第133話 目覚まし時計
「やっぱりアリアナのお父さんだったのね?」
地下牢に繋いであった囚人ルビオンについて、メグを連れ去るにあたっての指揮はしたが、辱めに至っては無関与だった事が判っている。
そして善悪判定の魔道レーダーにて、今は黄色から緑に変わっていることをエミーにも伝えた。
「ああ、間違いなかった」
「アリアナには?」
「伝えない。それが本人の希望だ」
「そう……分かった」
これからは、馬舎の屋根裏部屋から時折娘を見守ることが本人の希望だと伝えると、「なんだか切ないね」とエミーはこぼした。
(確かにそうだな)
「そして彼は俺の特殊部隊として秘密裏に働いてもらう事になった。それで、彼は商人として南のカルトール公国に行って情報収集に当たってもらう」
「そんなに簡単に行けるの?」
「彼は商人としても活動してたからね」
この国の商人としての登録は、そのままだ。
「彼はカルトール公国にも入国できる商業ギルドカードを持っているんだ」
俺たちが持っている様な普通の商業ギルドカードでは入国が出来ない。
カルトール公国の商業ギルドが許可をした者だけが入国を許されるし、こちらの王国の側でも然りだ。
「具体的には、この国アルセリア王国への敵対心、侵攻や戦争の準備工作などがないかを調査してもらう」
エミーの両親からの手紙には、カルトール公爵がグランデール王国へと手を伸ばす可能性が示唆されていた。
なぜ20年間も攻めて来なかったのかは分からないが、警戒をしておくに越したことはないのだ。
◇◆◇
ジムとミラが結婚して、アパートに引っ越したので屋敷の中が急に静かになった。
左の階段から上がった2階のエリアは俺とエミー、それにリサちゃんの3人になってしまったのだ。
「ジムたちの結婚祝いは、結局何もしていないよね」
「何か贈ろうとは思ってんだけどね」
「記念に残るものをあげたいわ」
「う~ん。少し考えさせてもらっていい?」
「うん、できれば私も一緒に贈れるものがいいな」
「わかった」
ジムとミラの結婚式が決まった日から、とにかく色々な事があった。考える余裕がなくてお祝いが何もできていないのだ。
「それにしても、今日は遅いな」
「そうね……」
エスカの祠から戻っても、俺たち4人はルナ迷宮のコア部屋の監視活動を続けている。
朝の8時に屋敷の居間に集まって、それから直接ダンジョンのコア部屋に飛んでいるのである。
しかし、今朝は2の鐘が鳴って暫くしてもジムとミラが出勤してこない。
「何かあったのかな?」
「行ってみる? すぐそこだから」
ジムたちのアパートは、屋敷から降りて行って繁華街までの中間に位置する場所にある。
ルビオンの活動拠点として借りたアパートと同じ建物だ。
アパートまで行ってみようとしていたら、ジムがミラを背負って走ってきた。
「今日はジムたち遅いなーって心配してたんだけど、何かあったの?」
「スマン、ちょっと起きるのが遅くなってな」
「ジムが夜遅くまで激しいから」
「だってよ、ミラが可愛いからさぁ」
この後、のろけ話は辟易するほど続いたが、それらを除くとこうだ。
夜遅くまでの夫婦生活の末、朝の1の鐘に二人とも気付かずに2の鐘が鳴るまで気づかなかったとのこと。
(エミーは何を想像しているのかな、耳が真っ赤じゃないか)
「時計は置いていないのか?」
この世界でも時計はある。ゼンマイ式で壁に掛けてネジを巻いて動くタイプだ。これは魔道具ではない。
「あれは高くてよう」
ゼンマイ式の時計は、精密な金属加工が必要なため王都にある専門の時計店で販売している。しかし何せ高いのである。
一般の庶民が手を出せる価格ではないため、鐘を2時間の間隔で打って時を知らせるのが慣例になっているのだ。
「エミー、こいつらに時計を結婚祝いに贈ろうか?」
「ええ、でもあれ結構高いよ?」
