第30話 アタシの顔に触れてみてもいいんだよ?
少しは信用しても良いのではないかと思ってはいた。思ってはいたけれど、俺の攻撃方法が自爆することだなんて聞いてしまっては、このサキュバスのいう事なんて信じることが出来るはずもない。
この世界を救う主人公だと思いかけていたのに、その主人公の攻撃方法が自爆だなんてとてもじゃないが絵にならない。
攻撃方法が自爆だなんて、使いどころを間違えてしまったら誰も幸せにならないだろう。
それどころか、周りを巻き込んでしまうような自爆を望む人なんてどこにもいないだろう。
そんな奴がいてたまるか。
「信じるも信じないも君次第だよ。アタシの事を信じたくないって気持ちはわかるけど、アタシは君に関しては本当のことしか言ってないんだけどね。ただ、その事も嘘って可能性はあったりするかもね」
完全にからかわれていると感じた俺はこのサキュバスを無視して寝ようと思った。
サキュバスに背を向けて寝ようとしたところ、もう一つ受け入れることが難しい事態が発生してしまっていた。
俺の隣で寝ているアスモちゃんが大きめのシャツを寝間着代わりに着用しているのだが、大きくあいた首元から胸が見えそうになっているのだ。
自称男の子でお股に何もついていなかったこのアスモちゃんの胸が見えそうだという事に俺は動揺していた。サキュバスのお姉さんとは違って一切の膨らみが無く筋肉も無いような子供っぽい体ではあるのだが、男である俺は見えそうになっている胸元を無意識のうちに注目してしまっていた。見てはダメだという思いはあるのだけれど、どうしても胸元を見てしまっているのだ。
それを避けるためには顔の位置を変える必要があるのだけれど、後ろを向くとサキュバスのお姉さんがこちらを見ているだろうし、仰向けになってもサキュバスのお姉さんが視界に入ってきそうだ。寝苦しくなってしまうのでうつ伏せで寝ることは出来ないのだが、この事態をどうにか乗り切るために何か策を考える必要があるだろう。
ただ、俺の頭は解決策を見つけることなんて出来なかった。
もしかしたら、この状況を変える必要なんて無いというお告げだったのかもしれない。
なにせ、俺の隣で寝ているアスモちゃんは自分の事を男だと言い張っているのだから、胸が見えたところで何もやましいことなんて無いのだ。一緒にお風呂に入った仲だし、そんな事を今更言ったところで何もないはずだ。
でも、そんな事を考えるという事は俺も意識してしまっているという事なのだろう。
「君も色々と大変なんだね。アタシで良ければ力になってあげたいところではあるんだけど、君はそんなアタシの提案を拒んじゃうんだろうね。でも、アタシは、アタシ達は君の味方であるという事だけは信じてほしいな。君の味方であることと、帝国や名も無き神の軍勢の味方であることは同じではないんだけど、アタシ達は帝国と名も無き神の軍勢と敵対することを何とも思ってないからね。むしろ、争いが終わらずに延々と続いてほしいと思っているよ。戦争が永遠に続くことを望んでいると言っても間違いじゃないのさ。だって、争いが続くとどうしても人は癒しを求めるだろうし、そんな時にこそアタシらサキュバスが付け入る隙があるってもんさ」
俺の背中越しに語りかけてくるサキュバスのお姉さんであったが、このお姉さんが俺の心を読んでいるのではないかと思ってしまった。俺が何も言わなくても、俺が聞きたいことを教えてくれているのだ。
「アタシが君の敵じゃないという証拠を見せてあげたいんだけど、君に信用されるためには何をしたらいいんだろうね。一番はこのままこの場から去ることなんだろうけど、せっかくここまで来たんだから記念に何かアタシがいた証を残していきたいよね。そっちの子が寝ているタイミングもなかなか無いだろうし、こんなチャンス滅多にないから困ったな。君みたいな純朴な少年には難しいだろうけれど、アタシの頬をその指で触ってもらえたら嬉しいよ。女の子の顔に触れたことが無いような君には難しいかもしれないけど、それをしてもらえたらアタシはここまで会いに来た事を仲間に自慢することが出来るかもしれないよ」
女子の顔に触れたことが無いというのは事実になるのかもしれない。
イザーちゃんの顔に触れた事は無いし、その他の女の子の顔も触ったことなんて無い。
頭を洗ってあげた時にアスモちゃんの顔に触れたような気はするのだけれど、アスモちゃんは自分の事を男の子だと言っているのだから女子にはカウントされないのだろう。
でも、女の子の顔を触ったことが無いのが何だって言うんだ。
俺だって別に触ろうと思えば顔くらい触ることなんて出来る。
顔を触ることに対して恐れるようなことなんて無いし、出来ないなんて決めつけないでいただきたい。
今まではその機会が無かっただけであって、触っていいんだったらいくらでも触ることくらい出来るのだ。
「別に、顔を触ることくらいなんてことないけど」
「へえ、そうなんだ。口では何とでも言えると思うけど、本当に触ることなんて出来るのかな?」
「全然余裕だし。逆に、俺が女の子に触れない理由を知りたいんだけど」
「アタシが勝手に思ってるだけなんだけど、君は女の子にどれくらいの時間触れて良いのかわからなくて困ってるんじゃないかな。短すぎても長すぎてもダメだって思ってるんだろうね。それって、優しさじゃなくて弱さなんじゃないかなってアタシは思うよ」
「そんなの思ったことないけど。別に触ることくらい出来るし」
「それだったら、アタシの顔に触れてみてもいいんだよ? 君にはそれが出来ないだろうけどね」
何とも安い挑発だ。
そんな挑発に簡単に乗るような男だと思われるのは癪だが、ここまで言われて逃げるのも格好悪いだろう。
ここはあえて安っぽい挑発に乗ってあげることにしよう。
俺はサキュバスの方を向いてからサキュバスの顔に向かって、そっと手を伸ばした。
なるべく目を見ないようにしていたのは恥ずかしいからなのではなく、サキュバスの目を見るとまた催眠術をかけられると思ったからだ。
さすがの俺も催眠術に抗うことは出来ない。
目を見ていないのは、ただそれだけの理由だ。




