第147話 アルセリア地方
旧カルトール公国は、3つの大きな地域に分けられる。
国土の中央にそびえ立つキプリア山の周囲を、この3つの地域が囲んでいる形である。
1つ目の地域は、これまでカルトール公国の首都であったハルスや港町テルミナを有し、キプリア山の北西に位置するハルス地方。
2つ目の地域は、キプリア山の南側に位置し、ベルモントという港町を有するベルモント地方
そして3つ目の地域は、キプリア山の北東側に位置し、グランデール王国のルナ迷宮やエスカの漁村から南側に位置するアルセリア地方だ。
今は、このアルセリアとエスカの村とをつなぐ陸路が既に開通している。
アルセリア地方にある一番大きな都市が、人口約3万人のアルセリアだ。
これまではデビット・ロビンソン伯爵が領主としてその職に就いていたが、俺が領主に任命された事により彼は領主を退き俺の配下で働くことになった。
ロビンソン伯爵は、アルセリア領に残っている旧アルセリア王宮を手厚く大切に管理させていた張本人だ。
表向きはカルトール国王に仕えていても、旧アルセリア王国の復活を夢見るアルセリア派だったのだ。
「私は、エルバで墓守をしているフィリップに全ての話を聞き及んでおります」
グランデール王国から招集され王都へ旅立つ前に、部下であり文官をしているローランド・ハミルトンさんから俺たちについての話があったらしい。
彼は、墓守のフィリップさんの息子さんである。墓守のフィリップさんは、元はアルセリアの王宮で文官として働いていた貴族だったのである。
「その話を聞いた時、私は涙が出るほど嬉しゅうございました。この国の将来が一気に明るくなったような気がしたのです」
そう言ってロビンソン伯爵は、俺の手を握ってきた。
別に、そういう趣味の人でない事は重々承知だが、男の人に両手で掴まれるのはちょっと勘弁してほしいな。
「エミリー様を、どうかお守りください。そしていつの日か……」
「いつの日か?」
「はい、この国の女王陛下になって欲しいのです」
やはり、この国のアルセリア王派の方々はそれを望まれているのか。
「彼女は今、グランデール王国の国民であり、近々私と婚姻を結ぼうとしているところです。今はその様な事は到底考えきれないと思います」
「ええ、分かっております。先ずはこの地方の領主として、領主夫人としてこの国をよくご覧になってください。墓守のフィリップにもお約束されたそうですが、ベルモントやそのほかの場所にもゆっくり回って国民の話にも耳を傾けてもらえればと思っております」
フィリップさんとベルモントへ行くという約束をしたことまで把握されているのには少々引いたが、それほどまでに思うところがあるというのも伝わってくる。
「わかりました、先ずはこの国を見て回る旅に出てみようかと思います。その間の領地の運営はお任せしてもいいですか?」
「勿論ですとも! それ以降も是非私にお任せください」
そんな訳で、旧カルトール公国の都市や町を視察という名目で見て回ることが決定した。
アルセリア領内には行った事のあるフラウの町とエルバの町の他に、リエスという町がある。
ハルス領内には港町テルミナとノクターナの町、それにナイアドという町があってその南には砂漠地帯が広がっている。
砂漠地帯の真ん中には、デザル迷宮というダンジョンがあるが、この砂漠を渡るのは少々難しくて苦労するのだという。
そして更に、砂漠地帯の先にはベルモント地方が広がる。
ベルモント地方は、グランデール王国の統治下に入って唯一領主が変わっていない所だ。
ベルモントの領主はジェラール・リュシアノス伯爵であり、グランデール国王に認められてそのまま領主を続けることが決まった。
ベルモント領には、両親の墓があるエルバから南に行った海岸線上にあるベルタという漁師町と、キプリア山の登山口にあるノレンスという町、ミレンという宿場町が比較的大きい町だ。
それぞれに、昔からその土地に住む、子爵や男爵といった貴族が代官を務めている。
