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第146話 墓守の望み

 このままでは話が出来ないからと、フィリップさんを何とか鎮めて自宅まで戻って来たが……今でもエミーを前にして頭を下げたままだ。


「フィリップさん、もうそろそろ頭を上げてください。これでは話ができません」

「はい、承知致しました」


 それはまるで謁見の間にて国王からの許可を受け、頭を上げるかのような動作に見える。


「私はグランデール王国のルナという冒険者の町にある小さな孤児院で育ちました。父さん母さんが誰なのか、20歳になるまでは何も知らなかったんです」

「そう……だったのですか……」


 エミーは自分が孤児院で育ちここに来るに至ったまでを、フィリップさんにおおよそであるが話をした。

 この人は信頼してもいい人物である事を、エミーは感じとったのだと思う。俺もそうだ。ミラも頷いている。


「そうやって、私たちは今ここに辿り着いたんです」

「ああ、生きていたよかったと、これほどまでに思ったことはありません!」

「エミー、この方には両親からの手紙を見せてもいいんじゃないかな」

「そうだよね。……これはエスカの祠で見つけたものです」


 そう言って、大事にしまっておいた両親からの手紙をフィリップさんに手渡した。


「おお! この筆跡はまさしく陛下のもの!」


 うやうやしく手紙を持つ手は震え、何度も涙を拭いながらも食い入るようにそれを読む姿は、まるで何かにとり憑かれたかのように見える。


「私のような者にも見せていただき、恐悦至極に存じます」


 彼は、読み終えた手紙を少し眺めてから、エミーに返した。


「最後の方に書いてあったと思うのですが、『共に歩くと決めた人が自分の意を汲んでエミリーを幸せにすると誓ってくれればいい』という意味のくだりがあると思うのですが、今日はそれを誓いにここに来たのです」


「そうだったのですか……陛下もさぞや、喜ばれている事でしょう!」

「いきなり墓前で誓いを立てた事、申し訳ないです」

「いえいえ、私の方こそ……先ほどは気が動転してしまって、大変お恥ずかしい」


 フィリップさんが墓守をしたいと願い出て20年。


 旧アルセリア王国で国王側についていた人たちは、今でもこの地を訪ねて祈りをささげていくという。

 しかし、墓前でいきなり誓いの言葉を口にする俺たちの様な者は、おそらくは初めてだっただろう。


「ここ数日の間に、この国は大きく変わりました。そして、我々がもう叶わないと諦めかけていたアルセリア王国の復活が、エミリー王女殿下の存在によってまさに現実のものになってきたのです。私はもう嬉しくて、嬉しくて……」


 そう言ってまた感極まりながら涙を拭うフィリップさんであるが、いやいや、エミーが王家の血を引く人間だったとしても、アルセリア王国の復活に結び付けるのはいくら何でも早合点はやがってんだろう。


「フィリップさん……」

「ははっ! 何でございましょう、エミリー殿下」


 アルセリア王国に心酔するあまりエミーの事を殿下と呼び始めたフィリップさんを、彼女は諌言かんげんするつもりらしい。


「私は王家に血がつながっているとは言っても、この国をどうこうする気持ちはありません。私はグランデール王国で育ったグランデール王国の国民なのです」

「……」


 フィリップさんはエミーを縋るような眼差して見上げている。


「今ではこの地もグランデール王国の統治下になりました。私は、ここにいるグランデール王国の貴族であるノーマウント子爵様と共に歩むことを私の両親にお誓いしたばかりです」


「……そうなのですか……。残念な事ですが、あなた様がそう言われるのならば仕方がありません」


 彼はそう言って立ち上がると、杖をつきながら1つの記帳本を持って来てくれた。


「しかし、一度でいいからアルセリア王家の家臣達にもお会いなさってくだされ。彼らはきっとあなた様の生存をたいそう喜ぶ筈ですから」


 記帳本には、これまでここを訪れた者たちの名前が記載されている。


「ここに名を連ねる者たちは、今は亡きアルセリア王に忠誠を誓った者です。出来る事ならばベルモントという港町まで行って、ここの領主を訪ねてみられるようお願いしたいのです」


 ベルモントという港町はリュシアノス伯爵という人が領主をしていると聞かされた。

 もとはアルセリア王家派の貴族であったが、カルトール公爵が謀反を起こした際に領民の安全を第一に考えて、不本意ながらも彼の勢力に屈する決心をしたのだという。


「彼は、国王陛下の従兄弟でありまして、カルトール公爵とは確執があったようですな。公国が成立した際には、伯爵に降爵させられましたが、ずっと歯がゆい思いをしてきたものと思いますぞ」


 フィリップさんの話を聞いていて、この国の状況がだんだん分かって来た。カルトール公爵がこの国を奪って公国を立ち上げた訳だが、それに反発する勢力は少なくはなかったようだ。

 それだけ、アルセリア国王を慕っていた貴族も相当数はいたのだと考えられる。


「そうですか……」


 エミーが俺の方を見て意見を求めている。


「この国はグランデール王国の一部になったのだから、俺たちはこの国のことをもっとよく知っておくべきだろうね」

「俺たちも一緒に行ってもいいぞ」

「あたしもベルモントに行きたい」


「みんな……そうだね、そうだよね」

「先ずは、伯爵がグランデール国王の召還に応じた後、領地に帰られてからだな」


 旧カルトール公国の貴族には、グランデール王国への帰属の意思を確認する為に王都への登城が命じられている。これからベルモントを訪ねても、リュシアノス伯爵は留守の可能性が高い。


 俺たちはフィリップさんにベルモントへの訪問を約束して、アルセリアの宿泊所に設置した魔道転移ドアから屋敷に帰った。



 フラウに行ってから約1カ月後、全国の貴族たちがグランデール王国の王都に集まった。

 5つの領主に加えて、領主の寄り子や町や村の代官をしている下位貴族も全て集められており、この中には、ルナ迷宮ギルド長や獣人族の村首長、アイアンリッジのガルッグ親方長なども含まれている。


「この度は、獣人族の村近くにあるシルシェア盆地にゴーレム1000体が出現するという、我が国にとって大きな脅威になり得る事態が突如に発生した。これは、カルトール公国の元首であるカルトール公爵が10年以上かけてエルツ山脈の地下施設で密かに製造したゴーレムを、シルシェア盆地まで掘り繋げたトンネルを使って一気に送り出したものである」


 国王陛下は、謁見の間にて今回のゴーレムを使ったカルトール公国からのグランデール王国侵攻について説明を始めた。


「今回のゴーレム侵攻に対しても、我が国は大きな被害を出すことなく包括的な勝利を収める事ができた。これはひとえに皆の忠誠と英知によるものであり、この国の王として感謝の意を示したい」


 集まった貴族たちは、ここで一斉に膝をつけて忠誠の動作をする。国王からの感謝は突っ立ったまま受け取ってはいけないのだ。

 しかし俺だけワンテンポ動作が遅れてしまった。何しろ慣れていないのだから許して欲しい。


「特に今回は、ノーマウント子爵の武勇と知恵により国内の戦死者は皆無。更にカルトール公国の無血降伏という素晴らしい結果で勝利を勝ち取ることができた。その功績をたたえ、ノーマウント子爵には伯爵位への陞爵を決定するとともに、カルトール領にあるアルセリア地方の領主を任せる事にする」


 前もって聞いてはいたが、俺の伯爵への陞爵とアルセリア地方の領主になることが決まってしまった。

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