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第152話 奴隷になった俺たち

「俺たち、奴隷になってどこか別の国に売られるようなんだ」

「ふーん。その前に、どうにかできるのよねえ?」

「どうなるか分からない」

「まさかぁ。どうなるか分からないのに、アルがこんなに落ち着いてるのっておかしいもん」


 まあ、さすがにエミーには見透かされているか。


(ちょっと、集まって)


 俺は、小声で話すためにみんなを手招きした。


「俺の上着にはトートバッグと同じ魔法陣を縫い付けた無限の収納バッグが付いてる。魔道ガンなどの武器もここに全部入れてるからまずは問題ない」


「この首輪と魔封じの手枷てかせはどうにかして外せないの?」

「それはまだ外せないかな。相手を油断させるためには必要だから後で外すよ」


 もし、首輪や魔封じの枷が外れていたら、賊は直ちに警戒するだろう。


「あとで外せる?」

「みんなが起きる前に、ルビオンからカギを預かってる」

「何だ、ルビオンが近くにいるのかよ」

「ルビオンは今、エイヴォン侯爵を呼びに行ってるよ。テルミナはエイヴォン侯爵の領土だからね」


 テルミナは特殊な領土で、ウルバナス侯爵が領主となっているが、このテルミナをも含んだもっと広いハルス地方を治めるのがエイヴォン侯爵なのである。


「それに、もし黒幕がテルミナのウルバナス侯爵だった場合、対応できるのはエイヴォン侯爵しかいない」


「なるほどね、分かったわ。このまま私たちは捕まったふりをして逆に犯人を捕まえて、ルビオンさんが呼びに行ってくれてるエイヴォン侯爵に引き渡すのね」

「その通りだね、エミー」


 エミーは、このあたりの物分かりがとてもいい。

 

「証拠はアルセリアの領主である俺が証言すれば問題ないと思うけど、他の方法も考えとくよ」

「じゃあ、私たちはビクビクしている振りをするわね」

「まあ、そうだね。よろしく頼むよ。因みに、首輪の機能はもう無力化してあるから」


 これも言っとかなければならなかった。


「この首輪って、どうなるんだよ」

「相手にスイッチを入れられたら、息が出来なくなるらしい」

「ええーっ!」

「だからもう無力化してるって。よっぽど抵抗したり、逆らったりしなければスイッチは入れないと思うけどね」


 もしかして、スイッチが入れられた場合の振りをする事も考えてたのか?


 半日ほど揺られていると、馬車がゆっくり止まった。

 そして、暫くしたらまた動き出した。


「小さな集落を通っている感じだね」


 御者がトイレに行ったのかな? なんて考えていると、再度馬車が止まった。今度は、この馬車の御者だと思われる男が後方にある小さな窓を開けた。


「さっきから起きていたようだが大人しくしていたな。代官様から飢え死にしない様に食いもんはちゃんと与えろって命令されているんだ。ほらよ!」


 彼は紙に包まれたままのパンと水袋を、無造作に中に投げ入れた。


「あ、ちょっと待って!」


 御者が入り口の扉を閉めようとしたところを制止して、御者に質問をする事にした。


「俺たちはどこに運ばれているんですか?」

「おめえたちはな、奴隷にされてテルミナの港に運ばれているのよ。まあ、可哀そうだけどよ、俺にはどうする事も出来ねえってもんだ」

「えーーーっ! ヤダー!」


(エミーはちょっと、台詞せりふが棒読みになっていないか?)


