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悪役令嬢のガチ信者〜推しが今日も最高すぎて幸せです〜

作者: ののめの

 貴族学院の校舎裏には、日頃から滅多に人が寄りつかない。

 整備の行き届いている中庭と違って目を楽しませてくれる草花や談笑のかたわら腰を下ろすベンチがないというのもあるが、最たる理由は日陰になりやすく日中は常に薄暗く陰鬱な雰囲気を纏っていることだろう。

 故に校舎裏は人目を忍んで不良行為に勤しんだり意中の相手との密会をする生徒の絶好の溜まり場になっており、それがあって余計人が寄りつかなくなる負の循環にさらされている。

 

 後ろ暗い秘密のない生徒なら、普通は校舎裏になど寄りつかない。私だって理由がない限りはこんなじめついた場所なんてご遠慮願いたいほうの人間だ。

 ただ、今日ばかりはそのじめついた嫌な場所にどうしても足を運ばねばならない理由があった。

 

「……ヴィヴィアン様」

 

 校舎の角から姿を現した少女が、日陰の中に佇む先客の姿を見てきゅっと唇を噛み締める。名を呼ばれた先客——ヴィヴィアン・グラーヴァス侯爵令嬢は一歩少女に歩み寄ると、凛とした声で言い放った。

 

「サラさん。どうしてわたくし達があなたを呼び出したか、おわかりかしら?」

 

 ヴィヴィアン様の問いに、サラ・ダール男爵令嬢は「いいえ」と首を振る。沈鬱な表情で目を伏せたサラの様子に、ヴィヴィアン様はふうと息を吐き出してから答えを口にした。

 

「今日はあなたに忠告を差し上げるためにお呼びしたの。あなた、最近スレンド様と親しくなさっているでしょう? 婚約者がいらっしゃる殿方とあまり親密になさるのは感心できないわ」

 

 スレンド様、とはダニエル・スレンド伯爵令息のことだ。彼は近頃、人目も憚らずサラと肩を寄せ合って談笑する姿が校内のあちこちで目撃されるようになっていた。

 二人きりの世界に浸るように肌を寄せ、何事かを囁き合う彼らの様子を見て男女の仲を勘繰る声は少なくない。スレンドの婚約者であるクリスティナもその一人だ。

 つい先日、思い詰めた顔のクリスティナがヴィヴィアン様に相談しに来たことがサラへの「忠告」に繋がったのだが、眼前のサラはそういった事情を語り聞かせられてもあまり納得していない様子だった。

 

「わたしはあくまで学友としてダニエル様と仲良くさせていただいているだけです。それが悪いと言われても……困ります」

「そう、あなたはそういう意識でいらっしゃるのね。であれば学友らしい距離感と節度を保ってくださればわたくし達も何も申し上げることはありませんわ。ですが、あなたがまるでスレンド様の恋人のように振る舞っていらっしゃるからこうして忠告をさせていただいているのです」

「恋人だなんて、わたしはそんなつもりは……ただダニエル様が一緒にいたいって言ってくださるから……」

「あなたにそのつもりがなくとも周りからはそう見えるということですわ。淑女であればどう見られているかを意識して行動せねばなりません。己だけでなく相手の外聞を保つためにも、よろしくないと思われる言動があればそれとなくたしなめるのが淑女の心がけではなくて?」


 ヴィヴィアン様の容赦のない指摘に、サラは言葉を詰まらせて俯く。

 ヴィヴィアン様の主張はケチのつけようのない正論だ。絶対的な正しさを背負っているヴィヴィアン様に対して、サラは何を言おうとも見苦しい言い訳になってしまう。非を認める以外の選択肢が許されないこの状況に、サラは息苦しさを覚えているのだろう。


 目を潤ませるサラに、ヴィヴィアン様は「淑女が人前でやすやすと涙を流してはなりません」とさらに厳しい叱責を送る。これも正論には違いないが、サラからすれば泣きっ面に蜂だ。

