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第150話 恩送りの言葉

「意識が無ければポーションを飲ませるのは難しいと思います!」

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「任せてください」


 頭部の外傷はたいした傷ではないが、身体を馬の蹄で踏まれているのかもしれない。

 しかし、この子は意識がないどころか既に息をしていないので一刻も早くハイヒールをかけて息が止まっている原因を取り除かなければならないのだ。


「私は魔術師です、これからハイヒールをこの子にかけます」

「は、ハイヒールですか?」


 この地方では、重傷を治すための治癒魔法であるハイヒールを唱える魔術師は非常に珍しい。


「透明なる波紋を、その身に宿す水の精霊アクアよ。我が呼び声に応じ、この地に蘇れ。サモンサーヴァント!」


 先にミラが空いたスペースを使ってアクア召喚を終わらせたのを確認すると、エミーは魔術師のフードを外して、両手を少女の身体の上にかざした。


「聖なる癒しの源よ、わが両手に宿りて負傷者の全ての傷害を癒したまえ ハイヒール」


 少女の上方で静かに羽ばたくアクアの羽より細かい水の粒子が降り注ぐなかで、鮮やかな黄緑色の魔法陣がエミーの両手と少女の間に発現した。

 そこだけがまるで別世界の様に、特殊な空間であるかのようだ。


 魔法陣から出る光の粒子はアクアからの水の粒子と融合しながら、次々と少女の身体へと吸収されていく。


 その時、取り囲んだ人だかりの中で一人の老人が驚きの声を上げた。


「おお! やはりあなたはマリア様!」


 それを聞いたエミーは少し動揺したが、ハイヒールの途中ではやめられない。エミーが治癒に集中できるように俺は老人に向かって静かに答えた。


「彼女はマリア様ではありません。グランデール王国から来たエミリーという魔術師です」


「しかし……わしが知っているマリア様もその様に銀色の髪をして、このように庶民にも分け隔てなく治癒魔法を施されていたのじゃ。そちらのお方を見ていたら、まるでマリア様が復活なさったかのようじゃ……」


 そうしているうちに、ハイヒールをかけている少女に変化が現れた。


「ゴホッ!」

「ミンカ! ああ、ミンカが!」


 僅かに詰まっていた血のりを吐き出すと、止まっていた肺の動きが復活し、女の子は大きく呼吸を始めた。


「ミンカ!」 


 呼吸が戻ったあとは、顔色も少しずつ赤みを帯びてきた。心臓も正常な動きに戻っているようだ。

 そして、ハイヒールの魔法陣が暗くなりやがて目に見えなくなると、少女がゆっくりと目を開けた。


「あれ? 私……?」

「大丈夫なのミンカ? ……あなたは、クラリコン子爵様の馬車にかれたのよ!」

「あ、そうだ……猫を追っかけてて……」


 ハイヒールをかけ終わったエミーは、心配そうに少女のお腹の辺りに手を当てる。


「まだ痛いところはない?」

「うーん、痛いところはないよ」


 エミーの問いにも少女はしっかりと元気な口調で、『もう痛くない』と言っている。彼女はもう、大丈夫だろう。


「エミリー様と仰いましたか? 本当にありがとうございました! しかし……娘の命を助けていただいたのに、今の私にはあなた様にお支払いできる持ち合わせが無いのです……」


