第1話 お待たせ、待った?
最悪なことになってしまったが、これ以上悪くなることは無いと思えば少しは気が楽になる。
ちょっと前の自分に戻ってしまった。そう考えれば落ち込むことも無いだろう。
そんな事を考えている時点で元には戻れていなんだろうなと思いつつも、俺は待ち合わせの時間まで一人でずっと同じことを考えていた。
周りには幸せそうなカップルが多くいるのだが、なんでこんなデートスポットとしか思えないような場所に俺がいるのかというと、俺の彼女から大事な話があるという事で呼び出されてしまったからだ。完全に別れ話をされているわけではないので彼女と呼んでもいいのだろうが、もう少ししたら元彼女になってしまうのだろうな。
何が悪かったのか考えるのも嫌なくらい良いところのない俺は過去の自分を恨んではいた。恨んだところで何も変わることはないし、これからも自分の行動を後悔し自分自身を恨み続けていくんだろうな。
そんな俺に一瞬でも恋人が出来たという事は一生の思い出になるだろうな。
大体、向こうから告白してきて付き合う事になったはずなのに、別れる理由が好きな人が出来たというのはどういう事なのだろうか。せめて、俺が嫌うような行動をしてくれればいいと思うのにな。
そもそも、俺に惚れるような女の子が他の人を好きにならないはずがない。そう考えると彼女の考えも納得出来る。そんな事があるからこそ、俺は彼女の事を本当に嫌いになることが出来ないのだ。
「別れる前に、一回くらい手を繋いでみたかったな」
思わず心の声が漏れてしまったが、周りには聞かれていないようだ。
最初のうちこそこの場所に不釣り合いな男が一人でいることに不信感を抱いているような人が何人かいたのだが、俺が待ち合わせをしているただの一般人だという事に気付いたのからなのか、誰も俺の事など気にせずに自分たちの世界へと戻って行ったのだ。
周りの会話を盗み聞きしているわけではないのに自然と入ってくるのは、次にどこに行こうとか昨日見た動画の話とかどうでもいい話ばかりなのだ。
俺だって彼女とそんな話をしたい。そう思ってはいたものの、俺の口からそんな気の利いた言葉なんて出てくることはなく、お話をするときはいつも彼女が主導権を握っていた。数少ない友達とであれば俺から話題を振ることもあるのだけれど、彼女という存在に対してはどういう事を言えば嫌われないかという事ばかり考えてしまい、自分から話しかけるという事が出来ずにいた。
待ち合わせの時間までもう少しあるので早めに着いたのが完全に裏目に出ているような気もするが、俺がココについてからすぐに満席になったことを考えると良かったのかもしれない。
何人かに席を譲ってほしいと言われたりもしたのだけれど、俺がこれから彼女に振られるために待っているという事を伝えると誰もが素直に引いてくれたのだ。俺の言っていることを本気だと受け止めたのか、そんな事を言うのはヤバいやつだと思って引いてくれたのかはわからないが、俺にとってはどうでもいい事なのだ。
それにしても、彼女がどんな男を連れてくるのか気になっている。
ほんの十分もせずにやってくるとは思うのだけれど、その男次第では俺の心は完全に塞がってしまうかもしれない。俺よりも下のレベルの男なんてそうそういないとは思うのだけど、そんな男を連れてこられたとしたら、俺はもう一生お天道様の下を歩くことは出来ないかもしれない。
仮に、俺の親友を連れてきたとしたら、たぶん俺は二人殺してから無差別殺人犯にでもなってしまうだろうな。中学生の時に通販で買ったなんかカッコイイナイフが役に立つ日が来るとは夢にも思わなかった。
だけど、そんな事はあるはずない。俺の親友は男好きで女が嫌いだって噂だし、そんな奴でもなければ俺みたいな男とつるんだりしないだろう。俺は親友と遊ぶときは、尻くらい触られる覚悟を毎回決めているのだ。それくらいしないと、俺みたいな人間が誰かと一緒に過ごすことなんて出来ないんだよ。
どうもカップルだらけのこんな場所で一人待っていると良くないことを考えてしまう。
何か楽しいことを考えようと思ったのだけれど、俺が最近楽しかったことなんて何があるんだろう。
彼女の話を聞くのは楽しかったし、彼女が見せてくれる猫の動画を見るのも楽しかった。彼女が教えてくれたゲームも意味は分からなかったけど楽しかったし、彼女と一緒に──俺の中でここ最近楽しかったことは全て彼女関係か。それは仕方ないだろう。
ハッキリ言って、俺は彼女がいなければ家と学校以外に行き場なんて無いのだ。そんな俺の事をどうして彼女は好きになってくれたのだろう。
どうせ別れるんだとしたら、それを聞いてすっぱりと諦めることにしよう。
最後くらい男らしく格好つけさせてもらおう。
「“まーくん”お待たせ、待った?」
周りの視線が少しずつ気になっていて下を向いていたタイミングで彼女はやってきた。
何の気なしに顔をあげてしまった事を少し後悔しつつも、俺はバレないようにそっと彼女の隣にいる男の事を確かめたのだ。
「あ、どうも。栗宮院うまなって言います。初めまして」
彼女が連れてきたのは可愛い女の子だった。
あまりの衝撃に固まってしまった俺はろくに挨拶も出来ずに固まってしまっていた。
彼女の新しい恋人はこの可愛らしい女の子?
コスプレなのかわからないが、この辺では見たことが無い制服を着ている女の子が俺の彼女と仲良く手を繋いでいた。
その姿を見て、俺の脳は正常に物事を考えることが出来なくなってしまったようだ。