「買うと高いから、作ろう」
時計の魔道具を作ればいいのだ。
「作れるの?」
「作れると思うよ。エミーは外観をデザインしてくれると助かる」
「うーん、……わかった」
エミーは絵心があって、絵を描かせるととても上手い。
外観をエミーにデザインしてもらって俺が中を作れば、二人で作った時計として結婚祝いとしての体をなすと思うのだ。
「ジム、ミラ。俺たちが時計を作ってプレゼントするよ」
「それは嬉しい。久々にアルの魔道具だな」
「おう」
ダンジョンコアの調査は、正直言って時間はかからない。
前にギルド長に提案したが、コアの光が強くなって脈動してないかを確認するだけなのである。
もし魔力増大の傾向がある場合、60階層の主たるヒュドラを倒すことを依頼されているが、俺たちにしてみれば朝飯前だ。
その後に俺とエミーは作業場と化した執務室に行き、ジムたちのアパートに置くための掛け時計作りを開始した。
ちなみに、ジムとエミーは暇だからと、60階層から上の階層で魔石集めをしている。
ギルドの依頼を受けてはいるが、あいつら迷宮の中でイチャイチャして魔物に襲われていなければよいが……
「エミー、俺は掛け時計よりも置時計のほうがいいと思うんだけど、どうかな?」
「私もね、置時計のほうがデザイン的に工夫ができるんじゃないかって思ってたのよ」
置時計のほうが場所を自由に変えられるし、形もいろんなバリエーションが考えられる。
「表示部はこのくらいの大きさで、数字で表示させるからね」
「表示は数字なんだ、それいいわね」
この世界にある時計は針式のアナログ時計で、俺たちが作ろうとしているのはデジタル時計だ。
「鐘の音で時間の補正をするようにしようかな」
そして電波時計ならぬ、音波時計だ。
「デザインはこんな形でどうかしら?」
「うん、これいいね! 俺たちらしくてバッチリだよ」
エミーが描いたデザインを、MR装置のCADに入力すると木材を3D加工できる。
これに俺が作った魔道回路と魔石ホルダー、それに時間を刻む魔法陣を中に組み込むとそれらしくなっていく。
3日もすれば、エミーと俺の合作であるデジタル置時計の完成である。
「鐘の音に合わせて、時間が合うかの確認をするね」
日本の電波時計は、電波をキャッチすると10分程度で時間が自動的に修正されるが、ここでは鐘の音波をキャッチする訳だから最大2時間がかかる。
タイミングよく動作を開始させて、10分ほどたった時に5の鐘が鳴った。
「あっ、14時に変わったわ! これって鐘の回数を数えてるの?」
「そうそう」
「賢いわねこれ」
ちなみに、火事や異常時など場合の警鐘の音は、ちゃんとキャンセルする様にしている。
「ついでに目覚まし機能も付けといたよ」
「目覚ましって?」
「設定しておいた時間になると、音が鳴って起きるのを促す機能。喜ぶかな?」
「それ、絶対必要だし! 喜ぶわよ!」
二人で一緒に作ったから、二人で一緒に渡そうということになった。それまで隠しておきたいから作った時計はいったんバッグの中にしまっておく事にした。
次の日の朝、食事が終わるころにジムたちが出勤してきた。
「今日は、4日前に約束した時計をプレゼントしようと思う。エミーと一緒に心を込めて作ったから、気に入ってくれると思うぞ」
俺は、おもむろにバッグからデジタル時計を取り出した。簡単にではあるがリボンをかけてある。
「月!」
「お、月じゃん」
「満月なのよね」
俺たち月盟の絆の名に相応しい、雲の台に乗っている満月の雲の形だ。
「月盟の絆だからね。そして時間は、鐘が鳴るまで合わないから ……て、あれ?」
「でも、大体あってるんじゃねえ?」
「なんで?」
魔道バッグに入れておいたから、止まっていたはずの時計が不思議なことに全く遅れていなかったのである。