「ジムたちも来るのか?」
「おう! 昔から俺たちは何をやるにも一緒だったからな」
「ジムは知らない場所に行きたいだけ」
「ジム、ミラはそう言ってるが」
「む、4人で一緒に行きたいってのは嘘じゃないぞ! まあ、確かに行ったことが無い場所に行きたいってのはあるがよ」
確かに、未知の場所に行くのはワクワクするよね。
俺はルノザールの屋敷に戻り、グラハムさんに旧カルトール公国の領内を1カ月ほどかけて見て回ることを話し、その間の屋敷の管理をお願いした。
「承知致しました。全てお任せください」
「まあ、魔道ドアでちょくちょく帰って来ますけどね」
グラハムさんは『便利な世の中になりましたなぁ』と感心するが、これは普通じゃないんですからねと言い聞かせた。
改めて、魔道転移ドアがとても奇特な存在であることに認識を新たにする必要がある。
1カ月ほど、俺たちが屋敷を空けることで気になっていることがもう一つあった。
預かっているアリアナという少女だ。
彼女のメイド見習いとしての指導はタリアが行っているが、魔術師としての指導はエミーが行っている。
最近ではエミーが屋敷を空ける時間が多くなっているので、なかなか付きっ切りでの指導という訳にはいかなくなった様なのだ。
これが、1カ月もの間旅に出るとなると、時々屋敷に戻るとしても彼女への指導は手薄になってしまう。
「最近は土魔法を使える兆しが見えてきたわ」
エミーはアリアナの事をそう話すと、これからは専門的な知識を身に付ける必要もあるとの事。
そして、俺に次のように相談をしてきた。
「彼女と話をしたの」
「えっと、どんな?」
「魔道学園に行ってみないかって」
「ほう」
多分、彼女はもうすぐ13歳だ。
確かに、学園に入る歳としてはちょうどいい。
「でも、彼女はどう思っているのかな?」
「私も13歳の時に魔道学園に行ったのよと話をしたら、出来る事なら是非行きたいって言ってるわ」
「入学試験に必要な知識は?」
「それは大丈夫だと思う。彼女はとても頭がいいのよ」
エミーは、既にそこまで考えてくれていたようだ。
「いいなーお兄ちゃん、私も付いて行きたいなー」
「でもなー、リサちゃんは来年から見習いじゃなくなるんだよ?」
彼女は3年間の見習い期間を終え、晴れて正式に俺の屋敷の料理人として雇う事となった。
マルコさんとしても、その方がいいと勧めてくれたのだ。
「お兄ちゃんたちは、アルセリアの現地調査なんかをするんでしょ?」
「まあそうだね、俺のアルセリア領主としての初仕事なんだ」
アルセリアには屋敷などの拠点がないが、これまでのロビンソン伯爵が拠点としている領主館を間借りして今後は領主の仕事を行う予定だ。
「とは言っても、ロビンソン伯爵が殆どの領主の仕事をしてくれるんだけどね」
「なるほどね、それならその後のことを考えるよ」
「その後のこと?」
その後のことを既に考えているって、どういう事だろうか?
「うん、お兄ちゃんがアルセリアの王様になったら、私をお妾さんにしてね」
「め? いやいやいや、それは無いから。俺が王様って、それはあり得ないって」
「どうして? エミーお姉ちゃんは王家の王女様だったんでしょ?」
「そうだけど……エミーも王族としての教育は受けてないし、そんな気は無いから」
「エミーお姉ちゃんだって、自分の国を回れば考え方も変わるかもしれないし、お兄ちゃんの頭脳だったら絶対大丈夫だよ」
エミーの考えが変わる? それは無いと思うのだが……もし、万が一、エミーが女王になった場合、俺はどうなるんだ?
「だから、お兄ちゃんが国王様だよ」
またこの子は先回りをしている。しかし、なんか違わないか?
「リサちゃん、それ何か違うぞ? エミーが万一女王になったとしても、俺は国王じゃなくて王配ってことになるんじゃないか?」
「王配だって、2号さんとかお妾さんとか大丈夫なんでしょ?」
「ダメだと思うぞ」
「……」
リサちゃんは凄く真剣な顔で考え事を始めてしまった。