 ついにはぽろぽろと涙をこぼし始めるサラに対してもなお険しい態度を崩さないヴィヴィアン様に、私は——


(くぅぅぅぅぅぅっ‼︎ ヴィヴィアン様、今日もキレキレでいらっしゃる! そこが素敵! 最高! 大好き! 心の底からお慕い申し上げておりますわぁぁぁぁぁッ‼︎)


 私は、心の中でガッツポーズをして高らかに愛を叫んでいた。


 ヴィヴィアン・グラーヴァス様は、一般的には「近寄り難い人」として知られている。

 毛先を巻いて整えた美しいプラチナブロンドのお髪に、目尻の吊り上がったサファイアブルーの瞳、陶磁器のように真っ白いお肌、そしてすらりとした長身はすべて引っくるめて「完璧に整いすぎてどこか冷たく鋭い印象」になってしまうらしい。

 さらにヴィヴィアン様ご自身もキツいか優しいかで言えばキツめな物言いをされるため、冷たさに拍車がかかってしまう。


 ついたあだ名が「氷の麗人」。最近では「悪役令嬢」も追加された。最近演劇にもなったロマンス小説でヒロインをいびり倒すキッツい(かたき)役のご令嬢にヴィヴィアン様がそっくりなんですって。

 私からすれば、どこに目玉がついていらっしゃるの? って話だ。ヴィヴィアン様の物言いは確かにキツいが、それは相手を不快にさせる目的があってのことではない。

 ヴィヴィアン様はただ人一倍生真面目で完璧主義者で、世界は清く正しくそしてそこに暮らす人々も善良で幸福であるべきだと願っているだけなのだ。

 私、タチアナ・ハーネットがヴィヴィアン様と出会った時だってそうだった。あれは入学式の日、緊張でガッチガチになりながらホールに向かう私をヴィヴィアン様は「リボンが曲がっていてよ」と呼び止めた。そしてリボンを直すかたわら、私にこう囁いたのだ。


「貴族令嬢たるもの、常に見られている意識を持って行動しなければなりませんわ。ゆくゆくは女主人として屋敷を取り仕切り、夫の不在の折にはその代わりを務めることもあるのですから。仮に貴族に嫁ぐことがなくとも、ひとたび貴族として生きたのであれば魂の気高さを忘れないように。尊き者の使命ノブレス・オブリージュを常に胸に刻み、民の規範となるよう胸を張りなさい」


 そのお言葉を聞いた時、私の身体にびびっと電流が走った。ヴィヴィアン様の話した内容はこれまで家庭教師にも教えられたことであったが、頭半分にしか理解できていなかった貴族令嬢という身分の重みを初めて魂の芯から感じ取れた気がした。

 同時に、私はヴィヴィアン様こそが己の仕えるべき主君でありこの世で最も尊い位置におわす存在だと直感した。以来私はヴィヴィアン様のご友人——学内では取り巻きと呼ばれているらしい——として幸せな毎日を過ごさせていただいている。


 閑話休題。

 私は今現在ヴィヴィアン様のご友人としてサラへの注意をなさるヴィヴィアン様にご相伴に預かっているのだけど、パッと見た印象ではサラにはまるで反省の色はない。それどころかまるで自分が被害者のようなツラをしている。

 そりゃ確かにヴィヴィアン様の言い方はキツいけど、言ってること自体は至極真っ当な忠告だ。なのに真面目に聞きもせず「こんなにひどいこと言われてるわたしってかわいそう」みたいな態度は正直どうかと思う。


「ひどいです、ヴィヴィアン様……どうしてそんなことをおっしゃるのですか? わたしが平民の出だから……?」


 おいおいおい。態度だけでは飽き足らずとうとう口に出して被害者アピールを始めたぞこのアマ。

 おっといけない。炭鉱街で男の子に混じって遊んでた頃の言葉遣いがつい出ちゃった。まあ心の中でだけなのでご容赦くださいませね、オホホ。頭の中身は大騒ぎでも顔は貴族令嬢らしくお上品に澄ましてアルカイックスマイルですわ。