「テルミナの港に行ったらどうなるんですか?」

「さあな、俺は運ぶのが仕事だからよ、その後のことは聞かされてねえんだ」

「トイレに行きてえから、ここから降ろしてはくれねえか?」

「すまねえな兄ちゃん、この奴隷の檻は絶対開けるなってクラリコン様に言われているのでな、トイレはそこで済ませてくれや」


 御者をしているのはどうやら一人、そして命令したのはクラリコン子爵のようだ。

 檻は頑丈に出来ていて、鉄格子は力持ちのジムでも曲がりそうになかったし、このままテルミナまで運ばれてやる事にした。


 食事は、俺の懐から食べたいものを自由に出せる。

 何かあった時のために、食料は保存食を含め1か月分ほどの食料を入れている。だから食に困ることは無いのだが、振動に関してはちょっときつい。


 俺は懐バッグからクッションと毛布を取り出した。野営用に入れている物だ。


「これ使って」

「有難う」

「食事もパンだけじゃさすがに足らないから、この中にあるものを出すよ。エミーは何がいい?」


「じゃあ、私はドリアがいいな」

「あたしはピザが食べたい、焼き立ての」

「俺はもちろんステーキな」


 奴隷の檻の中で、こんなもん食べていいのか? って言いたくなるような料理を皆が要求するが、勿論それらも全部入っているのである。


 おそらくは、御者さんはパンをかじりながら馬車を動かしているだろう。

 俺たちは、御者のおっさんにごめんなさいと心の中で詫びてから料理を食べ始めた。


◇◆◇


 4日も馬車を動かしていると、さすがに疲れたのだろう。

 御者のおっさんは、初日からすると何だかやつれた様に見える。


「もうすぐテルミナだ。これがこの国での最後のメシになるからちゃんと食っとけよ。でもおめえら、何だか元気で血色もいいな……」

「気のせいだと思います、多分若いからですよ」

「そうかぁ? 若いっていいよなあ」


(ごめんなさい、嘘です)



 テルミナ港に着いたようだ。

 磯の匂いがしてくるので、馬車が入った建物は恐らく湾岸に建てられている倉庫なのだろう。

 先に商品のチェックをしていた人物は普通の商人らしき風貌をしているが、他国の奴隷商人でもあるらしい。


「これはこれは、侯爵閣下。今回は魔術師の娘が二人もおるようですなぁ」


 奴隷商人は、魔術師が二人も手に入ると喜んでいるようだ。


「今回は子供も少々いるし、魔術師は珍しいだろう?」


 俺たちの他にも冒険者に成りたての者が数人いるし、子供の奴隷もいる。

 奴隷商人らしき男と話をしているのは、侯爵閣下と呼ばれていた。ウルバナス侯爵に間違いないようだ。魔術師の奴隷は珍しいようで侯爵の機嫌がすこぶるいい。

 

「では、早速ですが奴隷販売契約を致しましょうかな」

「まてまてイセルフ」


(はい、イセルフさんアウト!)


 この国はすでに、グランデール王国の統治下になったので、奴隷販売契約はご法度になっている。グランデール王国では奴隷売買は重罪だ。


「船の出航を2~3日遅らせるから、この娘二人は私の別館の方に運んでくれ」

「いやいや侯爵閣下。あなたも好きですなあ、まだお若いから血気盛んなのでしょうが、ほどほどにされませんと商品価値が下がりますぞ?」


(はい、ウルバナス侯爵は別の意味でアウト!)


「そんなもの、お前がなんとかすれば良いだけの事じゃないか」

「そんな訳にはいきませんって、鼻が利く者は沢山いるのですから……」


 もちろん、奴隷販売契約を結ぶことは重罪であるが、エミーたち二人を手籠めにしようと考えているところが万死に値する。


(そろそろ頃合いかな?)


 エミーたちはドン引きしてるし、ジムは今にも襲い掛かろうとウルバナスを睨みつけているからね。


「はいはい、お前たちはその位にしとけよ!」


 パンパンと手を打って、俺は二人の会話の中に割って入った。


「何だおまえは! 近頃の奴隷は貴族に対して言葉の使い方も知らないのか?」

「はん? 誰が貴族なんだって?」

「なんとバカなんだこいつは。テルミナを治めているのはこの私なのだぞ、ウルバナス侯爵という名前を一度は聞いたことがあるだろう?」


「奴隷の売買をしているのが、貴族だったなんてねえ」

「この国では奴隷の売買は認められているのだ。何も悪いことではないのだよ」

「ほほーっ、その言葉をそのままエイヴォン侯爵にお聞かせしましようかねえ」


 エイヴォン侯爵の名前を出した途端、彼の顔がヒクっと動いた。


「エイヴォン侯爵だと? 何を言われようと、平民の作り話だと言い張れば良いだけのことよ」

「そうか? ちなみに俺はアルセリア領主のノーマウント伯爵なんだぞ?」

「なにを言って……?」


 俺は懐からおもむろに魔道ボイスレコーダーを取り出してスイッチを入れる。


『エイヴォン侯爵だと? 何を言われようと、平民の作り話だと言い張れば良いだけのことよ』


 録音した最後の部分を侯爵に聞かせてやった。


「なんだそれは!」


 ノクターナからテルミナに向かう檻付きの馬車の中で、俺が何もしなかった訳ではない。

 これから恐らく必要になるであろう、ボイスレコーダーの開発に取り組んでいたのだ。

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