第159話 山頂のドラゴン
キプリア山の山頂にドラゴンが住みついているらしい。俺がその情報を聞きつけてやって来たと思ったグレゴリ男爵は、『いや知らなかった』という俺の言葉を聞いて少々困惑した顔になった。
しかし、『ドラゴンくらい我々が討伐致しますよ、俺たちは実は高ランク冒険者なんですから』という俺の言葉を聞くと、瞬く間に笑顔に戻った。
「流石でございます! 次期国王様の数々の武勇伝は、私も聞き及んでおりまするぞ!」
どうやら、俺についての色々な噂話が今この国の中で飛び交っている様なのだ。
「北のバーン帝国で、無詠唱魔法にて宮殿ごとぶっ飛ばされたことや、睨みつけただけでカルトール公が失神してしまったことなどが、今や吟遊詩人の歌になって流行っておりまする」
やっぱり情報が偏ってるし、だいぶ盛ってもあるようだ。できれば止めて欲しいな、絶対本気にする人が出てくるんだから。
しかし、ドラゴン討伐のためには、ジムとミラも呼び寄せなければならない。
俺たち2人で倒してしまったら、彼らはきっと後で文句を言ってくるに決まっているから。
「では一旦、自宅に戻ってパーティメンバーを連れて来ますので。それなりの用意もしなければならないですし、準備のために1週間ほど待ってください」
「勿論でございます」
ジムとミラは今、ルノザールのアパートにいる。彼らにとっては小さいながらも楽しい我が家なのである。
ノレンス代官所に設置した魔道ドアからルノザールの屋敷に戻った俺は、執務室に籠ってドラゴン対策を行う事にした。
「ねえ、エミー」
「なあに?」
「ドラゴンって火を吹くんだよね?」
「学園ではそう教わったわ」
魔道学園ではドラゴンの事についての授業はあるが、実際に見たことがある冒険者はこの国にはいないという。
そもそも、グランデール王国と北のバーン帝国、南のカルトール公国の3つの国があるリーディアス地方というものは1つの大きな島となっており、これまでこの島にドラゴンという生き物はいなかったのだ。
「でも、火を吹くというのは少しニュアンスが違ってて、吐き出す息を口から外に出す時に炎の温度まで急激に熱くしているんだって聞いたわ」
「なるほど、息は普通の体温だけど、口から出る時に魔力を干渉させて温度を上げているって訳か」
そうすると、こちらはそれと逆のことをすれば良いだけの事ではないのか?
熱運動を強くした高熱のブレスは、こちらに届くまでに冷却の魔法で熱運動を下げれば良いのだ。
但し、こちらの魔力量と、干渉するスピードが遅いとマズい事になるから、そこは十分に注意を払わなければならない。
今まで集めた魔石の中で、いちばん大きい魔石はルナ迷宮のヒュドラの魔石だ。
これ一つあれば、魔道戦艦の主砲が何発も撃てるだけの魔力量を持っているから大丈夫だとは思うが、念には念をいれてヒュドラを3回狩った。
3個の魔石を亜空間に格納し、瞬発力を出すために常温超魔道回路を組み込んだ高さ2m、幅3mの大きな盾を用意することにした。
これを高温のブレスが来る前に、前方に展開して俺たち4人は隠れる。盾の後ろにいれば常温にまで温度を下げてくれるという魔道具だ。
あとは、もう一つくらい保険が必要かな。
◇◆◇
「準備に2週間もかかってしまいましたが、これでもう準備万端です。これよりドラゴン退治に行ってきます」
予定より遅くなったが、ドラゴン対策のために少々準備に時間がかったことを伝えると、相手がドラゴンだから、当然の事だとグレゴリ男爵は理解してくれた。
まだ調査が完全に出来ている訳ではないから本当にいるのかどうかは分からないが、俺の第六感ではいるというアラームが絶賛発令中だ。
俺たちは万全の準備を行ってから、サンドモービルに乗って山を駆けあがった。
ノレンスの町からキプリア山の頂上まではおよそ80km。
ジムが乗っているから、少しはスピードを落としてあげて時速80km。これだと約1時間で山頂に着ける。
「そんなにスピード出してないからね」
「って、おま! 前と変わらねーじゃねえか!」
「2割ほどスピードは落ちてるし、ミラと一緒に特訓したんだろ?」
「俺は木の中を飛ぶのが嫌なんだよ!」
なるほど、砂漠の上は木が無かったからな。木に衝突しそうになるのを避けて通ってるのが嫌なのか?