「いいえ。元は平民の生まれだとしても、今のあなたは貴族令嬢。なればこそ貴族としての振る舞いを心がけてほしいと忠告させていただいているだけです。ほかのご令嬢と違って下地がないぶん大変だとは存じますけれど、貴族となった以上はその責任と義務を果たさねばなりません。正しい振る舞いも果たすべき義務のひとつです」

「やっぱり……わたしが気に食わないから、そんな意地悪をおっしゃるのでしょう?」


 ダメだこのアマ。まるで話が通じねえわ。

 見かねたヴィヴィアン様ファンクラブ仲間のミーティが「サラさん、ヴィヴィアン様は親切心でおっしゃっているのよ」と助け舟を出すが、サラはそれさえも聞きたくないとばかりにわっと顔を覆って泣き始める。


「それだったらどうしてこんな場所に呼び出して、大勢でわたしを追い詰めるんですか……! こんなのってひどいです!」


 ああ、本当にダメだこのクソアマ。自分かわいそうに舵を切りすぎて認知が歪んでいる。

 だいたい大勢でって言うけど、ここにいるのはヴィヴィアン様と私とファン仲間のミーティとお前の四人やぞ。取り囲んで罵声を浴びせたなら追い詰められたと言ってもよかろうが、ヴィヴィアン様の両脇で「は〜ヴィヴィアン様素敵っ」とうっとりしているだけの構図で一方的に被害を叫ばれても困る。

 人気がない場所に呼び出したのだって、大勢の前で注意して恥をかかせないようにっていうヴィヴィアン様のご厚意だし。それにこの被害者ムーブを見るに、大勢の前で咎めたら咎めたででかい声でひどい! なんて騒いでさもこっちが悪いように印象付ける未来しか見えない。ひどいのはお前じゃ。


「サラ! 大丈夫か!」


 サラが泣き始めたタイミングを見計らうように、校舎の影からひとりの青年が現れてサラの肩を抱く。

 あのクソアマ、一人で来いとは書かなかったけどいくらなんでも浮気相手のスレンドを連れてくる奴があるか? 人の婚約者だぞ。常識ってもんがないのか。


「グラーヴァス嬢! 貴族令嬢たる者がか弱い乙女をよってたかって虐げるとは何事だ!」


 そしてこの男も大概頭がおかわいそうなようだ。

 話聞いてた? 聞いていなかったんだろうな。聞いていたら支離滅裂な主張をするサラに肩入れしようなんて思わない。沈むのが確定の泥舟に知っていて乗るバカはいないもんね。


「わたくしはサラさんを虐げたつもりなどありません。ただ婚約者がいる殿方とあまり親密にしすぎるのはよくないと、淑女としての在り方を説いていただけですわ」

「それならなんでこんなにサラは泣いているんだ!」


 毅然と対応するヴィヴィアン様に、スレンドはきっとまなじりを吊り上げてヴィヴィアン様を睨む。「ダニエル様」と頬を染めたサラを胸に抱いて、さながら気分はロマンス小説のヒーローといったところか。

 実に甘ったるい茶番だね。反吐が出る。


「スレンド様。ヴィヴィアン様のおっしゃっていることは事実ですわ。私達は何も……」

「黙れ! 取り巻きの言うことなど信じられるか!」


 あまりに見ていられなくてつい口を挟むと、スレンドの怒鳴り声で遮られる。

 いやあ。貴族令嬢としていかがなものかと人を咎める前に、自分の行いを振り返ってみてはいかがですかね? か弱い乙女を頭ごなしに怒鳴りつけるって貴族令息としてお行儀が良いと言えるのかしら。

