第2話 えっと、誰ですか?
俺の彼女と彼女の彼女は手を繋いでいた。
正確に言うと、俺の元彼女と元彼女の彼女になるのかな。そんな事にこだわる必要はないか。
でも、まだ正式に別れ話をしたわけではないし、彼女のままでいいのかな。
そんな事を考えていると、彼女の彼女が俺の正面に座った。
「私はカフェモカのシロップ追加でお願いね。イザーちゃんは何にするの?」
「私はまだ決めてないから並んでる間に考えとこうかな。うまなは歩き疲れてるだろうし、マー君と一緒に座って待っててね」
「ありがとうね。イザーちゃんって本当に優しいよね」
彼女の好きな人が可愛らしい女の子だったという事も衝撃なのだが、そんな可愛らしい女の子と二人だけで置いて行かれるというのもかなりの衝撃ではあった。こういう時はこの女の子が買いに行くものじゃないのか?
二人っきりになったタイミングでこうなった経緯を聞かされるべきなのではないだろうか。
飲み物を買いに行くとしても、二人で行ってもらえた方が俺としてもまだ考える時間を作れると思うし、今の状況だって何となく整理することもできるのではないだろうか。
俺は変なことを考えているのだろうか?
「今日は突然ごめんなさいね。一緒についてきてほしいってイザーちゃんに言われちゃったから断れなくってね。それに、噂の“まーくん”がどんな人か気になってたし。でも、イザーちゃんの言ってた通りの人で良かった。あの子って人を見る目だけはあるから信用してたんだけど、実際に見て見ないことには始まらないからね」
この女の子はイザーちゃんから聞いているだろうから俺の事を知っているのは当然なのかもしれないが、俺はこの女の子の事を何も知らない。名前すら知らないというのにどう接すればいいのだろう。イザーちゃん以外の女子とこうして対面で話したことが無い俺は軽くパニックになっていた。
「えっと、誰ですか?」
「そうだよね。自己紹介もまだしてなかったんだった。イザーちゃんから色々と聞いてたからお互いに知ってるつもりになってたんだけど、実際に会うのは今回が初めましてだもんね。私もイザーちゃんとお付き合いをしているってのは何となく感じてはいると思うんだけど、私のお名前は栗宮院うまなです。今は零楼館高校に通ってる女子高生だよ」
「初めまして。俺は」
「“まーくん”の事は知ってるから無理して教えてくれなくても大丈夫だよ。イザーちゃんから聞いてるからね。“まーくん”って自分の事を話すのはあんまり得意じゃないもんね。さっき会ったばかりだけどさ、何となくそれは理解したからね。それで、“まーくん”は何か私に聞きたいことがあったりするのかな?」
イザーちゃんとお付き合いをしているという言葉が強烈に引っかかっているのだけれど、それと同時にれいろうかん高校に通っているという事にも引っかかっていた。れいろうかん高校なんて名前の学校は聞いたことが無いし、こっそり調べようと思ったのだが、れいろうかん高校がどんな漢字なのかもわからないので調べようがなかった。
平仮名や片仮名で調べてみても出てこないし、制服も独特な刺繍が入っていて特徴的なのに調べ方がわからなかった。
「れいろうかん高校ってのは聞いたことが無いんだけど、この辺にそんな学校あったっけ?」
イザーちゃんとの関係を詳しく聞きたいところではあるが、それをハッキリさせてしまうと俺の唯一のよりどころであるイザーちゃんの彼氏という立場を失ってしまう事になるだろう。それだけはどうしても避けておきたいという事もあって、気にしてみようかなと思う程度の疑問をぶつけてみた。
栗宮院うまなは少し困ったような表情を見せたものの、すぐに笑顔を作って俺の疑問に答えてくれた。
「“まーくん”はパラレルワールドって聞いたことあるかな?」
「聞いたことはあるよ。この世界と似てる別の世界があるって話だよね?」
「そうそう、そういう事。それで、“まーくん”が通ってる高校と同じ場所なんだけど別の世界にあるのが零楼館高校になるんだ。イザーちゃんも私と同じ零楼館高校に通ってたんだけど、とある使命を受けてこっちの世界にやってきたんだよね。それで、“まーくん”を見つけたって事なんだよ」
「なるほど。そういうわけだったのか。うん、そういうわけなら納得出来るな。そうかそうか、そういう事だったのか」
「随分とあっさり受け入れてくれたんだね。もっと時間がかかると思ってて色々と証拠を持ってきてたんだけど、それは必要なかったって事かな」
「受け入れるも何も、俺みたいな男がイザーちゃんから告白されることなんて普通に考えたらありえないからね。最初は何かの罰ゲームなのかと思って警戒もしていたんだけど、俺なんかを騙しても何もメリットなんて無いって気付いたんだよ。それでも、時間をかけたドッキリの可能性もあるんじゃないかって思ってたりもしたさ。だけど、こんな俺ともイザーちゃんは楽しそうにしてくれていたし、本当に俺の事を好きなのかなって勘違いもしてたんだけど、そういう理由があるんだったら納得だよ。俺の事を好きになってくれたんじゃなくて、俺が君たちの世界の救世主だから彼女役をかってくれたって事なんだよね?」
俺みたいな何の取り柄もない冴えない男がイザーちゃんみたいに綺麗な女の子に好かれるはずが無いとわかっていた。
何か特別な理由でもなければ話しかけてくることも無いなんてわかりきっていたのだ。
それでも、俺の事を好きでいてくれるかもしれないって淡い期待は抱いていたんだ。それくらいは思っていてもいいだろうよ。
「ちょっと落ち着いてよ。私の話を最後まで聞いてから判断して。それに、イザーちゃんは“まーくん”の事を好きだとは思うよ」
なんだ、この子は良い子じゃないか。
イザーちゃんが俺の事を好きだというのが嘘だとしても、それを言われた俺は嬉しい気持ちになるってのがわかってるのかな。