第148話 フラウの町
「じゃあ、4人でいろんな場所を見て回るぞ。1カ月くらいかかるかもだけど、それでもいいか-?」
「「「おー!」」」
久しぶりに冒険者気分での号令だ。
年が明けて、俺たちはみんな21歳になった。
これから1カ月をかけて、旧カルトール公国にあった主要な都市や町を訪ね歩く旅に出るところだ。
心配していたアリアナはエミーの言う通りに問題なく魔道学園の試験に合格し、この春晴れて魔術科の学生となった。
俺はこっそりと学園長やサマンサ先生に挨拶をしにいったが、それは誰にも内緒の話だ。
リサちゃんはその後、何事も無かったように仕事に励んでいる。
俺たちは毎日とは言わないが、殆どの夜には屋敷に戻ってくる。だから厨房の仕事も休む暇がない。
時折、王宮からリサちゃんに魔道宅配便が送られてくるが、それがメグからの手紙だったりする。何でメグからの手紙がリサちゃんに来ているのか気になるが、考えたところでしょうがない。
◇◆◇
俺たちが最初に訪れた町は、フラウの町である。
この町はエミーと血を分けた姉妹、オリビアとその母ソフィアさんが住む町だ。
フラウは、アルセリアの街から直線で70kmほど離れた位置にあり、シーメス・クラリコン子爵が代官を務めている人口約8千人の小さな町だ。
「お久しぶりです、ソフィアさん」
「あら! エミリーさん、よくいらっしゃいました。フィリップさんには会えましたか?」
「ああ、その節はどうも有難うございました。おかげで両親のお墓参りが出来ました。フィリップさんも大変喜んでいましたよ」
「そうですか、それは良かったです」
ソフィアさんは、裁縫の仕事を途中でやめて俺たちに対応してくれた。
エミリー様と呼ばなくなったのは、エミーが帰りがけに頻りにお願いしたからだ。
「お仕事の邪魔をしてすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「ソフィアさんは、裁縫仕事がお得意なんですね」
「得意という訳ではないのですが、あの子を育てるために何かできないかと考えましてね。昔、王宮に勤めていた時に好きだった縫製仕事をして、何とか食いつないできたっていう感じですよ」
当時の事を思い出させてしまったのか、頬を押さえる手にも苦労の跡が滲み出ている。
「苦労されたんですね」
「そんな、でもあの子には苦労をかけてしまいましたね」
オリビアさんは、成人して就職する時に、公国の公募で魔力充填要員として働くようになったが、給料の大半が私に振り込まれてくるのに家には帰って来られなかったのがとても不憫だったという。
「でも、そのおかげで薬が買えるようになって、私の体調もだいぶ良くなったのです」
自分の稼いだお金で薬が買えて、それでお母さんの体調が良くなればそれが私には一番嬉しい事なんだと年に1回だけ帰ってくるときに話をしていたという。
「ところで、今日はオリビアさんは?」
「娘は今、仕事に使う生地をアルセリアまで買い出しに行ってるのです。ご来訪が分かっていたら、行かせませんでしたのに」
残念なことに、すれ違いになってしまったか。
「アルセリアまでは良く行かれるのですか?」
「たまに行きますかね、普通はこの町にある生地屋で物を仕入れるのですが、稀に特殊な生地の仕事が入るので、その時に行くくらいなのです」
「あの、娘さんにはその、ずっと身分を隠して暮らさせるおつもりですか?」
俺は、どうしても確認したかったことをここで切り出した。
「……」
「もし、娘さんが希望されるのでしたら、私が領主として領主館への就職を斡旋してあげられますよ」
「えっと……?」
やっぱり、この地方までは俺がアルセリア地方の領主になった事が伝わっていないようだ。
「今年から、私がアルセリア領の領主を仰せつかりました」
「っ! 領主様ですか!」
「はい、声が大きいです、ソフィアさん」
「ああ、申し訳ありません……でも、娘は何の取柄もないものですから」
「大丈夫です、娘さんはエミーと同じくらい魔力量が大きいです。これまで魔術師としての訓練は受けていないようですが、きっとその才能を開花させてあげられますよ」
前回、俺はこっそりとオリビアさんのステータスを見ていた。
父親が魔術師だったからだろう、魔力量はエミーに引けを取らない程度の数値だったのだ。
エミーと同じ治癒魔法の素養はなかったが、土魔法の特性が見られたので、訓練をすれば一流の魔術師として通用すると思うのだ。
「娘が何と言うか……」
「悪い様には致しません。どうか娘さんと一緒に考えてみてくださいませんか?」
「分かりました。娘が帰ってきたら一緒に話し合ってみます」
「お考えが纏まりましたら、ここにご連絡ください。あ、直接領主館に来てもらっても構いませんので」
オリビアさんが留守だったのは残念だったが、母親のソフィアさんと話が出来て良かった。
代官を務めるフェルナンデス子爵とは、俺がアルセリア領主に就任した際に領主館で会っているから訪問は割愛した。
彼は、アルセリア地方の中でも一番近い場所にある町の代官だからか、アルセリア国王派の一人であり、ロビンソン伯爵の寄り子でもある。
俺にも協力的な御仁で問題ないと思っているうちの一人だ。
この視察行程には、俺たち4人の行動とほぼ並行してルビオンが行動を共にする。
今回は、主要な街に魔道ドアを設置するという任務もグランデール国王から承っているから俺が出来ない部分はルビオンに一任している。
「クラリコン子爵の代官所への設置は問題ないかい?」
「問題はありません」
設置の方法は全て伝授したので技術的な問題は無いと思うが、カルトール公国の貴族だったフェルナンデス子爵を訪ねるのだからどうだろう?
「親方様の配下であることを伝えればアルセリア地方では問題ありません。ハルス地方ではそういうわけにはいきませんが」
確かに、ハルス地方はカルトール公爵の影響を受けているだろう。
グランデール王国に反発している貴族も残っているだろうとの事だ。
「ハルス地方に入ったら、俺たちと並行して移動してもらえるか?」
「ええ、その方が安全だと思われます」
実は、彼がどうやって移動しているかは知らないのである。
多分馬を使っているのだと思うが、馬がいると色々と厄介だから……もしかして歩いているのだろうか? いや、走っているのか?
「なあルビオン」
「何でしょう、親方様」
「ルビオンって、何を使って移動してるの?」
「何も使っておりませんが」
「馬は?」
「馬には乗りません。走った方が早いですから」
やっぱり走ってたのか。
「それに、馬がいると置いていけないので困るんです」
「走ったら体力を使うから、ちゃんと食ってな」
俺たちはフラウからアルセリアまで走っただけでクタクタになった。
ちゃんと栄養を摂らないと大変なことになるぞ。
「それは心配いりません、魔道バッグに何でも入るし、給金もたくさん余るほど貰ってますんでね」
彼にとって娘の健やかな成長が願いだから、魔道学園の授業料は自分が出したいと言ってきた。
「娘さんの授業料は自分が出してるって言えばいいのに」
「娘は俺のことも死んだと思ってますから」
「じゃあ俺が渡すから、娘さんへの誕生日のプレゼント何か買ってあげたらいいよ」
やっぱり、ただ見ているだけじゃあねぇ?
「そうですね、そうして頂くといいかも知れません」
あまり表情を表に出さないルビオンだが、少しだけ嬉しそうな表情をした。




