい気持ちと大きな絶望感に包まれた俺はこの場で死んでしまうのだろうという現実から目を逸らすことが出来なかった。
いや、待てよ。もしかしたら、この男はそんなに強くない方の人かもしれないじゃないか。その可能性は十分にある。そう思っていたら少しだけ勇気も出てきたのだ。
少しくらい強気に出た方が良いのかもしれない。
「やけに強気のようだが、貴様は吾輩の力を知っている上でのそのような発言なのか?」
「もちろん知っているさ。お前は戦う相手の能力をコピーして使うことが出来るんだろ。そんな程度の力じゃこの“まーくん”には勝てないって話だよ。いくら能力をコピーしたって、“まーくん”に勝てるわけがないんだよ。偽物は本物に勝てるはずがないんだからね」
「今までそう言ってきた者を何度も見てきたが、今ここにこうして吾輩が立っているのはどういう意味か分からないのかな?」
「全然わかんないね。お前が今までどんな相手と戦ってきたのかなんて興味もないし知ろうとも思わないけど、そんなお前が今まで戦ってきた相手とこの“まーくん”を同列で語らないで欲しいな。三下と“まーくん”では絶対的な差があるんだからね。もちろん、お前と“まーくん”にも絶対的な差があるんだよ。“まーくん”の能力をコピーしたところで、お前なんかに使いこなせるはずがないだろ。このカスが」
余計なことを言い続けるアスモちゃんの口をどうにか塞ぐことは出来ないかと考えていたが、そんな事は無理だとわかっているのでこの隙を見て俺は隠れようとした。
隠れようとはしたのだけれど、それを阻止したのは他ならぬアスモちゃんであった。
アスモちゃんは俺の味方なんかじゃなくて敵なのか?
そう思っても仕方ないはずなのに、俺を見つめるアスモちゃんの顔はどう見ても敵とは思えない。俺の事を本当に信頼してくれているとしか思えない顔を見せてくれていた。
その事が、俺の心をかき乱してしまうのだ。
とにかく、二人の気持ちに答えることが出来るはずがないと思った俺はこの場から立ち去ろうとした。
何度も行動を起こして逃げようと試みているのにもかかわらず、その試みは全て二人に阻止されていた。どうしてそんなにタイミングよく俺の行く手を遮るのだろう。こんなに息が揃っているなんて、二人は協力関係にあるのではないかと勘繰ってしまう。
もちろん、そんな事は無いと思うのだけれど、アスモちゃんは俺とこの男を戦わせたいと思っているのは間違いないようだ。俺が強くなるために戦いが必要だとは言っていたけれど、こんな怪しさ満点の人と戦わなくても良いのではないかと思ってしまう。
「吾輩もさすがにメイドと戦うような趣味は無いので助かるのだが、お前みたいな弱そうな奴を相手に本気を出していいものか少し悩んでしまうな」
「俺みたいな戦い方もわからないような素人相手に本気になるなんて大人気ないと思うよ。ほら、あなたは凄く強そうだし俺みたいな戦いのイロハもわかってないようなのを相手にしないでもっと強そうな人と戦った方が良いんじゃないかな?」
俺は素直に思っていることを伝えようとしたのだが、俺の意図は全く伝わっていないようだ。何を勘違いしたのかはわからないが、俺の事を場を聞いたこの男は俺に向かってやる気をアピールしてきた。
そんな事をしなくたって俺に勝てるだろうとは思っていたのだが、この状況では逃げ出すことも出来ないという事は俺にも理解出来ていた。
逃げようと思っても、なぜかアスモちゃんとこの男が俺の行く手を遮ってしまう。とてもではないが、この二人を振り切って逃げるだけの体力も技術も持ち合わせていないのだ。
「そのような事を言ってお前はやる気満々に見えるぞ。今にも力を解放して吾輩と戦おうとしているではないか。口でごまかそうとしても無駄だ。吾輩にはお前の本当の力が見えているのだからな」
「そんなこと言われても俺には何が何だかわからないんだけど」
「大丈夫。“まーくん”はこんな男には負けないって。自分を信じて最後までしっかり見てるといいよ」
どうしてアスモちゃんはそこまで俺が勝つということを信じているのだろう。
運だけで勝敗を決める戦いでも負けてしまいそうだと感じているほどに力の差があると思うのだけど、どうやったら俺が勝つ未来なんて想像出来るのか教えて欲しい。それがわかったところで俺には何の役にも立たないとは思うけれど、心構えくらいはしっかりしておくことが出来るんじゃないかな。
「“まーくん”と言ったな。吾輩のお名前はクリーキーである。お前を殺すものの名だ。死ぬ時まで覚えておくが良い」
クリーキーと名乗った男はアスモちゃんのことを一度チラッと見てから俺に向かって両手を広げて威嚇してきた。
そんな事をしなくても俺の戦意は完全に喪失しているのだから意味も無いと思うけれど、俺みたいなやつを威嚇したところで何も意味なんて無いだろう。そもそも、戦えと言われた時点で、威嚇なんてしなくても既に威嚇されているような状態なのだ。
「吾輩はお前の最強の技を使ってお前を殺してやる。相手の得意技を使って一方的に勝つのが吾輩のやり方なのだよ」
俺の最強の技なんて言われたところで実践で使えるような技は何も知らない。お腹を殴ることが必殺技なのかと言われると困るのだが、今の俺が出来る最強の技なんてそんな攻撃しかないのだ。
そんなことを知らないクリーキーは俺を見つめながら嬉しそうにしているのも印象的であった。
お腹を殴られるのはイヤだな。