金魚テンコの必殺技
* この作品はなろうラジオ大賞5参加作品です。
観察日記的実話です。
後書きにテンコとシャークの大きな写真を入れました。
大水槽に居る頃、金魚のテンコはイジメられていた。
身体の大きさが10匹中3番目に大きいという中途半端さが禍したようだ。
一番手二番手とのパワー均衡に、テンコの入る余地がなかったのだろう。
ある日、フィルターの下に蹲っているのを見た。
手元にあるのはただの虫かごのような小水槽、それでも、隔離するしかない。
テンコは引っ越しのショックも加味してしまい背びれを畳んで、隠れ家用の植木鉢の裏に潜んだ。
水を循環させるだけの安物フィルターの音ばかり耳につく。
翌々日、テンコは恐る恐る泳ぎ出し、新居を点検した。
酸素が多いからか、フィルターからの水が落ちてくる辺りにぼうっとしている。
餌をやってみると、少量だけ口にした。
だがしかし!
その後数日もすると、テンコの本性を発揮した。
小水槽の壁に映る自分の姿を仮想敵と見做し、上下上下と泳ぎながら威嚇する。
背びれも胸びれもピンピン。
ーーテンコは俺様キャラ!
飼い主としては、「元気になってよかったねーー(棒)」と苦笑いするしかない。
小水槽の蓋には「餌やり窓」があってそこから餌を投下するのだが、なぜかいつもそこにいる。待ち伏せしているらしい。
「苦しゅうない」と飼い主を下僕扱いだ。
1か月もすると、いじけていたテンコはどこへやら、俺は王様と我が物顔になった。
運動量の戻ったテンコは、金魚鉢なら円周を延々と泳ぐこともできるだろうが、四角い水槽ではつっと泳ぐたびに壁が立ち塞がる。
ーー大きな水槽が要る……。
元居た200リットルの大水槽は横1mで台付き、友人に廉価で譲ってもらったもので、新品だったら月給の3分の1相当。
もう一つ、というわけにはいかなかった。
悩みに悩んだ末、近くのガーデンセンターで「60リットルシンプル水槽」というものを見つけた。
フィルターも砂利も水草も何もついてこず、蓋さえもない!
でも、配達込みにしても諭吉さんのお世話にならずにすんだ。正直言って助かった。
現在、その新水槽にはテンコとシャークが住んでいる。
テンコは何度引っ越してもテンコで、蓋代わりに使っている竹製の巻き簾を開けると、いつもそこに居る。
シャークを押しのけて我先に餌を食べる。
そしてとうとう必殺技を身につけた。
飼い主の影が水槽に映りこむやいなや、「ちゅっ、ちゅっ」と音を立てるのだ。
巻き簾の下の、水槽の角の水と空気を勢い付けて同時に吸い込んで鳴らすキス音。
ーー下僕を呼んでいる。
腹が減ったと言わんばかりに。