そして、山頂にはやはりいた。
全体的に色の赤いドラゴン。レッドドラゴンが山頂にいた。
いかにも火を吹きそうな姿態だ。
「こんな近くに降りていいのかよ!」
「だって、急に止まらなかったんだよ!」
車は急に止まらない。車じゃないけど……
「おい、あれってもしかして!」
「やばっ!」
「いきなりかよ!」
こちらをギロリと睨みながら息を吸い込んでいるあの動作は、ブレスを吐く前の動作ではないだろうか?
俺は急ぎ専用の大きな魔道バッグからドラゴン対策盾を引きずり出した。どうか間に合ってくれ!
「横にして、前に立ててくれないか!」
「そしてみんな、この盾の後ろに急いで隠れて!」
「来るぞ!」
次の瞬間、灼熱を帯びた暴風が俺たちの横を吹き抜けた。
縦の後ろ側までは熱は来ないが、横を吹き抜けるブレスの色は光熱の青を通り越した白色だ。そのために、盾を真っ直ぐに立てた状態では温度の吸収に使っている魔力の消耗が激しい!
「これはマズいな! 盾を斜めにする! みんな屈んでくれ!」
俺は直角に受けていた盾を、少し斜めに倒すことによってブレスを上に逃がす事にした。
45度に傾ければ、熱エネルギーを受ける量が7割ほどに減る計算だ。
「それでももう、魔石2個分消費した!」
「まだ息が続くのかよ」
「もう1分くらいは経ったよね?」
本当に息なのだろうか? 多分30秒も経っていないと思うけれど、それほどまでに長く感じられる。
もしかして、ブレスというのは息ではなくてずっと連続で出し続けることが出来る魔法の類じゃないのか? もしそうだったら、こちらの魔石が先に無くなってしまうぞ!
俺は盾を持つ手を左手に持ち替えて、懐から魔道ロッドを取り出した。
保険として取っておいた安全策を実行に移すためである。
「俺は今からみんなが入る穴を掘る! 下の地面をスッポリ抜くからみんな気を付けてくれ」
「土魔法?」
「そうだ、もう魔石の残量が5%を切った!」
みんな心配そうに俺を見るが、不思議な事に悲壮感は無さそうだ。俺に信頼を寄せているのが分かる。だから失敗は許されない。
「グラウンドカット!」
この魔法は、魔道ロッドを中心とした縦横3mの四角形に地面の土を1mの深さだけ亜空間に転移させる魔法としてMR装置に組み込んだものだ。
土魔法が得意なマリーから、少し前に見せてもらった魔法を基に俺なりにアレンジしたものである。
「「「うわっ」」」
呪文を唱えた瞬間に、俺たち4人は1m下まで落下した。
同時に、盾を支える俺の手も1m下がることになるからその分を少し上げる。しかし、傾きがほぼ無い状態で盾を支える状態になった。
「これだと風圧で持っていかれないように下に引っ張ってるだけの状態だな」
しかしそうなると、前方に若干隙間が開いてしまう。
「アチっ! みんな出来るだけ伏せてくれ、エミーたちは魔術師のローブを頭までしっかり被ってくれ」
先ほどより、前方の隙間から漏れてくるブレスが俺の左手首に当たっていて非常に熱いのだ!
「くそったれ! まだ終わらないのかよ!」
そこに追い打ちをかけて、とうとう魔石の量が0%となった!
「うぉーーっ!!」
俺たちを高熱から守り続けた盾は、魔石3個分の魔力を使い果たした途端に燃えてなくなった。
それとほぼ同時に、ドラゴンのブレスは終わったのだが……。
「やっと止まったか?」
「危なかったわね……って! アル! 左手がっ!」
俺の左手は手首から先が黒い炭の状態になっていた。