 母親は地面に座って両手をつき、どうすればよいかが分からなくて震えている。


「お母さんですね? 私はお金を貰おうなどとは考えておりません。治癒魔法の出来る魔術師として当然の事をしたまでなのです」


「やはり、その物腰と口調は、王妃様そのものじゃ」


 彼は、とうに70を過ぎた白髪と白髭のお爺さんだ。マリア様の事をよく覚えていたとしてもおかしくはない。


「あなたはやはり……」

「お爺さん、ここは人も多くて通行の邪魔になるので町に入りましょう」

「おお、そうですな」


 そして、何度もお礼を重ねる母親にも『恩を返す必要は無いんですよ、恩は他の方に送ってください』とエミーは念を押してから、そそくさと定期馬車に乗り込んだ。


 この町は人口がおよそ6千人の中規模の町だ。

 代官所を取り仕切るシーメス・クラリコン子爵は、これまでグランデール王国からの登城命令で王都まで行った帰りに、門に入る手前であの少女を馬車で轢いてしまったようだ。


「久しぶりに嫌な貴族を見たわね」

「ありゃあ、ここの住民の敵だな、まちがいねえ」


 俺たちは宿屋の食堂で、適切な対処をせずに立ち去ってしまったクラリコン子爵の悪口を言い合っていた。


「しかし……子供、いや、人間を馬車で轢いておいて、そのまま立ち去るなんて、まともな人間のやる事じゃないな」

「許せないわよね本当に」


 そこへ、門の前で会った白髪のお爺さんが外から食堂へ入って来て、ゆっくりと俺たちの方へ向かってきた。


「やはりここにおられましたか。昼間は大勢の前で、あなた様をマリア様と呼んでしもうたが、申し訳ない事をしました」


 彼はエミーの前に跪き、謝罪をしてきた。


「どうか頭と膝を上げてください。目立ちますから、そしてどうか椅子にお座りください」


 彼は、20年前に材木の下敷きになって大けがをしたとき、今日と同じようにマリア様から助けてもらったそうなのだ。

 ハイヒールをかけている間はまだ確信を持てていなかったが、最後に『この恩は他の方に送ってください』と言ったことで確信を持ったらしい。


「まるでマリア様が降臨なさったかのようでした。あなた様は、マリア様のご親族になられる方でありましょう?」


 「……」


 エミーは、どう言っていいか考えているようだ。

 いや、もしかしたら……自分が無意識に口にした言葉と、爺さんの言うマリア様の降臨が頭の中で重なったのかもしれない。


「詳しい事は今はお話しできませんが、その内にいつか……お話しできるようになると思いますよ」


 仕方がないので、俺が間に入って話をしていたら……。


「ええ、ええ。マリア様の血を引くお方であれば、私は何としてでもあなた様のお役に立ちとうございます。アルセリアを再建なさるおつもりなら、我ら同士は老骨に鞭を打ち合ってでも、必ずお役に立ってみせます」


 この国はどうしてこう、早合点する人が多いのだろう?

 いや、それだけマリア様の影響力がこの国には強いという事になるのだろうか。


◇◆◇


「本来ならば、相手は貴族だから先触れを出して確認をとる必要があるんだけど、今回は直接行ってみようと思うんだ」


 先触れを出さないで、どういう反応を示すかだ。


「ここら辺だな」

「グレンデール王国の冒険者を求むって書いてある」

「何だろうね?」


 元々冒険者が少なかったから、統治権が移ってからグランデールからの流入冒険者が増えている。いい冒険者を早く見つけるために、貼り紙という手段が有効なのだろうか?


「この国は冒険者ギルトを介さずに依頼できるのかな?」

「じゃあ、今日は冒険者パーティとして行ってみるか」


 俺たちは急遽計画を変更して、グランデール王国から来た冒険者として訪ねてみる事にした。


「すみません、グランデール王国から来ました冒険者なのですが、募集がしてある様なので来ました」

「お、4人か?」

「はい、4人パーティです」

「よしいいぞ、入ってくれ!」


 そのまま代官所の建物の中に連れて行かれ、ここで待機するようにと言われた。

そして待つこと10分程。


「やあやあ、君たち! 待たせたねえ。この町の代官をしているクラリコンだ。先ずは菓子でもつまんでゆっくりしてくれ」

「私たちは、グレンデール王国からやって来ました冒険者パーティー“月盟の絆”です」

「そこの貼り紙を見て来てくれたんだね、それはそれは有難い!」


 このクラリコン子爵は、昨日はよく見えず気付かなかったが、丸顔で商人風の見た目でであり、嬉しそうにして笑顔を俺たちに向けて話しかけてきた。


「実は、このノクターナという町はキブリア山の麓に広がる樹海の森の直ぐ近くにありましてな。毎年この樹海に入って行って戻って来ない者たちが出るのです……」

「樹海ですか?」


(あれ? 何だか頭がぼーっとしてきな)


「皆さんは冒険者だから、魔物には慣れていらっしゃると思うのだが……」


(まてよ、このお茶! もしかして! いかん、目が回りだしたぞ)


 俺たちは4人とも、睡眠薬入りの紅茶を飲まされて眠ってしまったのである。

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