第88話 快適な我が家に
今回雇い入れたのは11人。
執事のグラハムさん55歳、メイドのファティマさん36歳、ハナンさん24歳、タリアさん17歳、料理人のガストンさん43歳、バジルさん26歳、庭師のモスさん45歳、パトリスさん22歳、守衛のアーサーさん40歳、ジョージさん35歳、そして使用人のローランスさん32歳。
ローランスさんは、雑用係兼御者としてお願いした。
年齢はタリアさんを除いて、みなさん年上だ。それも当然か。
「わたくしは、本日からでも大丈夫でございます」
他の使用人たちは色々と準備があるだろうから、3日後から来てくれるようにお願いしたが、グラハムさんは今日から仕事をしてくれるという。
経験が豊富な彼は、自分が先に金銭的な計画を立てて準備をしておかなければ最初がうまく回らなくなってしまう。とそのまま残ってくれた。
グラハムさんとは少し打合せをした後に、当面の資金として魔道トートバッグから金貨10枚を取り出して渡した。
「当面は、これだけあれば十分でございます」
「あとは、今日作った屋敷のギルドカードで運営をお願いしますね」
「畏まりました。お任せください」
使用人たちがいったん帰った後、俺たち月盟の絆の4人は居間に集まってこれからの事を話し合った。
「貴族になってしまって、王国からの招集や要望には応えなければならないけど、基本的に俺は冒険者を続けたい。冒険者パーティ“月盟の絆”をこのまま続けていきたいんだ」
月盟の絆のパーティランクは現在Sランクだ。個別のランクもみんなSランクになっている。こんなに強力なパーティは滅多にないと思われる。4人の絆があるからこそここまで上り詰めることが出来たのだ。
「私はそれで構わない。この4人がずっと一緒にいられるのなら、それでいいよ」
「お前が男爵になっても、伯爵になっても冒険者を続けていくってんならそれでもいいぞ」
「アルの好きな事をやればいい」
やっぱり、みんないいやつだな。
使用人たちがやってくる日になった。
それぞれの作業分担などは、面接を行った時に確認しているから問題は無い。そしてみんな経験があるし、グラハムさんの準備のおかげでスムーズに事が進んでいったのだが、そんなある日。
「洗濯場ねえ……」
「はい、洗濯場です」
使用人は住み込みが多いので、自分の洗濯物は自分で洗おうとする者が多い。それは良いのだが、ジムたちも冒険者の習慣が抜けておらず自分で洗おうとする。
「ジェームス殿にも『メイドにお任せください』と何度も申しましたが、『自分でやるからいいよ』と聞いてくださらないのです」
「それで洗濯場が込み合うと」
「はい、エミリー殿とミラベル殿も一緒になることもあり…… 洗濯は朝の早いうちに集中しますので」
この屋敷の洗濯場は決して狭くはないのだ。脱衣所の隣に設けられた洗濯場は、坪で言えば15坪ほどの広さがあるのに、それでも狭いというのか。うーん、どうしたものか……
少し考えた結果、おれは魔道洗濯機を作ることにした。この世界の洗濯は、まだ桶での揉み洗いだ。今はまだ暖かいからいいが、冬には手にしもやけやあかぎれを作る人もいる。
「そういう訳で、ガレットさんの所に行ってくる」
洗濯機と言えば、腐食対策が必須だ。有効な塗装技術が無いこの世界では、ステンレス板でのケース作りが必要である。
ルナの町のガレットさんは、鉄板や錆びにくいステンレス板での金属加工をたくさんやってもらった実績があるので話がはやい。
ちなみに、ルナの町にはどうやって行くのかというと、まだフェアリーナイト宿泊所の俺が宿泊していた部屋はそのまま借り続けていて、魔道ドアも設置したままなのだ。
俺は屋敷の2階の転移室に設置しているドアにフェアリーナイトの行先番号を入力してルナの町へ転移した。
「アル坊か、久しぶりだのう」
「ご無沙汰しています」
「お主も貴族にさせられてしまって、忙しかったじゃろうて」
「でもこんな俺をアル坊って呼んでくれるのはガレットさんだけですよ」
「そうかのう、何か悪かったのう」