 ま、一方に肩入れして反対意見もろくに聞かずにもう一方を悪者だと決めつけちゃう頭の持ち主に客観的な目線なんて求めるほうが酷か。


 呆れ返って口もきけずにいるうちに、スレンドはサラの肩を抱いたままそそくさと逃げ帰る。去り際にヴィヴィアン様を睨みつけるのも忘れずに、だ。


「大丈夫ですか、ヴィヴィアン様?」


 放心した様子のヴィヴィアン様に声をかけると、彼女は「ええ」と力なく答えた。表情にこそ出さないが、一方的に悪者と決めつけられてしまった状況に内心は深く傷付いているのだろう。

 ヴィヴィアン様は気丈に見えるが、それは極力感情を表に出さぬよう厳しく己を律しているからだ。常に貴族令嬢の模範たるべく善き振る舞いを心がけている彼女にとって、悪と謗られるのは不本意以外の何物でもなかろう。


 あのクソアマとバカ男、絶対に許さん。何かしらの角に小指をぶつけろ、と心の中で小さな呪いをかけていると、ミーティとはたと目が合った。

「わかる」と言いたげな視線を送るミーティと頷き合い、心なしか重い足取りで校舎に戻るヴィヴィアン様の後に続いて足並みを揃えて歩く。

 ヴィヴィアン様ファンクラブの創立メンバーとして一号二号を分け合った仲のミーティとは、深く言葉を交わさずとも心は通じる。ミーティも今頃あの二人への呪いを胸中で吐き出しているに違いない。

 今度出会ったらとっちめてやる、というささやかな誓いが果たされる機会は、思ったよりも早くやってきた。


「グラーヴァス嬢!」


 サラへ忠告をして一月ほどが経ったある日の昼下がり。中庭のガゼボの下でヴィヴィアン様と私とミーティがお茶を楽しんでいたところに、顔を怒気に染めたスレンドがずかずかと割り込んできた。その傍らには目を潤ませたサラがくっついている。


「何用でしょうか、スレンド様?」

「サラに代わって抗議に来たんだ。サラを罵倒した挙句頬を叩いたそうだな!」


 口角泡を飛ばす勢いでそう主張するスレンドに、私とミーティは顔を見合わせた。

 ここ数日——というか、毎日ヴィヴィアン様と私とミーティは寮を出てから下校して部屋に戻るまでずっと行動を共にさせていただいているが、そんな場面はついぞ見たことがない。

 一応お手洗いで離席される時と寮の部屋に戻る時はヴィヴィアン様はお一人になるが、清廉潔白が服を着て歩いているようなヴィヴィアン様が人を平手打ちするだろうか。いやない。絶対にあり得ないと断言できる。


「何の話でしょうか。わたくしには身に覚えがございませんわ」

「とぼけるつもりか! サラのこの頬の跡が何よりの証拠だ!」


 困惑するヴィヴィアン様をよそに、スレンドは見せつけるようにサラの肩を抱いて訴える。涙に濡れたサラの右頬は確かに赤くなっていた。


 やりやがったな、あのアマ。自分でやったのか別の誰かにやられたのかは知らないが、ヴィヴィアン様に罪を被せるつもりだ。


「わたくしではありません。わたくしはサラさんとは——」

「あくまでしらを切り通す気か、この悪女め!」


 スレンドがガーデンテーブルに拳を叩きつけ、ガチャンと音を立ててカップが跳ねる。ヴィヴィアン様の青い瞳には一瞬恐怖の色が浮かんだが、すぐに平素の伶俐な輝きを取り戻した。


