第4話 いつまでも寝てないでさっさと起きろ。
初めて入ったイザーちゃんの部屋は中央にベッドがあるだけの何もない部屋だった。
ワンルームでキッチンも無く風呂もトイレも無い。何も無い寝るためだけの部屋。
そんな印象を持ってしまった。
「じゃあ、さっそくだけど始めようか。ここじゃ他に出来ることもないし、“まーくん”から寝ちゃってね」
「寝るって、どういう事?」
「どういう事って、そのまんまの意味だよ。ベッドに横になって寝てくれればいいから。本当に寝るんじゃなくて、横になってくれるだけでいいからね」
「わかった。痛いとかないよね?」
「無い無い、そんな事無いよ。安心していいから」
俺は言われるがままベッドに横になった。
いつもこのベッドをイザーちゃんが使っているのかと思うと少しだけ興奮していた。なぜなら、時々ふわっと香るイザーちゃんの甘い匂いが枕から感じられていたのだ。
自分の匂いがうつらないか心配になっていたけれど、そんな事は気にする間もなくイイ匂いに包まれていた。
いつの間にか眠っていたようだ。
目をあけても何も見えないのだが、いつの間にか夜になっていたのかもしれない。
イイ匂いがしていたはずのベッドも、どことなく埃のようなカビのような嫌な臭いになっていた。
俺が寝ていただけでそんなに変わるものなのかとショックを受けていたのだけれど、さすがにそこまで俺も臭くはないだろう。
何かがおかしい。
一緒にいたはずのイザーちゃんもうまなちゃんもいない。
何も見えないけれど、誰の気配も感じられない。
先ほどまでとは違い、ゴワゴワしたシーツの感じが少しだけ不愉快だった。
すぐ近くで金属の思い扉が開くような音が聞こえてきたのだが、それと同時に異常なほどの獣臭さを感じていた。
動物園でも嗅いだことが無いくらいの獣臭に身の危険を感じていた。獣独特の息遣いは感じられないのだが、誰かが近付いてくる足音だけは聞こえる。その足音が近付くと同時に強烈な獣臭が鼻をついてくるので思わずむせ返りそうになったのだ。
「いつまでも寝てないでさっさと起きろ。今から別室にて尋問を始める。その場所に着いたらお前にかぶせている布をとってやるからな。それまではそのまま我慢してろ」
ここはどこか聞こうか迷ったのだけれど、ここで何か余計なことを言って相手を怒らせるのはまずいかもしれない。
どうして俺がこんな目に遭っているのかわからないのだけれど、こんなに怪しい人に逆らうのは大変危険な気がしていた。どれだけお風呂に入っていなかったとしてもここまで獣臭くなることは無いと思うし、そこまで行きつくような人には絶対に逆らわない方がいいのだ。
それに、何となく俺の事を敵視しているように感じられるので、なるべくであれば刺激しないように大人しくしておこう。
俺は布袋を被ったまま起き上がると相手の指示に従って両手を前に出した。
何かロープのようなもので両腕を縛られてから歩くように言われたのだ。
何も見えない状況なので色々なものにぶつかりながら歩くことにはなったのだが、この人は俺が何かにぶつかっていることを全く気にもかけずに黙って歩いていた。
障害物があるのであれば教えて貰いたいと思ってはいたものの、この人には逆らわない方が良いんだろうという事を無意識に感じていた。俺の危機察知能力は意外と高いのかもしれない。
「さあ、お前の尋問場所に着いたぞ。一つだけ忠告させてもらうが、これから貴様は聞かれたことにだけ答えるように。余計なことを言って我々の怒りを買わないように気を付けてくれたまえ」
「あ、はい。逆らって殺されたくないんで気を付けます」
「さすがにすぐに殺しはしないが、その心意気は大切だな」
先ほど聞いた扉の音よりも重く重厚感のある大きな扉が開いている音が聞こえる。
いつか見た映画のお城の扉が開くときの音がこのような感じだったなと思い出していたのだが、そんな事を思い出しているのは自分の置かれている状況を理解出来ていないから現実逃避したかったのかもしれない。いまだにここがどこで俺は何をされるのかわかっていない。
俺の手を縛っているロープを引かれたので転ばないように前へ進んでいるのだが、少し離れた位置から誰かがヒソヒソと話をしているのを感じていた。
声のトーンから女性だという事は分かったのだけれど、さすがに何を話しているのかまではわからなかった。
ただ、その話し方の感じからして、俺の事を侮蔑しているような印象を受けてしまった。
「今からお前にかぶせている布をとるが、変な気を起こさぬようにな。少しでも怪しい行動をとった場合、死なない程度に動けなくしてしまうからな」
「大丈夫です。そんな目に遭いたくないんで大人しくしてます」
「なかなか素直でいいな。そのまま暴れたりするなよ」
俺の顔を覆い隠していた布を外されたのだが、俺の視界に飛び込んできたのは目の前にある無数の蝋燭であった。
蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて周囲を淡く照らしているのだ。
それ以外の情報は何も無かった。
俺をここまで連れてきたのが一体どんなやつなのか見てやろうと思って左右を確認すると、丈夫そうな布袋を持っているゴールデンレトリバーを擬人化したような整った顔立ちをした女性が立っていた。
ちょっと高めの声だなとは感じていたのだけれど、胸元を見る限りでは男性ではないように見えた。
でも、獣人というのは今まで見たことも無かったので性別があるのかも分からない。
だが、それを確認することは、今の俺には不可能と言っていいだろう。
余計なことをして、殺されたくないからね。