第136話 カルト―ル公国の企て
ルビオンからの第2報が届いたのは3日後だった。
「ゴーレムの数は1000体を超えるだろうって」
「そんな数をどうやって?」
「20年かけて少しずつ増やしてきたらしいよ」
カルトール公国は、グランデール王国に対してまともな戦争を仕掛けたとしても勝算は無いと考えたのだろう。
勝てる見込みのある方法として、ゴーレムにより町を破壊しつくす方法を考え出したものの、少数のゴーレムだと冒険者の多い王国では難航すると判断し、年間50体のゴーレムを20年間作り続けたようなのだ。
(何という執念だ)
その間、ゴーレムを動かすための魔力源として機能する魔石の代用品を研究した。
魔石は電池と同じで、時間が経つと魔力も減ってしまう。何度も充電できるリチウム電池の様な物を考え出したようだ。
初期に試作までは完成していたが、12年後に実用化してゴーレムへの搭載が始まった。
ゴーレムの種類は、初期がストーンゴーレム、後期がメタルゴーレムとなっている。
「それから、これらの情報はトマスとウィリアムという二人組と合流する事ができて知りえた情報らしい」
「あの人たちって、公国でそんなことをしてたの?」
「ああ、彼らはバーン帝国とカルトール公国の両方の国でスパイ活動をやっていたらしいよ」
「でも。それがあったから私たちもこの詳細な情報を知り得たって事よね」
「そういう事だね」
ルビオンが俺のもとで諜報活動をしている事は、彼らは知らないはずだ。そこにうまく仲間の振りをしてルビオンが取り入ったのだろう。
「ゴーレムはエルツ山脈の地下施設に作り溜めしていることが分った」
「エルツ山脈って、この国との境にある山々よね?」
「そうだね、シルシェア盆地にも近いところみたいだよ」
数年前に、シルシェア盆地でリトルトータスが魔物化してセージトータスになった事案があった。
あれは、この近くの地下施設でゴーレムの製造が行われていることに起因する可能性がある。
「俺は、このあと国王陛下に今回の調査結果を報告してくるよ」
今回の調査結果は、王国にとって大きな脅威が発覚した事になる。
俺はこの国の貴族として、報告義務があるのだ。
「私も一緒に行ってもいいかな?」
「うーん、いいと思う。カルトール公国の事だからね」
「うん、ありがとう」
彼女は、自分の両親がカルトール公爵によって殺められたことを知ってから、かの国の事になるとたとえ小さな事でも知りたがるようになった。
国王陛下にはカルトール公国の企てについて調査した結果を報告し、対応策を話し合った。
◇◆◇
「カルトール陛下、とうとう1000体のゴーレムが完成しましたな」
「ああ、長かった……がしかし、これでやっと我らの計画が実行できるぞ」
あの日、アルセリア国王とは意見が大きく食い違ってしまった。
我ら改革派が提案する人口魔石の開発に、保守的なアルセリア国王は決して首を縦に振らなかったのだ。
魔石が採れる魔物は、この国では数が少ない。グランデール王国には3つの迷宮があるのに対し、この国には僅か1つがあるのみ。
唯一のデザル迷宮も南の砂漠地帯の中にあり、迷宮入口にたどり着くにだけでも絶命の危険があるのだ。
「魔物から魔石を採る時代は終わった。これからは作る時代なのだ」と訴えた。
しかし、国王は人口魔石の安全性はまだ確立されていない事を盾にとり、古い考えで我らを拒んできた。
だから、どうしても国王の座を降りてもらうほかなかった。
しかし、いつまでも玉座にしがみついた当時の国王やその家族には、私もさすがに辟易としてしまった。このような古びた考えを固持する人間たちは、この世からいなくなったほうが民のためなのだ。
20年前に我々改革派が決起しなければ、この国はまだ昔の貧しい国のままだった筈だ。
あれから私は国力を高めるための様々な方策を試みてきた。特に、アルセリアの豊富な資源を手に入れるためのゴーレムを作りと、人口魔石の開発はその極みだ。
人口魔石の開発には10年以上の歳月を要したが、現在では十分に実用レベルに達している。しかも、魔物から採れる魔石よりも魔力密度が高いという利点がある。
「レオニダス、今年の充填要員は何人確保できたのだ?」
「今年は例年よりも多く、22人が確保できましたぞ」
我々が開発した人口魔石は、人が魔力を充填することで使用する事ができる。
しかし、ゴーレム1体あたりの人口魔石に対して10人程が1カ月かけて充填する必要があるため、充填要員は出来るだけ多く確保しなければならない。
開発当初は保有魔力量の違いによって魔力が逆流し、命を落としてしまう者が後を絶たなかった。
しかし、今は充填装置の改良と魔力量の把握によって危険性は回避できているというのに、充填要員に志願する者が少ない。
「それでも、少ないな……」
「今回の計画が成功したら、もっと多くの魔力持ちを確保する事ができましょうぞ」
グランデール王国を統治下におさめれば、我らに反する魔術師たちを反逆罪で捕らえることが可能となる。
この国では、魔力持ちの罪人は強制的に充填要員にすることができるのだ。
「ディドルが行方不明となった今、計画の実行を早めた方が良いだろうな」
「私もそう思います。ゴーレムの数もあと少しでひと区切りの1000体に届きますので、早速この事は閣議にて諮りましょうぞ」
アルセリア王の忘れ形見がどこかで生き延びている可能性があると知った時、この国を揺るがす火種になるのではないかと危惧し、ディドルにその痕跡を追うように指示を出した。
そしてもしその火種が見つかれば、早々に消し去るよう指示を出したのだが……。
ディドルはこの国で最強の暗殺者だ。
彼がもし任務の遂行中に命を落とすことがあったとすれば、かなりの強者がグランデールにもいると考えねばならない。
バーン帝国との対戦で力を削がれ混乱している今、なんとしてもこの好機に計画を実行に移す必要があるのだ。
「ああ、上手く動いてくれよ」
「はっ、承知しております」
グランデールが国力を回復させる前に穀倉地帯に向けてゴーレムを送り出し、食料危機の状態に持ち込む。
国王の尊厳を貶めて、その間に主要な貴族らをこちら側に引き込む分断工作も重要なことだ。
「グランデールの王都から穀倉地帯までは行軍に5日は要するはずだ。対して我々のゴーレムはエイヴォンの穀倉地帯まで2日とかからないからな」
「王都からの援軍が到着する頃には、川も畑も使い物にならない程には荒れるでしょうな」
そして、次にはゴーレムを北に移動させて王都に攻め入り、グランデール王国の兵力を大幅に削ぎ降伏させるというのがゴーレム計画の大綱だ。
いくらかのゴーレムは、騎士や冒険者らによって破壊されてしまうだろう。しかし、それくらい想定済みだ。
その為に、1000体ものゴーレムを用意したのだから。
◇◆◇
「騎士団長! 南の森で大きな魔力反応を確認しました!」
「場所と魔力強度の詳細は分かるか?」
「場所はシルシェア盆地、強さと範囲共に、だんだんと増加しています!」
その日、急な魔力反応の増加が、王宮騎士団のレーダー室で確認された。