「一旦落ち着きになってください、スレンド様。わたくしはサラさんに暴力など振るっておりません。タチアナさんとミリタリアさんがそれを証明——」

「そうやって取り巻きと身分を傘に着て、何度サラを泣かせてきた⁉︎ 今日という今日は許さんぞ!」


 ヴィヴィアン様の言葉を怒声で遮って、スレンドがヴィヴィアン様に腕を伸ばす。胸倉を掴まれたヴィヴィアン様がひ、と小さな吐息を漏らすと同時に、私は立ち上がっていた。


「サラに謝れ! 謝らなければお前にもサラと同じ痛っ、」

「ヴィヴィアン様に何をなさいますのーーーーーっ‼︎」


 何事かをほざいていたスレンドの顔面に私の怒りのビンタが炸裂し、スレンドがよろめく。ヴィヴィアン様の制服の胸元を掴んでいた手が離れるやいなやミーティの追撃のタックルがスレンドの脇腹にめり込み、スレンドは地面に倒れ込んだ。


「今よアナ! 押さえて!」

「か弱き乙女に手を上げるなんて紳士の風上にも置けぬ下郎め! 許しませんわよ!」


 すかさず横向きに倒れたスレンドを転がしてバックマウントポジションを取り、両腕を捻り上げる。

 スレンドは離せとわめいて身をよじるが、炭鉱仕事で鍛えた屈強な男を師と仰ぎ喧嘩の何たるかを教わった私はそんじょそこらの令嬢より何倍も手強い自覚がある。

 見てるかサラ。元平民の矜持ってのはこういうもんだ。お前みたいに弱い者アピールして他人を貶める女は平民の風上にも置けねえ。


「何事だ⁉︎」


 そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた生徒達が集まってきて、私と押さえつけられているスレンドを見て驚愕に目を見開く。一部のご令嬢なんかは立ちくらみがして近くの生徒に支えられている様子だ。温室育ちのご令嬢には生の喧嘩は刺激が強かろう。


「スレンド様が突然サラさんを連れて怒鳴り込んできて、ヴィヴィアン様に暴力を振るおうとされたのですわ」

「それは本当か? ご令嬢に向かって何てことを……」


 ミーティの説明に、私の下でもがくスレンドに一気に非難の視線が向く。ついでにおろおろしていたサラにも厳しい眼差しが注がれて、「違うんです」とサラがわめく。


 普段ならば、悪役令嬢とあだ名されるヴィヴィアン様と涙を浮かべたご令嬢が並んでいればヴィヴィアン様がご令嬢を泣かせたのだと第三者は思うだろう。

 だが今のヴィヴィアン様は襲われたショックを隠しきれず、顔色は血の気が引いて青白く「ミリタリアさんのおっしゃっていることは事実ですわ」と述べる声もどこか震えている。常に毅然としているヴィヴィアン様だからこそ、それが弱った姿は凄まじい説得力を伴って「被害者」という位置付けを強固にした。


「一度何があったか第三者も交えて事実の確認をすべきだろう。グラーヴァス嬢、それからダール嬢も来てもらえるかな?」


 とある令息の一言にヴィヴィアン様が頷き、どさくさ紛れにすり足で逃げようとしていたサラがびくっと肩を跳ねさせる。

 そうそう。こういう冷静な姿勢が大事なのよね。スレンドもこうやって事実確認をしていればよかったのよ、などと感心していると「彼も連れて行きたいので一旦離してもらえるか」と言われ、大人しくマウントポジションを解く。

 戒めを解かれたスレンドは「あいつが悪いんだ!」などとヴィヴィアン様を指差したが、即座に男二人に脇を固められて連行されていった。


 別室での話し合いの結果、ヴィヴィアン様以下私達三名とスレンド及びサラの揉め事は零対十でスレンドとサラの有責となった。


 スレンドは日頃からサラがヴィヴィアン様にいじめられていたと主張したが、証拠は壊れた物とサラの証言だけ。なおかつサラがヴィヴィアン様に呼び出されたという日同じ時間帯に、私達が三人揃って中庭で談笑する姿を覚えていた目撃者がいたので事実無根の虚言だろうと判断された。

 何よりサラの「平民の出のくせに生意気だといじめられた」という主張と同じ平民出身の庶子の私がヴィヴィアン様に特別目をかけていただいている事実が大きく食い違ったのが決定的だった。


