第12話 私の胸を見てくれたおかげだよ。
大男と一緒に闇が支配する公園へ消えていったアスモちゃんだったが、物音ひとつ聞こえないのが逆に不気味だった。
何度か男のうめき声のようなものが聞こえたのだが、アスモちゃんの声は一切聞こえてこなかった。
「メイドも珍しいけどさ、あんたもちょっと変わってる服装だよね。もしかして、どっか他の場所から来たのかい?」
「他の場所と言えばそうなんだけど、俺は日本からやってきたよ」
「日本? 聞いたことが無い場所だね。それはどの辺にあるんだい?」
「この世界とは違う別の世界にあるんだと思う。この世界の事はまだよくわかってないんだけど、俺がいた世界とは違う別の世界だってことらしいんだ」
「へえ、あんたは別の世界からやってきたって言うのか。その服装を見ればなんとなくわかってはいたけどさ、本当にそんな事があり得るんだね。ちょっと意外だったわ」
アスモちゃんのことが気になるので俺はこの美女の事をあまり見ずに公園の方をずっと見ていた。
胸元が大きく開いた服を着ているのでやたらと大きな胸の谷間が協調されているのだけれど、そんな事には気をとられずに俺はアスモちゃんが心配で公園を見ていた。
「他の世界の事がちょっと気になるんだけど、もしよかったらあなたの事を色々と教えて貰いたいな」
「俺もこの世界の事は知りたいと思ってるけど、今はアスモちゃんが心配だからごめん」
「そんなに心配しなくても良いと思うよ」
真っ暗な公園から時々聞こえる男の声が気になるのだが、アスモちゃんの声は全く聞こえてこない。抵抗する声も聞こえないのだが、あの大男に口を押さえられているという事なのだろうか。
今すぐ助けに行きたいとは思うのだけれど、あんな大男を相手に普通の人間である俺がいったい何を出来るというのだろうか。
そんな事を考えながら真っすぐに公園を見ていたのだが、隣にいる美女の右胸にあるホクロが少しセクシーに思えてきた。
陽気のせいか、うっすらと汗がにじんでいる姿も色気を感じさせていたのだ。
「メイドさんと二人でこんな場所を歩いているなんて、あなたっていったい何が目的でこんなところに来たの?」
「元々は艮って場所に行く予定だったんだけど、外が大荒れだったんでこの辺で止まって様子を見るって話になったんだよ」
「へえ、そうなんだ。艮って八姫の一人がいる場所よね。私だったらあんな怖い場所に行きたいって思わないな。やっぱり、他の世界から来た人は凄いわ」
俺がちゃんとアスモちゃんの話を聞いていればこんなことにはならなかったかもしれない。
後悔ばかりが先に立つ人生ではあったが、今更そんな事を悔いても解決なんてしないのだ。
今俺に出来ることは、アスモちゃんが無事に戻ってくることを祈ることだけだ。
それにしても、隣にいる美女はわりと細めなのにお尻が大きくて官能的に見えてくる。
ウエストを絞っているので腰のラインは凄く細いのだけれど、それと反比例するように胸元とお尻のボリュームはしっかりと存在感を出していた。
「そろそろ終わったみたいだね。お兄ちゃんが無事だといいんだけど」
「お兄ちゃん?」
この美女とあの筋肉モリモリの大男が兄妹だというのか?
全く理解出来ない事なのだが、あの筋肉が胸とお尻に変わったと思えば多少は納得出来るかもしれない。
いや、そんな事で納得は出来ないだろう。
「私のお兄ちゃんはちょっと自分に自信を持ちすぎているところがあるんだよね。私と一緒で自分の体には自信があるからね」
そう言いつつ胸の下で腕を組んでアピールをしてきた。
アスモちゃんが心配で公園をじっと見ていた俺は真っすぐに前を向きなおしていた。
「実は、ここ以外にもホクロがあるんだけど、“まーくん”には見せてあげようか?」
「え?」
思わず反応してしまったのだが、胸以外にあるホクロが見たいのではなく、名前を呼ばれたことに反応したのだ。
胸以外にあるホクロが気になったのではなく、名前を呼ばれたことに対して反応したのであって、決してやましい気持ちがあったわけではない。健全な男子ではあるけれど、それ以前に俺はアスモちゃんのことが心配なのである。
重ね重ねにはなるが、俺はアスモちゃんのことが心配で無事なのかが気になっているのであって、この美女のどこにホクロがあるのかが気になっているわけではない。
「内腿にもホクロがあるんだけど、右足と左足だとどっちだと思う?」
「いや、全然わかんない。別に興味もないし」
「興味持ってもらえないのは悲しいな。もしかして、“まーくん”はメイドさんみたいな小さい女の子が好きだったりするのかな?」
「あんまり“まーくん”に変なことを言わないでもらっていいかな?」
音もなく急に現れたアスモちゃんに驚いてしまったが、俺の目にはアスモちゃんは何事も無かったかのように見える。
服の乱れも一切なく、髪型も崩れていない。
一緒に公園へ入っていった大男がいないことが気になるのだが、そんな事よりも無事に帰ってきたアスモちゃんの姿にホッと胸をなでおろしていた。
「それで、お兄ちゃんはどうだったのかな。メイドさん」
「普通の人にしては良く耐えたと思うよ。ちゃんと体を鍛えれば、少しはマシになるんじゃないかな」
「だよね。私と一緒で天然ものだけど、体だけではどうする事も出来ない世界もあるってことを知れたのかな。お兄ちゃんが真面目になってくれれば、こんな暗い場所じゃなく明るい場所に行けるのにね」
「オレの攻撃に多少は耐えられたのも事実だし、心が折れていなかったら訓練所に行く事をお勧めするよ。オレの証をちゃんと体に刻んでおいたからな」
「ありがとうございます。コレで私も少しは苦労しなくて済むかも。“まーくん”もありがとうね」
「え、俺は何かお礼を言われるようなことをしたっけ?」
まったくこの状況を理解出来ない俺であったが、この美女からお礼を言われるようなことがあるとは思えなかった。
ここでアスモちゃんが立ち止まったのも偶然だし。
「“まーくん”が私の胸を見てくれたおかげだよ。ありがとうね」
「そんな事はしてないと思うけど」
「“まーくん”が見てくれたからこそメイドさんがココで立ち止まってくれたんだよ」
「そうだよ。オレは“まーくん”がそんなものを見てることに対して怒ってたんだからね」
「そんなつもりは一切なかったんだけど。大体、あの公園にいる人の事もハッキリと見えてなかったのに」
全くの誤解ではあったが、一瞬でも良いものを見ることが出来たのは事実だ。
料理も美味しかったし、この世界もそこまで悪いものではないのかもしれないな。




