第97話 スクロール量産
魔道スクロールの製作には、当初見積もった工数よりも多くの時間を要することが判明してしまった。
紙の製作の各工程は、生半可な知識では失敗することも多かったのだ。
これはヤバいと思い、俺は王宮に飛んで宰相様を訪ねた。
「スクロールに使う紙ですか」
「はい……紙です」
紙をなんとか秘密裏に手に入れることが出来ないか相談中である。
ジムたちに採ってきてもらった材料を全部使っても5割程しかまともな紙にならないので、半数の800枚位のできる見込みしか無いのだ。
「ならばこうしましょう。王都にある2つの紙工房に、王宮より書物の作成のためにと400枚ずつ紙を手配します。王宮に配達された紙は、そのまま魔道転移ドア経由でノーマウント邸に運び出せばよいのです。本の作成のために王宮が500枚単位の用紙を手配するのはよく有ることですからな」
「それだととても助かります。支払いは商業ギルド経由でよろしいですか?」
「それはやめた方がいいでしょう。王宮が個人から買い求めることはあっても、王宮が個人に物を売ることは無いので、商業ギルドで変な噂が立つやも知れませんぞ」
「ではどうすれば……」
「今回の軍事予算に組み入れます。なあに、全体の金額からすれば紙の値段なんて微々たるものですからな」
お礼を言って、出来たばっかりのバタークッキーを宰相閣下に渡すと、「これは良いにおいがして、美味しそうですな。早速うちの家内に持って帰らねば」と言って喜んでくれた。
よし、これで紙の心配は無くなった。後は魔石の加工だな。
◇◆◇
「ジム、これまでに魔石はどのくらい集まってる?」
「そうだなー、しっかり数えてはいないが、800個くらいは集まったと思うぞ」
「そうすると、手持ちの200個と合わせて1000個が確保できたって事か」
「そんなところだな」
「こっちも加工に入らないと間に合いそうにないな」
魔石の加工は、魔道具の魔力源として力を発揮するために必要な作業である。
魔石は魔物の体の中で魔素が凝縮し結晶化したものとされているが、実際のところその結晶化のメカニズムは解明されていない。
しかし、魔石を魔道具に応用する為の加工技術は結構進んでいて、高い温度に暫く晒しておけば表面から柔らかくなってくるため、規格の長さに容易に加工することが出来る事が知られている。
魔石の加工は加工技師が行うが、今回はこれも自分たちで行うという訳だ。
「エレン、お湯の準備は出来てる?」
「ばっちりですよー」
高い温度と言っても火を使うような温度ではなくて、90℃程度のお湯に10分ほど漬けておけば角が柔らかくなってくる。
魔道具には魔石をセットする容器が装備されているが、長さが合わないと入らなかったり、逆に隙間があいたりするので長さを全て合わせる必要があるのだ。
「ノーラは容器の準備ね」
「こちらもOKでーす」
「じゃあ始めましょうか」
沸騰した水をタライに入れ、その中に小さな魔石を50個ほど放り込んで様子を見る。
そして表面がフニフニとゼリー状に柔らかくなったころを見計らってノーラの用意した規格容器に押し込んでゆく。
はみ出した部分は丁寧に削ぎながら形を整えていって最後に冷たい水に浸けておくと、長さが統一された魔道具用の魔石が完成するという訳である。
「熱いから気を付けてください。スクロール用の魔石は、使い捨てなので正確な加工は必要ありませんからね」
通常の魔道具用の魔石は、加工する大きさが決まっていて、長さは勿論だが太さも奇麗に統一されている。
しかし、魔道スクロール用の魔石は、魔法を発動すると同時に自らを燃やしてしまうために魔石も使い捨てなのだ。そのため、今回に限り正確な加工は必要ない。
「1個出来ましたー」
「私も1個できたよ」
マルコさんもノーラの用意した規格容器の型に柔らかくなった魔石のはめ込み作業を行ってもらっている。
