第42話 吾輩が探している異世界からやってきた男か?
何事もなく東の町にたどり着くと思っていのは俺の見積もりが甘いだけなのか、それともそう言う試練を課せられる運命だったのか、どちらでもいいのだが俺とアスモちゃんは明らかに困惑させられるような状況に置かれていた。
東の町まであと五分も歩けばたどり着くだろうという場所に設けられた関所にどう見ても怪しい男が通行人を止めて何やら質問をしているようだった。俺はそんなのに関わりたくないという気持ちもあったのだけれど、ここまで何も無くて退屈気味だったアスモちゃんはアトラクションを見つけた時の子供のように目を輝かせていた。何となく、良くないことが起きる予感がしていた。
「この道を通ろうとする貴様ら。いったいこの道に何の用だ?」
「何の用だって、オレたちは東の町の珠希ちゃんに会いに行くところなんだが。それがどうかしたのか?」
「八姫の一人である珠希ちゃんにわざわざ会いに行くとはおかしな奴め。もしや、吾輩が探している異世界からやってきた男か?」
これは絶対に関わらない方が良い。俺はそう思って即座に否定しようと思ったのだが、俺よりも先にアスモちゃんが嬉しそうに答えていた。
どう考えてもココは関わるべきではない。誰が見てもそう思う状況なのにもかかわらず、アスモちゃんはこのおかしな男にとんでもない事を言ってしまったのだ。
「そうだよ。オレは異世界からこの世界を救うためにやってきた“まーくん”を案内しているただのメイドさ。お前がどんな目的でオレたちの邪魔をしようとしているのかわからないけど、そんな事をしたって無駄なんだよ。だって、この“まーくん”はお前なんかじゃ逆立ちしたってかなわない特別な力を持ってるんだからね。お前程度の強さじゃ全く歯が立たないんだよ。このゴミが」
なぜそこまで相手を挑発するようなことを言うのだろう。そこまで言う必要が無いのにと思いながらも、言ってしまった事は仕方ない。取り消すことなんて出来ないのだから、今の俺に出来ることはただ一つ。そっと隠れてやり過ごすという事だ。
「ほう、吾輩よりも強いとは思えんが、そこまで特別な力を持っているというのは興味があるな。あの皇帝カムショットすら認めたという貴様の力、吾輩がじっくりと見定めてやろう」
「いや、そんな大したものでもないです。人違いです」
気付かれないようにそっと岩陰に隠れようとした俺の行動はあっけなくバレてしまい、この場所からいなくなるという事すら出来ずにいた。アスモちゃんと話しているのだから俺に気付かないだろうと思ったのに、この男は俺の事を気にしているのか一切視線を外していなかったようだ。それを確認していなかったことを後悔しつつも、どうやってこの場を切り抜けようか頭をフルに稼働させてみたのだけれど、何もいい案は浮かばなかった。
見た目だけならどこにでもいるような小柄な男性にしか見えないのだが、アスモちゃんみたいに子供のような体でも筋肉モリモリマッチョな男を一方的に叩きのめすことが出来る人がいるこの世界は見た目と強さが一致していない。そんな事を思えば俺も強く出ることが出来ないのだ。
相手がどんなに弱い相手でも俺は強く出ることなんて出来ないのだけれど、それはなくても下手に出ていた方がいいような気はしていた。俺に戦う意志なんて無いことを少しでもいいからわからせるにはそうした方が良いと思っている。
それなのに、アスモちゃんはこの男の事を延々と挑発し続けていた。
「お前ってアレだろ。みんなから相手にされないちょっとかわいそうなやつだろ? 噂は色々と聞いているよ。ほら、八姫全員に告白して全く相手にされなかったってやつだよな? オレ達メイドの中でも結構噂になってたから知ってるよ。誰でもいいから告白して付き合おうとしたのに誰からも相手にされなかった頭のおかしいやつがいるって話。どんなやつなのかなって思ってたんだけど、誰からも相手にされなさそうな小さなお子様じゃないかよ。いや、その顔つきからしてお子様ではなく、小さなおっさんだな。どう見ても子供にしか見えない身長なのに、顔がおっさんってアンバランスすぎるだろ。もう少し大人っぽければ八姫の誰か一人くらいは相手にしてくれたかもしれないけど、正確の悪さが顔に出てるからそれも難しいかもな。もう少し大人っぽい余裕とかあればいいのかもしれないけど、それも無理そうな感じだよね。とにかく、お前なんかよりもうちの“まーくん”の方がモテそうだってのは確かな事実だよ。だって、この“まーくん”は八姫の一人であるイザーちゃんの彼氏だからね。お前とは違って、“まーくん”はモテてるんだよ」
アスモちゃんに挑発された男が顔を真っ赤にしてプルプルと震えているのは怒っているのは間違いない。その怒りがアスモちゃんに向いてくれればいいのになんて男らしくないことを考えてしまったが、目だけは俺をしっかり見つめてきていることでその思いもむなしく打ち砕かれてしまった。
この世界の人は見た目で判断出来ない力を持っていることがあるので変な人には関わりたくないのが本音なのだが、アスモちゃんは俺とこの男を戦わせたいようだ。
もしも、その理由が暇潰しなんだとしたら最悪だ。
俺に最初から選択肢なんて無いのかもしれないけれど、せめて俺の身が無事な状態で東の町にたどり着けるようにして欲しいとは思っていた。
もしかしたら、アスモちゃんはこの男の注意を俺に向けさせて横から一発やっちまおうって腹積もりなのかもしれない。
そうだといいなと思いながらも、俺は誰とも目を合わすことも出来ずに少しずつ後ろに下がっていったのである。