「いえいえ、これからも気安くそう呼んでくれると嬉しいです」
ガレットさんは、今でも俺に対する対応がブレなくて気が落ち着く。
「今日はどうしたのかのう」
「そうだった、今日はこんなものを頼みたいと思って来ました」
予め作成した魔道洗濯機の図面を、ガレットさんに見せて確認してもらう。
「そうだの、加工しやすいように良く出来た図面じゃから、1週間ほどでできそうじゃわい。2つだったら10日ってところかのう」
「ありがとうございます」
「ところでこれは、何をする装置になるのかの」
「洗濯物を自動で洗濯する為の機械ですね」
「ほほーう、お主は相変わらず変わったことを考えるのう」
◇◆◇
12日後、俺とガレットさんとで、魔道洗濯機を屋敷の転移室に運び入れている。
宿泊所の転移ドアの前まで運ぶには目立ちすぎるし、ガレットさんには秘密を守ってもらう事を約束してもらい、作業場の片隅に転移ドアを設置させてもらったのだ。
おかげで、ちょくちょく行き来が出来るので、細かい打合せも出来て効率が良い。
魔道洗濯機にも、組立の途中で魔法陣をうまく組み込むことが出来た。
「測ったようにギリギリだのう」
「ははは、測ったからですよ」
何を言っているんだと言われそうだが、洗濯機は魔道ドアをギリギリ通る幅に仕上げている。なので、ガレットさんの工房から無事に屋敷の2階にある転移室まで運ぶことが出来た。
ここからはジムにも手伝ってもらって、1階の洗濯場まで運んで設置する。
「水はここに繋いでください」
この屋敷には魔道ポンプが設置されていなかった。改修時に井戸にポンプを設置してもらったから、今では水道の蛇口から水が出てくるのだ。
興味津々のメイドさんたちと執事のグラハムさんが集まってきた。
「ご主人様、これは何をする機械なのでしょうか?」
「タリアさん、これはですねえ、自動で洗濯をしてくれる機械なんだよ」
「えっ、洗濯をですか?」
「そう、洗濯物をこの中に入れてスイッチを押すと、自動的に水を吸い込んで洗濯をしてくれるんだ。搾り作業もしてくれるから後は取り出して干すだけだね」
「すごーいですっ! ……でもご主人様、それだと私のお仕事が無くなっちゃいます」
「大丈夫だよタリアさん。干すのも結構手間がかかるし、その他にも掃除や給仕、ベッドメイキングなんかも毎日の仕事で大変でしょう?」
(あ、他にもできるじゃん魔道具)
今言った中では乾燥機に掃除機、それに食器洗い機。流石にベッドメイキングはロボット型の魔道具が要りそうだけど、そんなもの作ったらタリアさんが泣きそうだ。
実演は、メイドさんたちは勿論、執事のグラハムさんと使用人のローランスさん、月盟の絆のメンバーにも来てもらい実施した。
みんなが興味津々で洗濯機の動きを見守っている。
「途中で手を入れたら危ないので、蓋があります。動いている時には蓋が開かないようになっているので、もし何かあって蓋を開けたい場合はこの“停止”ボタンを押してください」
ちなみに、洗剤は粉せっけんだ。MR装置に蓄積されている情報によれば、詳しい配合や作り方が記録されているので比較的簡単に作ることができた。
「いつも洗濯物を搾るのが大変なのよね~」
「わぁーでも凄いですよこれ、凄くきれいになってますぅ!」
「乾いたら真っ白になるでしょうね」
エミーやハナンさん、それにファティマさんからも絶賛を受けた。
「これは是非一般にも売り出すべきです! 絶対に売れますぞ。ご当主様が発明権を登録されますと、発明権料の収入だけでも如何ほどになることか……」
ちゃんと考えてますよ、グラハムさん。ガレットさんとの共同開発にしているから全額ではないけれど、今回は利益の40%が収入として入ることになりますって。
(それをグラハムさんに説明したら、『この屋敷に雇っていただいて、私は幸せです』と両手を握られた。いや、男の人から手を握られても嬉しくないから)
その後、開発者魂に火がついて、魔道掃除機、魔道衣類乾燥機、魔道食器洗い機、魔道芝刈り機まで作ってしまったのはご愛敬だ。
 