「形が歪でもよければ、自分たちでも出来るんだね。私の魔道具用の魔石も自分で作ろうかなあ」
とマルコさんは言うが、1600個作った後にそれを言う気力があるかは微妙だろう。恐らく、『もーいやだ』と言うはずだ。
1個作るのに、大体3分ほどかかっているのを考えれば、2人の型入れ作業によって1日に精々300個というのが関の山だ。
4日以上も同じ単純な作業を、淡々と繰り返さなければならないのである。
「皆さん、時々休憩しながらやってくださいね。飲み物とお菓子をここに置いておきますので」
「やったー!」
「お菓子、お菓子!」
時折休憩を挟まないと、この作業はつらい。
「アル君の作ったバタークッキーはいつも美味しいねー」
「あ、これはリサちゃん作ですよ?」
「えっ、そうなのかい? こんな美味しい物まで作れるようになったのか」
「彼女は覚えが早いですからね」
親が知らないうちに、子供は成長してゆくものなのだ。マルコさんは感慨深げにクッキーを頬張っていた。
俺は何をしているかと言うと、魔石の加工はやっていない。
今は、スクロールに魔法陣を印刷する為の版という物を作っているところだ。
6種類のスクロールはそれぞれに違う魔法陣が描かれるので、それぞれ違う版を作っておく必要がある。
印刷はシルク印刷の技術を利用した。
魔法陣を描く部分だけ、ルメリウムの樹液を混ぜたインクが滲み出るようにした版というものを作り、紙を下に敷いてその版を当てる。
その状態でペースト状のインクを上から刷り込むと、奇麗に印刷ができるのだ。
ただし、スクロールの印刷で厄介なのは、印刷した魔法陣が目に見えない事。カスレがあっても容易に発見できないのである。
魔石加工は1000個作ったところで中断し、後の残り600個はジムたちの魔石集めが終わってから行う事にする。
次の作業は、紙への魔法陣の印刷と組込みだ。
「これは凄い魔法陣ですねー!」
「ここまで精巧なものは初めて見ます!」
ファイアボールのスクロールに使う版下を魔道具師の二人に見せると、瞬きをするのも忘れて魔法陣に見入っている。
「あんまりじっくり見てると、穴が開いちゃうよ」
「えっ、そうなんですか?」
「あ……いえ、冗談です」
彼女たちにはなぜか俺の冗談が通じない。
「次は印刷の行程に入ります」
「「はいっ」」
「ルメリウムのペーストは酸を混ぜると透明になりますが、魔道回路の性能は変わりません。この為、見えない魔法陣でも魔術を発動することが出来るのです」
「あのっ」
ノーラさんが手をあげる。
「ちゃんと印刷が出来たかどうかは、どのようにして確かめるのでしょうか?」
「確かめようがありません」
これは実は嘘だ。印刷が掠れて正しい魔法陣になっていないと、魔術が発動しないならまだいいが、手元で発動してケガをする可能性だってある。
そこは俺のMR装置で紫外線を照射して、反射光を認識させることによって検査しているのだ。
「では、魔術が発動しなかったり、手元で発火する場合だってあるのではないですか?」
「そうですね、エレンさん。それが無いように塗る回数を3回にして、確実に紙の上に魔法陣が描けるようにしているんです」
言ってる事は間違ってはいない。
シルクスクリーンは穴が開いていると言ってもメッシュの状態なので、ヘラで2度、3度と摺り込んだ方が奇麗な印刷ができる。
そうすることで、失敗は殆ど無くなっているのだから。
しかし、ノーラさんといいエレンさんといい、呑み込みも早くて気付きも的確だ。
宰相さんが『厳選する』と言ったのも、それは本当の事だったのではないかと思えてきた。
「分かりました」
「印刷が終わった紙は、種類と番号を書いてテーブルの上に並べて乾燥させます」
実はこの間に、検査を行っているが、このことは皆に伏せている。
もし、このMR装置なんてものが彼女たちにばれてしまったら、大事になってしまう自信がある。