 この件に関してスレンド家はグラーヴァス家に対して謝罪と慰謝料を支払い、ダニエル・スレンドを数ヶ月間手元に戻して再教育を施す旨を伝えた。またダール家からも謝罪がなされ、侯爵令嬢を流言で貶めたサラは即刻退学の上修道院へ送られた。


 ことは全て円満に収まり、ヴィヴィアン様には同情の声が寄せられたが、口さがない者は「悪役令嬢だから疑われても仕方がない」などと囁いていた。


「全く失礼な話だ。こんなに心の清いヴィヴィアンを悪役令嬢などと呼ぶだなんて、目がどこについているのか疑いたくなるよ」


 ヴィヴィアン様の白金の髪を一束さらりと手ですくってそう口にしたのは、ヴィヴィアン様の婚約者——アルシェス・シヴィラス公爵令息だ。

「わたくしにも原因がありますから」とどことなく沈んだ顔で呟くヴィヴィアン様の肩を優しく抱き寄せて、シヴィラス様は甘くとろけそうな声で溢れんばかりの愛を囁く。


「ヴィヴィアンが気にすることはないよ。確かに君は厳しい人だけれど、他人だけでなく自分にも厳しくあることは誰だって知っている。それでも君を非難する人間は見る目がないのさ。無知で無責任な彼らと違って、僕はヴィヴィアンの素晴らしさをよく知っている」


 ヴィヴィアン様の髪に口付けを落として微笑むシヴィラス様に、ヴィヴィアン様の頬がぽっと赤くなる。

 それは、陰から見守っている私達も同様だった。


「き、き、聞いたミーティ⁉︎ 今小さい声で「愛してる」っておっしゃったわよね!」

「聞いたわアナ! くぅ〜〜〜っ! やっぱりシヴィラス様は最高ねっ! ヴィヴィアン様と並ぶともうお似合いすぎて最高が極まっちゃうわ!」

「最高〜〜〜! やっぱりあのお二人は大正義よっ! はぁ〜〜〜ったまらん! 末長くお幸せにっ!」


 ミーティと声量を抑えながら興奮を分かち合い、手に手を取り合って二人を見守る。

 ああ、神様。私の推しが、推し達が、今日も最高すぎてこんなに幸せです。

推しが海外で「お嬢さん」と呼ばれていると知って、「絶対悪役令嬢じゃん!!取り巻きになってあの人の良さをわかってるのは私だけ……ってムーブしてえ!!!」となった気持ちを思い出しながら書きました。



◆タチアナ・ハーネット


子爵令嬢。

炭鉱街育ちの(フィジカルが)強い女。通称アナ。

炭鉱労働者の荒くれ者から喧嘩術を教わり、打撃技から関節技果ては制圧用の寝技までを使いこなす技のヴィヴィアン様ファンクラブ一号。



◆ミリタリア・カバネリー


男爵令嬢。

祖父の代で叙爵したので平民気質がまだ残っている家風のおてんば娘。通称ミーティ。

騎士を目指す兄弟に混ざって護身術を習っており、見た目よりも鍛えられて質量のあるボディを活かしたタックルが得意な力のヴィヴィアン様ファンクラブ二号。



◆ヴィヴィアン・グラーヴァス


侯爵令嬢。

いわゆる委員長タイプで、生真面目すぎてキツい態度になってしまう真面目ちゃん。

清らかで優しい心の持ち主であり、それを見透かしているタチアナ以下三名にはめちゃくちゃに信奉されたり溺愛されたりしている。



◆アルシェス・シヴィラス


公爵令息。

ヴィヴィアンの婚約者で、彼女に心底ベタ惚れしている。

ヴィヴィアンを害する者は権力と金とコネと策謀で始末してやろうと考えている力と技のヴィヴィアン様ファンクラブ影の三号。

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