第21話 あとは一人でするから。
両手で耳を抑えて目をつぶっているアスモちゃんは体の小ささも相まって、本当に小さな子供のように見えていた。
高校生男子である“まーくん”に子供なんているわけはないし、自分だってまだまだ子供なのにもかかわらず、父性本能というものに目覚めてしまいそうだった。
年齢的には兄妹だったとしてもおかしくはないはずなのに、水が耳に入らないように必死になっているアスモちゃんの姿を見ていると、どうしても庇護欲がそそられている。恋愛感情とは違う愛おしさが向けられていた。
なるべくなら手短に済ませてあげた方が良いのかもしれないが、“まーくん”は少しだけ意地悪になっていたようだ。
シャンプーを付けてアスモちゃんの頭をわしゃわしゃと洗っているのだが、気付かれないようにシャンプーを少しずつ足して泡がきれないようにしているのだ。アスモちゃんは一生懸命に耳を抑えているので気付いていないのかもしれないが、頭を洗い始めてから五分以上は経過していた。
何かを言おうとするアスモちゃんを遮るように“まーくん”はシャンプーを手に取り勢いの無くなった泡を再び元気な姿にさせていく。
どうしてもソレをやめることが出来なくなってしまった“まーくん”ではあったが、アスモちゃんが少しだけ小刻みに震えだしているのに気付いてしまった。これ以上は良くないと思ってシャンプーの継ぎ足しをやめたのだが、泡を完全に洗い流すまでには少し時間がかかってしまっていた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた“まーくん”は、理髪店で頭を洗ってもらっている時以上に丁寧に優しくアスモちゃんの頭を洗っていた。
指の腹を使ってゆっくりと痛くならない力加減で刺激を与えていったのだ。
上手く出来ているかはわからないけれど、全てを洗い流した後に目が合ったアスモちゃんは、とても気持ちよさそうで満足している様子だった。
「いーーっぱい洗ってくれてありがとうね。自分ではうまく洗えなかったんで凄く気持ち良かったよ。もしかしてだけど、あんなに時間がかかっていたのって、オレの頭がそんなに汚かったって事なのかな?」
「汚いわけじゃないよ。ここのシャンプーが凄く泡立ちが良くて洗い流すのが大変だっただけだからね」
「そうなのか。オレが使ってるのと同じようなのかと思ってたんだけど、市販品と業務用ってそんな違いもあるんだね」
イタズラをしたことがバレているような気もするけれど、アスモちゃんはそんな事を気にしてはいないようなのでここは何も無かったことにしよう。
シャンプーを終えたアスモちゃんは俺と少し距離をあけた場所に座り、トリートメントを手に取って背中を向けていた。
椅子と比べても少し小さなお尻が俺の視線を独占しようとしていたのだが、不意に振り返ったアスモちゃんが何か言おうとしているのに声が出ていないことに気付いて、少しだけ焦ってしまった。
「あとは一人でするから。“まーくん”も自分で頭を洗っててよ。頭を洗ってる時はこっち見ちゃダメだからね」
「うん、頭を洗ってる時は目を閉じてるから見れないし。そんなに気にしなくてもいいと思うけど」
「そう言うのじゃなくて、ちょっと恥ずかしいから見てほしくないって……だけだから」
急に羞恥心が芽生えたアスモちゃんに対して俺はイタズラしたい欲がまた生まれてしまいそうだった。そんな事はしてはいけないと思いつつも、こんな小さな女の子をからかうのなんて良くないことだと思う。本能よりも理性の方が大事だろう。
なにせ、ここはお風呂で二人とも裸なのだから。
本能のままに行動するなんて、許される行為ではない。
自分の心を落ち着けるためにも頭をいつも以上に念入りに洗っている。
いつにもまして頭皮をマッサージして冷静さを取り戻そうとするのだが、俺の心を裏切るかのように体は冷静に慣れていない。熱く強くなっていた。
他の事を考えようにも、シャワーの音を縫って聞こえてくるアスモちゃんの鼻歌が俺の脳に良くないイメージを植え付けてくる。
アスモちゃんは何も悪くなく、俺だけが悪いのだ。
普通にお風呂を楽しんでいるアスモちゃんと、お風呂で愉しもうとしている俺では、どっちが悪いのかなんて明白なのである。浴場で欲情するのは間違っているのだろうが、健全な男子としては間違っていない。小さな女の子だとしても、俺とそう年齢は違わないのだから、間違ってはいないはずだ。
頭を洗い終えた俺は顔をあげようと思ったところ、物凄い力で頭を押さえられて体の自由を失った。
シャワーの水圧が異常に強くなったのではない。押さえられているのは頭なのにもかかわらず、指先すら動かすことが出来ない。全身の神経が真っすぐに伸ばされて動けないような感覚になっていた。
辛うじて呼吸は出来るのだが、シャワーのせいでいつものように息をすることが辛くなってきた。
何が起きているのかわからないが、俺の身に良くないことが起こっていることは間違いなかった。
「オレの事をいじめた罰は受けて貰わないとね。このまま大人しくしててね」
さっきまでのアスモちゃんは恥じらいを見せていたのに、今は獲物を見つけた強者のような凄みを見せていた。
元気だった俺の体はすっかり勢いを失い、完全に萎んでしまっていた。
「じゃあ、ここから先はオレが“まーくん”の背中を洗ってあげる番だからね。手を離すけど、抵抗しちゃダメだよ」
今すぐにでも叫びたい衝動を抑えて、俺は動かない体を無理やりにでも動かそうとして服従の意を伝えようとした。
瞼すら動かせない状態の俺の気持ちを察してくれたのか、アスモちゃんは俺の背中に自分の体を密着させてシャワーを止めていた。
背中に当たる感触は柔らかく温かいモノではなく、冷たく硬く恐ろしい存在に感じてしまっていた。




